第67話:氷の令嬢の『半殺し』
「――もう、許さないっ!」
メロウの手に、魔力が集まっていく。
ペンダントから流れ込んだ濁った魔力が、メロウの身体を巡り、その小さな手のひらへと収束していく。
手のひらの上に、こんもりと――カラフルなキャンディーが生成された。
一つ。
二つ。
十。
百。
気づけば、両手では抱えきれないほどの飴玉が、山のように積み上がっていた。
だが、生成は終わらない。
そのままキャンディーは増え続け、山はどんどん高くなる。
普通なら、とっくにバランスを崩してこぼれている量だった。
「こぼれるとおもった? でも、これはメロウの魔力だもん。メロウが離さないって思ってるかぎり、メロウの体からは離れないんだよっ!」
山のようなキャンディーは、メロウの手から離れなかった。
気づけば、メロウの顔すらほとんど見えなくなっている。
先ほどとは比べ物にならない量。
おそらく、その数は二百を超えている。
いや――それでもまだ止まらない。
キャンディーの山は一メートルを超え、ついにはメロウの身長すら優に越えた。
数は、目算でも五百はくだらない。
ペンダントから得た魔力のほとんどを、キャンディーへ変えている。
冷夏は、ふっと小さく息を吐いた。
「それが最後のキャンディーよ、メロウ」
ぱちり、と指先に雷が爆ぜる。
「ふん。メロウはまだまだ、たくさんキャンディーつくれるんだから!」
メロウは、なおもキャンディを生成し続ける。
冷夏はその光景を見ても、表情を変えなかった。
「本気でやる気ね。私に半殺しにされる覚悟はいいのかしら?」
「びびってるからって、下手な脅ししても無理だよっ! ひんにゅーっ!」
「……それに関しては、メロウも貧乳よ?」
「メロウはいいの~~~っ! まだこどもだからっ! バカッ! ほんとバカなお姫さま! 最後に命乞いしたって知らないっ! 溶けて! 次のメロウのペンダントにしてあげる!」
冷夏は静かに目を細める。
「最後の忠告よ。もう一度だけ、考え直しなさい。私に味方すれば、あなたが知らない世界を見せてあげられるわ。そうすれば、多少は手加減してあげる」
「やだ」
メロウは、即答した。
「先生とパパがいない世界、メロウ、いらないもん!」
もう、メロウは笑っていなかった。
目だけを細め、冷夏を睨みつけている。
その姿だけを見れば、少女が駄々をこねて、逆ギレしているようにも見えた。
だが、その手に積み上がっているのは、数百の殺意だった。
「そう。それがあなたの答えなのね」
冷夏の声が、静かに冷える。
「わかった。子どもだからといって、お仕置きも容赦しないわよ」
「お姫さま、おまえ意外といぢわるっ! やさしくしてあげようと思ったけど、もういらない。メロメロに溶かして、森の餌にしちゃうんだからね!」
メロウは、憎しみを吐き出すように叫んだ。
「死ね!」
その瞬間――メロウは、手のひらに積み上げたキャンディーを、一気に空中へ放り上げた。
数百のキャンディーが、宙でばらばらに散る。
空中で、それぞれの飴が黒い染みに変わり――。
一斉に、影の棘となって、冷夏へ降り注いだ。
雨のように。
逃げ場のない、影の弾幕。
唯一逃げられるとしたら、メロウのいる位置。
正面。
しかし、その正面からは、三体の影鬼が行く手を塞ぐように突進してきている。
メロウに、もう出し惜しみをする気はないらしい。
だが。
(やっと、このタイミングが来たのね……)
冷夏の身体を巡るように、青白い雷が走った。
「《雷光》――完全出力」
――ビシューンッ!
冷夏の身体が、青白い軌跡を残して消えた。
逃げるためではない。
メロウのいる正面へ。
影鬼のいる方向へ。
降り注ぐ影の弾幕は、冷夏のいた場所を貫いた。
空を切り、地面を抉り、虚空へ消えていく。
そして、影鬼とぶつかる寸前――冷夏は、あらかじめ仕込んでいた雷を一気に解放した。
《雷光》は、雷速の機動。
直線にしか動けない。
だからこそ、冷夏は最初から、その直線を選んでいた。
三体の影鬼が完全に塞ぎきるよりも、ほんの一瞬早く。
影鬼同士の肩と肩の間に残った、針の穴ほどの隙間を狙い。
そこへ、身体をねじ込む。
青白い軌跡が、三体の影鬼の間を一直線に撃ち抜いた。
「えっ――」
メロウには、息を呑む暇も与えさせない。
メロウは、最初の《雷光》覚えたはずだ。
見切ったはずだ。
冷夏の雷は、この程度の速さなのだと。
しかし。
今までメロウに見せていた雷の速度は、十分の一。
(――私の速度を、目で追えると思っていたでしょうね)
従来の《雷光》は迸る一閃そのもの。
呪文を終えた瞬間には、冷夏はメロウの目の前に立っていた。
「いつのまにっ!?」
メロウの目が、驚愕に見開かれる。
その瞳に、冷夏の手のひらが映った。
「やっ!」
「もう遅いわ」
冷夏の手のひらには、青白い雷がまとわりついている。
《雷掌》。
殺すための雷ではない。
神経と魔力の流れを焼き、意識を刈り取るための術。
冷夏は、それを維持したまま――。
パチンッ。
軽く頬を叩くような、優しい一打を見舞った。
だが、雷の電流は、確実にメロウの小さな身体を駆け抜けた。
――ビリビリリッ!
