過保護なお兄ちゃんと、明かされはじめる秘密
離れでの出来事から、数日が経ちました。
私の中からあふれ出した不思議な白い光に包まれてから、ルークの体を苦しめていた黒い「呪い」の痕は、まるで嘘だったかのように綺麗に消え去ってしまいました。
それからのルークは、見違えるように元気になりました。
雪のように真っ白だった顔色には健康的な赤みが戻り、夜空のような深い青色の髪はツヤツヤと輝いています。
透き通った水色の瞳は、もう痛みで潤むことはなく、いつもまっすぐな強い光を宿していました。
そして、ルークは私に「一生お守りします」と忠誠を誓ってからというもの、まるでおとぎ話に出てくる本物の騎士様のように、私の行くところならどこへでもついてくるようになったのです。
「リリアお嬢様。階段です、足元にお気をつけください。俺が手を引きます」
「ありがとう、ルーク。でも、私、もう七歳だから一人で歩けるよ……?」
「いけません。もし転んでお怪我でもしたら大変です。さあ、俺の手を」
朝、私がベッドルームから食堂へ向かおうとすると、ルークは必ずドアの前で待っていて、私の小さな手を丁寧に引いてくれます。
彼の着ている騎士の訓練用の制服が、歩くたびにシャラシャラとかっこいい音を立てました。
食堂に入ると、いつも通り、大きなテーブルの奥にオブシディアン公爵であるお父様が座っていました。
お父様は、私とルークがしっかりと手を繋いで入ってきたのを見て、ピクリと眉をひそめました。
顔に大きな刀の傷跡があるお父様が怖い顔で睨むと、大人の騎士たちでも震え上がってしまうほどの迫力があります。
「……ルーク。お前、またリリアにべったりくっついているのか」
「おはようございます、養父上。俺はリリアお嬢様の専属騎士ですから、お嬢様をお守りするのは当然の義務です」
「リリアは私の大事な娘だ。屋敷の中くらい、私が守る。お前は早く剣の訓練に行け」
「いいえ。俺は命の恩人であるリリアお嬢様のそばを離れるわけにはいきません!」
お父様とルークの間で、バチバチと火花が散っているような気がします。
世界で一番恐れられているお父様と、のちに「天才騎士」と呼ばれることになる十歳のルークが、たった七歳の私を挟んで本気で言い争いをしているのです。
「あ、あのね、お父様、ルーク。二人とも喧嘩しないで……?」
私が困ってオロオロしていると、お父様とルークはハッとして、すぐに私に向かって優しい顔になりました。
「すまない、リリア。お前を困らせるつもりはなかったんだ。さあ、こっちへおいで」
お父様が両手を広げてくれると、ルークは少しだけ悔しそうな顔をして私の手を離しました。
私はトテトテと走っていき、お父様の大きな腕の中にすっぽりと収まりました。
お父様の腕の中は、日向ぼっこをしている時のようにポカポカしていて、私の一番大好きな場所でした。
ふかふかのパンと、あたたかいコーンスープの朝食を食べながら、私は不思議な気持ちになっていました。
(二度目の人生では、朝ごはんの時に誰かが話しかけてくれることなんて、一度もなかったのに……)
孤児院では、腐りかけのパンを奪い合うようにして食べていました。
その後に引き取られた意地悪な貴族の家でも、家族の食事の席には呼んでもらえず、冷たいキッチンの隅で一人で食事をさせられていたのです。
こんなふうに、「おはよう」と言ってくれる家族がいて、おいしいごはんを一緒に食べられるなんて、まるで夢のようでした。
***
午後になると、お庭のガゼボ(屋根のついた休憩所)で、ルークと一緒にお茶の時間を過ごすのが日課になりました。
テーブルの上には、メイドのアンナさんが用意してくれたイチゴのショートケーキや、色とりどりのクッキーが並んでいます。
前世(日本)で生きていた頃に大好きだったお菓子とそっくりで、見ているだけで嬉しくなってしまいます。
「リリアお嬢様、口にクリームがついていますよ」
ルークが、真っ白なハンカチで私の口元を優しく拭いてくれました。
十歳とは思えないくらい大人びていて、時々、本当の「お兄ちゃん」ができたみたいで心が温かくなります。
「ありがとう、ルーク。あのね……ルークの『呪い』が治って、本当に良かった」
私がそう言うと、ルークは少しだけ真面目な顔をして、水色の瞳で私を見つめました。
