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蹄煮込み、経験を喰らう――牛好きの少年は「死」を食べて強くなる  作者: メイ
第二章:言葉を探す少年

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第72話:全員、出た

「――《解体(ブッチャー)》」


 世界が、モノクロに沈む。


 本物のジェーンさんにだけ、致死に至る『赤い線(レッドライン)』が浮かぶ――はずだった。


 表面が土でできている人形に、生命を終わらせるためのレッドラインは出ない。


 線が出るのは、本物だけ。


 そのはず、なのに。


 ……全員に、出た。


 同じ位置。

 同じ濃さ。

 同じ急所。


 つまり、それが意味するのは――この土人形が、生きているということ。


 少なくとも、僕の《解体(ブッチャー)》は、そう認識している。


(嘘でしょ……内側まで一緒なの……?)


「……どうした? 何か見えたか?」


 僕の動揺が顔に出たのだろう。

 ジェーンさんが、まるで最初からわかっていたみたいにそう言った。


 その口ぶりからして、おそらく中身を見ようとしたことはバレている。


「仕方がない。たいていの者はそうする」


 その答えに、身体がビクッと反応した。


「え、こわ。ジェーンさん、心が読めるの?」


「……まさか。推測しただけだ。言っただろう。多くの人間が試みた、と。外を観察する者は、次に中身を見ようとする。そして君は、何かしらの魔法を使った。おそらく今回も、今までのパターンと遠くない。そう推測しただけだ」


「あはは、怖い人だなぁ……」


 にしても、ジェーンさんの返答から察するに、つまり内側まで一緒ということになる。


『コレクト。その通りですわ。十人とも心拍数に差異がある……つまり、それぞれの状況がまるで本物のように変化しているということ。あの女の「もしも」の状態ですら再現している……見た目だけではない模倣は珍しいですわね……』


 ミネルヴァが、めずらしく唸った。


『同調は――解体情報……つまり筋肉から骨格、心臓の動きまで、内部構造ごと複製しています』


 つまり外側も、内側も、同じってこと。


 目に見えている部分だけじゃない。

 この十人は、全員が生物的な構造としては「本物」であり、「同一」なのだ。


 何度見ても、ジェーンさん十人のレッドラインは、同じ場所に浮かぶ。


「何度試みようと無駄だ。どれだけ確認しても、何も変わりはしない」


 また身体がビクッと反応する。


 心を読まれたような感覚。


 でもジェーンさんは、心を読んでいるわけではない、と言っていた。


 つまりそれは、僕の考えることが予測しやすく、単純ってことなのかもしれない。


(あれ、なんかそれ地味にショック……)


『ご主人様の単細胞な思考はさておいても……私ですら、初めて見る生粋魔法(ネイティブ)であることは間違いありません……なかなか、と評してもいいでしょう。ヴァンデル、貴方はどうですか? 魔導王としての意見は?』


『……フン。我もここまでの模倣は見たことがない。たとえそれが小市民同士の取るに足らない戯言だとしても、余興としては悪くないと思える程度には。それだけ生粋魔法(ネイティブ)には可能性がある……』


 ヴァンデルが脳内で腕組みを解き、肩を竦めた。

 足の組み方は、相変わらず傲慢なままだった。


『だが、それだけだ。似たような魔法はある……小市民がどうするか、我を少しでも楽しませてくれるといいが』


(え? 小市民って僕のこと言ってるんだよね?)


『……他に誰がいる。小市民の中の小市民は、貴様以外にありえない』


(うん、やっぱりヴァンデル嫌い……)


 さて。

 厄介なことだけはわかった。


 どうにかして、十人のジェーンさんを相手にしないといけない。


 そう理解した、その瞬間。

 ジェーンさんたちが、同時に動いた。


 逃げ場を潰すように、じりじりと僕を囲んでいく。

 その中でも、特に近くにいた三人の動きが少しだけ緊張感を孕んでいるように見えた。


 僕は三人のジェーンさんを、順に目で追う。


 追うのは、動作だけじゃない。

 筋肉の動き、そのもの。


 肩。

 肘。

 手首。

 腰。

 膝。

 足首。


 まずら見ることが大事だ。

 どこに力が入り、どこが緩み、次にどこへ重心が流れるのか。


 僕はまだ、《解体(ブッチャー)》を解除していない。


 実は《解体(ブッチャー)》の特徴は、レッドラインだけじゃない。

 モノクロの世界の中で、筋肉の動きがいつもよりはっきりと、細かく見える。


 本来の用途ではない。


 でも、ありものでどうにかするしかない。

 それが料理人としての誇りってもんだろ。


 ――そうだ。落ち着くんだ焔乃士ほのじ

 見えているなら、対処できる。


 僕は小さく息を吐く。


 一人目が、正面からまっすぐ来た。


 右肩が、わずかに沈む。

 肘が締まり、指先が一本の刃みたいに揃う。

 腰の捻りが、腕に乗る。


 ――来る。

 次の瞬間、手刀が喉元へ飛んできた。


 ――速い。

 僕はギリギリで身を捻った。

 命を容赦なく刈り取るような手刀が、頬をビュンとかすめる。

 

 ――熱い。

 風が耳元を裂く。


(危なかった、けど……!)


