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ふわふわのベッドと、甘いホットミルク


ふわふわの雲の上にいるみたいな、温かくて不思議な感覚でした。


ゆっくりと目を開けると、視界に入ってきたのは、天井でキラキラと光るガラスのシャンデリアと、お姫様のベッドにあるような綺麗なレースのカーテンでした。


ふと自分の体を見ると、泥だらけだったはずの体はピカピカに洗われていて、肌触りの良い、真っ白でフリルのついたネグリジェを着せられていました。


「……夢?」


(そうだ。私、公爵様に抱っこされて、そのまますぐに熱で倒れちゃって……)


二度目の人生では、こんなに温かいベッドで寝たことは一度もありませんでした。


孤児院では、冬でもペラペラの毛布一枚で、冷たい床の上に寝かされていたからです。


キィ……と、静かにドアが開く音がしました。


ビクッとして私が毛布をかぶって震えていると、「あら、お目覚めですか?」と、とても優しそうな女の人の声が聞こえました。


そっと毛布の隙間から覗き込むと、そこにはメイドの服を着た、ふくよかで優しそうなおばさんが立っていました。


「おはようございます、リリアお嬢様。私はこのお屋敷のメイド長をしている、アンナと申します」


「お、お嬢様……? 私が……?」


「はい。昨夜、旦那様(公爵様)が大切そうにあなた様を抱きかかえて連れて帰ってこられたんですよ。専属のお医者様にも診てもらいましたが、栄養が足りていないだけで、ひどい病気ではないそうです」


アンナさんは、ニコニコと微笑みながらベッドに近づいてきました。


大人の手が伸びてくるのを見て、私は孤児院の院長先生に叩かれた記憶がよみがえり、思わず「ひっ!」と首をすくめて目をギュッとつぶりました。


しかし、アンナさんの手は、私のほっぺたをそっと、壊れ物に触れるように優しく撫でただけでした。


「……かわいそうに。今まで、とても怖い思いをしてきたのですね。でも、もう大丈夫ですよ。このオブシディアン公爵家で、あなたをいじめる悪い大人は一人もいませんからね」


その温かい手のひらと優しい声に、カチカチに凍っていた私の心が、少しだけ溶けていくような気がしました。


アンナさんに手伝ってもらい、私はパステルピンクの可愛らしいドレスに着替えました。


リボンがたくさんついていて、前世(日本)の記憶を合わせても、こんなに可愛い服を着るのは初めてでした。


銀色のパサパサだった髪も、丁寧にブラシでとかしてもらうと、月の光のようにキラキラと輝くようになりました。


「さあ、食堂へ参りましょう。旦那様がお待ちかねですよ」


アンナさんに手を引かれて長い廊下を歩き、到着した食堂は、信じられないくらい広くて豪華な部屋でした。


長くて大きなテーブルの奥の席に、昨日と同じ真っ黒な服を着たオブシディアン公爵様が座っていました。


顔には大きな刀の傷跡があり、オオカミのような金色の瞳。やっぱり、ものすごく怖くて迫力のあるコワモテです。


私がモジモジと入口で立ち止まっていると、公爵様は立ち上がり、私のほうへツカツカと歩いてきました。


(怒られる……! 朝寝坊したから、怒られるんだ!)


私がビクビクしていると、公爵様は私の目の前で止まり、ヒョイッと私を抱き上げました。


「わっ……!」


「熱は下がったようだな。顔色も昨日よりはずっといい」


公爵様は私を抱いたまま、自分のすぐ隣の椅子に座らせてくれました。


そして、不器用な手つきで、私の首に食事用のナプキンをかけてくれたのです。


『黒曜石の悪魔』と呼ばれて恐れられている人が、小さな子どものお世話をしてくれるなんて、誰も信じないでしょう。


テーブルの上には、焼きたてのふかふかの白いパン、お肉とお野菜がゴロゴロ入った温かいシチュー、そして、湯気を立てているマグカップが置かれました。


「まずは、これを飲め。お腹を驚かせないようにな」


公爵様が指さしたマグカップには、真っ白なホットミルクが入っていました。


ハチミツがたっぷりと溶かしてあるようで、甘くて優しい匂いがします。


両手でマグカップを持って、一口飲んでみました。


「……っ! あまい……おいしい……」


温かくて甘いミルクが、空っぽのお腹の底までじんわりと染み渡っていきます。


孤児院では、カチカチの黒いパンと、具のない塩水みたいなスープしか食べたことがありませんでした。


美味しすぎて、ポロポロと涙がこぼれてマグカップの中に落ちていきました。


「……うまいか?」


「はいっ、とても、おいしいです。こんなにおいしいもの、初めて……」


泣きながらミルクを飲む私の頭を、公爵様は大きな手でポンポンと撫でてくれました。


食事が落ち着いた頃、私はずっと気になっていたことを、勇気を出して聞いてみました。


「あの……公爵様。どうして、私なんかを拾ってくれたのですか?」


公爵様はしばらく黙って私を見つめた後、静かな声で言いました。


「お前は、数年前に病気で亡くなった、私の愛する妻に面影が似ている。銀の髪も、その紫の瞳もな。……だが、それだけではない」


公爵様の金色の瞳が、スッと細められました。


「お前は、不思議な力を持っているだろう? 傷を治したりするような力を」


ビクンッ! と、私の体が大きく跳ねました。


(どうして、知っているの……!?)


孤児院の院長先生が「気味が悪い化け物」と呼んだ力。


二度目の人生で、悪い大人たちに利用され、最終的に私を処刑台へと追いやった、呪われた力。


「わ、私は……化け物じゃありません! 違うんです、どうか、捨てないで……地下牢に入れないで……っ!」


私がガタガタと震えて泣き叫ぶと、公爵様は立ち上がり、私を力強く、でも決して痛くないようにギュッと抱きしめました。


「落ち着け、リリア。私はお前を化け物などと思ったことは一度もない」


「え……?」


「それは、神が与えられた素晴らしい才能だ。今までその力のせいで、愚かな大人たちから虐げられてきたのだろう? もう恐れる必要はない。お前の力は、お前自身のために使いなさい。誰にもお前を利用させはしない」


公爵様の声は、低くて力強いけれど、絶対的な安心感がありました。


「私は今日から、お前を養女ようじょとしてこのオブシディアン家に迎える手続きを始める。お前は今日から、私の『娘』だ」


「むす、め……?」


「そうだ。これからは、私が父親として、お前を必ず守り抜く。だから……もう泣かなくていい」


公爵様は、私の目からこぼれる涙を、ごつごつした指先でそっと拭ってくれました。


(信じても、いいの……?)


大人は嘘つきだと、心に鍵をかけていたはずなのに。公爵様のまっすぐな言葉と、大きくて温かい手は、私の心の奥の冷たい氷を、春の陽だまりのようにゆっくりと溶かしてくれたのです。


「……はい、お父様……」


私が小さな声でそう呼ぶと、公爵様は少しだけ驚いたように目を見開き、それから、見たこともないくらい優しく、ふわりと笑いました。


「ああ。よろしく頼む、私の可愛い娘」


それは、二度目の人生で絶望していた私が、初めて温かい家族の絆を感じた瞬間でした。


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