表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蹄煮込み、経験を喰らう――牛好きの少年は「死」を食べて強くなる  作者: メイ
第二章:言葉を探す少年

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/83

第66話:もうひとりにしないで

「かごめ、かごめ♪」


 メロウの歌声が響く中で、複数の影鬼が、冷夏を囲んだ。


 だが、囲みながら影鬼が歩いていく瞬間、その巨体は黒い霧へと変わっていく。


 輪郭が崩れ、黒い霧が円状に流れる。

 冷夏の周囲を、ぐるぐると回る。


 実体がない。


 影鬼の顔が一瞬だけ浮かんでは消える。

 腕が見えたと思えば、次の瞬間には霧へ溶ける。

 前にあった魔力が、横へ流れ、背後へ回る。


(実体を見る意味は薄いわね)


 冷夏は、影鬼そのものを追うのをやめた。

 見るべきは本体ではない。


(そこ……!)


 右側の霧が濃くなる。

 そこから腕が生え、拳が飛んできた。

 冷夏は一歩だけ身体をずらし、最低限の動きで回避する。


(やっぱり攻撃の瞬間だけ、影が濃くなるわね……)


 冷夏はさらに集中力を高めた。


 背後の霧が凝縮され、今度は薙ぎ払いの予感。

 振り向かず、冷夏はその場で身を低く落として躱した。


「かごのなかの鳥はぁ~~」


 メロウが歌う。


 黒い霧の輪が、さらに狭まった。


「いついつ出やるぅ~~?」


 冷夏は跳ばない。

 無理やり輪の外に飛び出さない。


 跳べば、また空中を狙われる可能性がある。

 そもそも、空中に逃げ道があるとは限らない。


 地上で避け続けることを決めた。


(鬼は鈍いわけじゃない。でも見えているわ……落ち着けば大丈夫)


 半歩だけ、身体を傾ける。

 足首を捻る。

 わずかに首を逸らす。


 実体化した影鬼の指が、冷夏の髪を数本だけ掠めて散らした。


 その瞬間、メロウの目が輝く。声が跳ねる。


「今の! 今のつかまえられた! もう一回! もう一回やればいける!」


 そして、メロウは歌の最後を口にする。


「うしろの正面、だぁれ?」


 冷夏の背後で、霧が急激に濃くなり、本命の影鬼が、背後から実体化する。


 だが冷夏は、言葉には引っ張られない。

 見るのは「後ろ」という言葉ではない。


 魔力が、どこで凝縮したか。


 冷夏は振り返らず、身体を斜め前へ滑らせる。

 背後から伸びた四本の腕が、冷夏の服の端だけを掠めた。


「なんでっ……なんでそこまで避けるのぉ!?」


 メロウがまたもや叫んだ。


 冷夏は小さくふぅと息を整える。

 だが、完全な余裕は見せない。


 乱れかけた呼吸を、わざと少し大きく見せる。

 一瞬だけ膝を沈め、バランスを崩したように見せる。

 大げさに動いて、頬を伝う汗までも追い詰められた証拠に変える。


 メロウには、こう見えるはずだ。


 あと少し。あと一回。

 もう少しで捕まえられる、と。


 冷夏の見せた隙を本物だと思ったのか、メロウは、ぱぁっと笑った。


「お姫さま、すぐに死なないのすごいすごぉーい☆」


 頬を赤くして、心底楽しそうに笑う。

 その場で手を振って、小躍りまで披露した。


「メロウ、今すっごく楽しくなってきちゃった! もっと遊ぼう!?」


 冷夏は、黒い霧の流れを見据えたまま、静かに息を整えた。


「いいわよ。嫌になるまで遊んであげるわ」


「やったやった……! すごぉくうれしい!」


 メロウは本当に嬉しそうに笑った。


 冷夏は、わずかに目を細める。


(皮肉で言ったつもりなのに、本当に嬉しそうね……)


 許されるわけがない。

 命乞いを踏みにじり、人を溶かし、奪った命をペンダントに閉じ込めてきた子だ。


 けれど、それでも。


(やっぱりこの子は、大量殺人者であると同時に――まだ子どもなのね)


 冷夏はメロウを見る。


 その無邪気な笑顔を。

 その手にまとわりつく、濃すぎる魔力を。

 そして、少しずつ薄くなっていく魔力の芯を。


(なら、気のすむまで遊びなさい。あなたが嫌になるまで)