 そのまま、伸びきった腕を掴む。

 掴んだ瞬間、相手の重心が前に流れているのがわかった。


 なら、逆らわない。

 流れに乗せる。


「っ!」


 必要以上に踏ん張らない。

 力任せにはしない。


 相手の重さごと借りて、二人目へ放り投げる。


 二人のジェーンさんが絡まるようにぶつかり、まとめて吹き飛んだ。


 直後。

 ジャリッ。

 背後から、小石を踏む音。


 三人目が後ろにいる。

 だが、振り返る余裕はない。


 僕はそのまま、目の前の大木へ走り、勢いのまま幹に足を掛けた。


 一歩。

 二歩。


 木肌が靴底を削る。

 滑りそうになろうが、構わず三歩目を踏み込む。


 ――ガッ!


 その勢いのまま、宙返り。


 世界が反転する。

 月と地面が入れ替わる。

 内臓が浮くような感覚。


 下に、三人目のジェーンさんの後頭部が見えた。

 空中で身体を捻る。


 そして、落下の勢いごと――後頭部めがけて、蹴り抜いた。


 ――ドガッ!


 鈍い手応え。

 三人目のジェーンさんは前のめりに吹き飛び、目の前の大木に顔面から叩きつけられた。


(やりすぎたかな。骨が折れてないといいけど)


「……」


 叩きつけられて、地面に倒れたジェーンさんのリアクションはない。

 そのまま、ぬるりと立ち上がり、ゆっくりとこちらを振り返った。


 口と額から血がつーと垂れている。

 土人形でも血のような質感を再現しているのか。

 恐ろしい。


「ふふ……ふふふ。戦闘能力が思いのほか高い。ここまで戦えるとは思っていなかった。やるじゃないか」


「……そりゃあどうも。こう見えて、父さんには嫌なほど仕込まれてるからね」


 父さん以外にも、本当は六英雄のせいでもあるけど。

 そこは、伏せておく。


「この中に本物がいたらどうする気だった」


「戦闘不能にできたら、縛り付けて……話し合おうかなって」


「意外と強引なんだな」


「うーん?」 


 僕は首を傾げた。


「それホメてる?」


「……それも君が決めろ」


「え~? それはさすがにジェーンさんが決めてよ」


 ジェーンさんはまるでその言葉が聞こえなかったかのように、話を変えた。


「……一人ずつなら対処できるようだ。なら、これならどうだ」


 対角線上にいた二人のジェーンさんが、素早く真横に移動する。

 そして僕めがけて同時に飛び込んできた。


 左右から挟み込むような、飛び蹴り。


 僕はそれぞれのブーツを手でガシッと捉えた。


 受け止めた瞬間、腕がきしむ。


 重い。

 骨まで持っていかれそうになる。


 腕が引きちぎれそうになる。

 それでも、離さない。


 遠心力に乗せて、互いの身体を叩きつけた。


 ゴツンと頭同士がぶつかる鈍い音。


 二人のジェーンさんが、その場で沈む。

 相変わらずリアクションはない。


 直後。

 背後から、肩を掴まれる感覚。


 考えるより先に身体が動いた。


 肩をひねる。

 手を払う。

 回転する。


 そのまま後ろ蹴りで吹き飛ばした。


 でも、ジェーンさんの攻撃の手は止まらない。


(そろそろお茶休憩にしたいんだけど……)


 息つく暇もなく、次は三人。


 三人のジェーンさんが、ほとんど同時に距離を詰めてきた。


 正面。顔面へ右ストレート。

 左。脇腹へフック。

 下。足払い。


 ――上、横、下。


 全部、同時。

 でもこれならまだ――


(対処できる……!)


 僕はその場で跳んだ。


 足払いが空を切る。

 右手で、正面の拳を受ける。

 左手で、脇腹へのフックを止める。


 じーんと腕が痺れる。

 でも、止めることができた。


 なんとか、なった――そう思った次の瞬間。


 正面のジェーンさんの背後から、さらに別のジェーンさんが飛び込んでくるのが見えた。


 腰が回る。

 軸足が沈む。

 肩と膝が連動して、身体がしなる。


 あまりにもキレイな――回転蹴り。


 僕は空中。

 両手は封じられている。

 避ける場所も、防ぐ手段もなく――


 ――あ、無理。


 次の瞬間、エネルギーが容赦なく乗ったジェーンさんの鋭い踵が、みぞおちに突き刺さった。


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