「うわあぁあっ!?」
メロウは強烈な痺れに襲われ、その場で膝から崩れ落ちる。
しかし、冷夏はそれを許さない。
「へっ……?」
メロウの胸倉を掴み、無理やり立たせる。
「おひ……め……さま、や……め――」
一度では終わらせない。
冷夏は、メロウの頬に撫でるように手のひらを押し付けた。
そして、そのまま――。
――ビリビリビリッ!
メロウの身体に電流が流れ、細い手足がびくびくと痙攣する。
「……あ……あう……や、やめて……め、メロウがわるかったから……あ、あやまるから……」
「あなたはそう言って謝ってきた人たちを、許してきたのかしら」
「お、おねがい……」
メロウの顔が、どこにでもいるような少女の顔になる。
慈悲を求めるようなまなざし。
震える唇。
涙に濡れた頬。
「安心して。殺しはしないわ」
――ビリビリビリビリィッ!!
冷夏は電流を流し続ける。
何度も。
何度も。
何度も。
「あ、ぁ……あぁああっ……!」
そのたびに、メロウは掠れた声を上げる。
「死なない程度に電流を流し続けてあげるわ。確か十八回――」
――バリバリバリバリバリッ!!
冷夏は電流を流し続ける。
何度も。
何度も。
何度も。
「やぁあああぁああああっ!?」
そのたびに、メロウは悲鳴を上げる。
「いいえ、十九回だったかしら」
――ビリビリビリバリバリィッ!!
冷夏は電流を流し続ける。
何度も。
何度も。
何度も。
「ひぐうぅうううううっ!!」
そのたびに、メロウは断末魔のような声を上げる。
「数は、どうでもいいわね」
――バリバリバリバリビリッ!!
「…………」
ついには、メロウの声も上がらなくなった。
結局は、二十回ほど繰り返した。
いや、おそらく二十回ぐらい。
数はどうでもいい。
「そろそろかしらね」
痙攣し続けるメロウの身体が、ぐらり、と傾いた。
生きているか、死んでいるか。
一目では判別がつきづらいほどの状態。
手のひらに残っていたわずかなキャンディーが、ばらばらと地面に落ち、闇に溶ける。
メロウの目の焦点が、ゆっくりとぼやけていく。
口元から泡の混じった唾液が垂れ、瞳が裏返る。
「あ…………」
メロウの唇が、何かを言おうとして、ひくひくと震えた。
「……たす、け……せ……ん、せい……」
頭の先から足の指先まで、メロウの身体から力が抜けていくのが、冷夏にはわかった。
そのまま倒れ込む小さな身体を――冷夏は、無言で受け止めた。
そして、慈悲を込めるように抱き寄せ、メロウの頭をそっと撫でる。
「――えらいわ。がんばったわね」
有言実行。
雷の速度で間合いを潰し、メロウが殺した数だけ、気絶させるレベルの電流を流す。冷夏が持っているもので組み立てられる、ぎりぎりの「殺さない方法」。
それが、『氷の令嬢』である冷夏にとっての「半殺し」だった。
「もしあなたが、更生するなら、そのときは全力で私が味方するわ」
冷夏は、意識のないメロウへ静かに告げる。
「それでも、あなたが私を恨むなら、それは仕方ないことだもの。確かにあなたは――まだ、こどもだから」
メロウの身体は、軽かった。
大人の女性の半分もない。
だが、「殺人」の重みは、それどころではない。
冷夏は、そのことをよく知っている。
「見逃すのは簡単よ……でも、中途半端にすれば、きっと人を殺すことは止まらなくなる。それに何より――」
冷夏の目が、少しだけ細くなる。
「死んだ人は、もう二度と息をすることは叶わないから」
冷夏は、その小さな身体を、ゆっくりと地面に横たえた。
起き上がったとしても、しばらく闇魔法は使えない。
しばらくの間は、ただの十歳の女の子に戻っているはずだ。
冷夏は立ち上がり、ふっと月明かりへ顔を上げた。
遠く、森の奥から――。
焔乃士の戦っている方向から、低い唸り声と、何かが砕けるような音が聞こえた。
(焔乃士くん……無事でいるかしら)
冷夏の足が、自然と、その方向へ向きかける。
その時――。
ぶわぁっと、森全体の魔力がかき乱された。
冷夏の背筋に、冷たいものが走る。
(……何、これ)
月光の下、気絶したメロウを背負い直しながら、冷夏は森の奥を見据えた。
(嫌な予感がするわね……)
冷夏は走る。
夜が、また一段、深くなろうとしていた。