「すべて、リリアお嬢様のおかげです。……俺は、ずっと一人ぼっちでした。養父上に引き取られる前は、この黒い呪いのせいで、実の親からも『呪われた子』だと捨てられてしまったんです。誰も俺に近づこうとしなかった。俺自身も、自分のことをバケモノだと思っていました」
ルークの言葉に、私の胸の奥がキュッと締め付けられました。
ルークも、私と同じように親から愛されず、苦しい思いをしてきたのだとわかったからです。
「私も……孤児院で、不思議な力を使うたびに『気味が悪いバケモノだ』って叩かれていたの。だから、ルークが苦しんでいるのを見て、昔の自分を見ているみたいで……絶対に助けなきゃって思ったんだよ」
私がぽつりと打ち明けると、ルークは驚いたように目を見開きました。
そして、私の小さな両手を、彼の手でギュッと優しく包み込みました。
「リリアお嬢様。あなたのその光は、バケモノの力なんかじゃありません。こんなに優しくて、温かくて、人を救うことができる素晴らしい力です。この力を恐れる大人たちのほうが間違っているんです。だから……どうか、ご自分の力を嫌いにならないでください」
ルークのまっすぐな言葉が、私の心の中にあった冷たい氷を、また一つ溶かしてくれました。
二度目の人生では、この力のせいで「偽物の聖女(悪女)」に利用され、最終的に「国を裏切った悪役令嬢」として濡れ衣を着せられ、処刑されてしまいました。
そのせいで、自分の力がずっと怖かったのです。
でも、ルークが「素晴らしい力だ」と言ってくれたおかげで、私は少しだけ、自分の魔法を信じられるような気がしてきました。
***
その頃、お屋敷の奥にある静かな書斎では、オブシディアン公爵(お父様)が、最も信頼している側近の騎士・レオンと二人きりで深刻な話をしていました。
重厚なマホガニーの机の上には、孤児院から押収した古い書類や、何枚もの手紙が広げられています。
「閣下。リリアお嬢様がお使いになったという『白い光』について、王宮の図書室の極秘資料を調べてまいりました。間違いないと思われます。……あれはただの治癒魔法ではありません。数百年前に世界を救ったとされる伝説の『聖女』だけが使うことができる、神聖魔法です」
レオンが声を潜めて報告すると、お父様は腕を組み、鋭い金色の瞳を細めました。
「やはりか。ただの孤児が持つには、あまりにも強大すぎる力だとは思っていた。ルークの呪いは、国の最高位の神官でさえ祓うことができなかったのだからな」
「はい。もしリリアお嬢様が『本物の聖女』であることが王宮や他の貴族たちに知れ渡れば、間違いなくお嬢様を政治の道具として利用しようとする輩が現れるでしょう」
「……誰一人として、指一本触れさせはしない。リリアは私が守る」
お父様は低い声で言い切りました。その言葉には、絶対にリリアを守り抜くという強烈な決意が込められていました。
お父様は机の引き出しを開け、中から大切そうに銀色のロケットペンダントを取り出しました。
パチンと蓋を開けると、そこには、銀色の美しい髪と、紫色の瞳をした女性の小さな肖像画がはめ込まれていました。
数年前に病気で亡くなった、お父様の最愛の奥様です。
「それにしても、閣下。リリアお嬢様のあのお姿……。奥様に生き写しですね。髪の色も、瞳の色も。そして、あのように優しく清らかな心をお持ちなところも」
レオンの言葉に、お父様は静かに頷きました。
「……ああ。最初に出会った時、妻が生き返ったのかと思ったほどだ。だが、不思議なのはそれだけではない。レオン、あの孤児院の記録を見たか」
「はい。リリアお嬢様が孤児院の前に捨てられていた日付……。それは奇しくも、五年前に閣下の『本当のお子様』が何者かに誘拐され、行方不明になった日と全く同じです」
お父様の太く大きな手が、ギュッと強く握りしめられました。
五年前。お父様が遠くの戦場に出ている間に、お屋敷に強盗が押し入り、奥様が命がけで守ろうとした「生まれて間もない赤ん坊」が連れ去られてしまったのです。その悲しみが原因で、奥様は体を壊して亡くなってしまいました。
「リリアの年齢、容姿、そして孤児院に現れた時期。偶然にしては出来すぎている。……レオン。腕利きの隠密を使い、五年前の事件と、リリアを孤児院に置いていった人物について、徹底的に調べ上げろ。どんな小さな手がかりでもいい」
「はっ! もしや……リリアお嬢様が、閣下の本当の……?」
「まだ確証はない」
お父様はそう言って窓の外を見つめました。
窓の下のお庭では、私がルークと一緒に笑いながら花冠を作っているのが見えます。
お父様のコワモテの顔が、とろけるように優しく歪みました。
「血が繋がっていようがいまいが、リリアが私の大切な『娘』であることに変わりはない。だが……もし、あの子が本当に私と妻の娘だったとしたら。私はあの子に、これまでの辛かった時間をすべて忘れさせるほど、世界で一番の幸せを与えてやりたいのだ」
***
その日の夜。
私は、久しぶりに恐ろしい夢を見ました。
空は重たい灰色で、冷たい雨が降っていました。
私の両手は重たい鉄の鎖で縛られていて、一歩歩くごとにガチャリ、ガチャリと嫌な音が鳴ります。
周りにはたくさんの大人たちがいて、私に向かって石や泥を投げつけながら「国を裏切った悪女め!」「気味が悪い化け物!」と罵声を浴びせてきます。
階段を上った先にあるのは、見上げるほど大きな処刑台でした。
すぐそばでは、私を罠にはめた「偽物の聖女」が、美しいドレスを着て、口元を隠しながらニヤニヤといやらしい笑いを浮かべていました。
(やめて……私じゃない! 私は何も悪いことなんてしていないのに……!)
首に冷たい刃が触れた瞬間。
ガタンッ! と、恐ろしい音を立てて刃が落ちてきて――。
「いやぁぁぁぁぁっ!!!」
私は自分の悲鳴で、ガバッとベッドから飛び起きました。
「はぁっ、はぁっ……!」
全身が汗びっしょりで、心臓が口から飛び出しそうなほどドクドクと鳴っています。
首を両手で触ると、ちゃんと繋がっていました。
(夢だ……。二度目の人生の、処刑された日の夢……)
あの時の恐怖と絶望が鮮明によみがえり、私はガタガタと震えが止まらなくなりました。
暗い部屋の中を見回すと、ここが温かい公爵家のお屋敷ではなく、またあの冷たい地下室に戻ってしまったのではないかという錯覚に襲われます。
「だれか……だれか、助けて……怖いよ……っ」
一人ぼっちの恐怖に耐えきれず、私がポロポロと涙を流した時でした。
「リリア!!」
バンッ! とドアが勢いよく開き、お父様とルークが血相を変えて飛び込んできました。
二人とも、服は寝間着のままで、私の悲鳴を聞いて一目散に走ってきてくれたのです。
「お父様……! ルーク……っ!」
「どうした、リリア! どこか痛いのか!? 怖い夢でも見たのか!?」
お父様はベッドに駆け寄ると、震える私を、その大きくて力強い腕でギュッと抱きしめてくれました。
ルークも反対側から、私の小さな手を両手でしっかりと握りしめてくれました。
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ! わたし、悪い子じゃないのに……処刑しないで……捨てないで……!」
夢と現実がごちゃまぜになって、私はパニックを起こして泣き叫びました。
お父様は、私の背中を大きな手で何度も何度も、優しくトントンと叩いてくれました。
「大丈夫だ、リリア。お前は何も悪くない。誰も、お前を傷つけたりしない。私がいる。世界中を敵に回しても、お父様がお前を守るから。だから、もう大丈夫だ」
「俺もいます! リリアお嬢様。俺の剣は、あなたを傷つけるすべてのものを切り裂くためにあります。あなたは決して一人ではありません!」
二人から伝わってくる温かい体温と、力強い言葉。
それが、頭の中にこびりついていた処刑台の冷たい記憶を、少しずつ外へと押し出していってくれました。
(ああ……そうだ。ここはもう、あの恐ろしい場所じゃないんだ)
私には今、どんな時でも真っ先に駆けつけてくれて、私を信じて、守ってくれる家族がいるのです。
大人は嘘つきだと思っていたけれど、この温もりだけは、絶対に嘘じゃないとわかりました。
「お父様……ルーク……」
私は、お父様の広い胸に顔をうずめながら、安心の涙を流しました。
「ここに、いてもいいの……?」
「当たり前だ。お前は私の大切な娘だ。ここが、お前の本当の家なんだよ」
お父様が私の頭に優しくキスをしてくれると、ルークも安心したようにふわりと笑いました。
その夜、私はお父様とルークの二人に手を繋いでもらいながら、朝までぐっすりと、とても温かい夢を見ることができたのです。