 冷夏は構える。


(その頃には、もう立っていられないでしょうけど)


 メロウはどんどん夢中になっていった。


「簡単に死なないでねぇ!?」


 童歌を切り替えながら、自由気ままに展開していく。


「鬼さんこちら」で、影鬼を呼ぶ。

「とぉりゃんせ」で、影壁を作る。

「かごめかごめ」で、黒い霧の輪を広げる。


 歌が変わるたびに、影の形も変わる。

 拳になり、壁になり、霧になり、棘になり、腕になった。


 そのすべてが、冷夏を捕まえるために動いていた。


 だが、冷夏は捕まらない。


 影鬼の一撃は、地面を砕く。

 影壁は、逃げ道を狭める。

 黒い霧は、攻撃の瞬間だけ濃くなって実体を持つ。


 どれも強い。

 だが、どれも重い。


 影鬼を出すたびに、メロウの魔力が大きく削れる。

 影壁を重ねるたびに、流れが薄くなる。

 黒い霧を維持し、攻撃の瞬間だけ実体化させるたびに、制御でさらに消耗する。


 最初は濃く見えた黒紫の魔力も、今は少しずつ芯を細らせていた。

 歌声だけが、まだ楽しげに弾んでいる。


 メロウ本人は、自らが少しずつ追い詰められていることにも、冷夏が本気で反撃していないことにも、気づいていない様子だった。


 それはきっと楽しいから。

 夢中になるぐらいの遊び相手だから。

 自分が尽きる経験をしたことがないから。

 それほどまでの強敵が本気を出すのを、おそらく経験したことがないから。


 十数分後。


 その時は突然やってきた。


 冷夏の呼吸は浅くなっていた。

 頬には細かな傷が増え、指先には痺れが残っている。

 それでも、致命傷だけは一度も許していない。


「なんで……?」


 メロウの無邪気な笑みの奥に、焦りが見え始めた。


「なんで捕まえられないの!?」


 その瞬間、冷夏は静かに刺した。


「先生は、それを見て褒めてくれるのかしらね」


 メロウの顔が変わる。


「……先生は」


 メロウの手が震える。


「先生は、メロウのこと、ちゃんと見てくれるもん」


 それは怒りというより、祈りに近い声だった。


「メロウがちゃんとできたら、えらいって言ってくれるもん」


 冷夏は何も言わなかった。


「先生だけは……べつだもん」


 冷夏はただ見守る。

 その沈黙が、メロウをさらに焦らせる。


「ぜったい、ぜったい捕まえるもん……!」


 メロウが両手を広げる。


 足元から、影が大きく広がっていく。


「先生に、ほめてもらうんだから……!」


 影鬼がいくつも立ち上がる。

 影壁が何枚も重なる。

 黒い霧が冷夏を包む。


 そこが、消費のピークだった。


 だが、その黒は、もう最初ほど濃くない。


 冷夏の目には見えている。

 魔力の芯が、細くなっている。


(あと、何回……?)


 冷夏はメロウを見る。


(この子、自分が空っぽになりかけてることに、気づいてもいない……そのことを無視するほど私は甘くない)


 メロウがもう一度、手を叩いた。


「鬼さんこちら……」


 影が揺れる。

 だが、影鬼は出てこない。

 いや、出ようとはした。


 小さな腕。

 崩れた肩。

 形になりきらない黒い塊。


 それは途中で、ぐしゃりと崩れた。


 メロウが瞬きをする。


「あれ……?」


 もう一度、呼ぶ。

 もう一度、手を叩いた。


「あれ? あれれ?」


 ――パンパン!

 ――パンパンパンパン!

 ――パンパンパンパンパンパンパン!


 リズミカルさはなく、手が赤くなるまでメロウは執拗に手を叩く。

 何かに縋るように、メロウは手を叩き続けた。

 しかし影は影らしく沈んだままだった。


 メロウの願うような手を叩く音は虚しく森の中に響く。


「な、なんでなの!? か、影鬼ちゃん……?」


 影は立ち上がらない。


「なんで……ちゃんと出てこないの……?」


 出せるはずのものが出ない。

 呼べば来てくれるはずの友達が、来ない。

 冷夏が待っていた瞬間が来た。


 メロウの呼吸が荒くなる。

 メロウの足元がふらつく。

 メロウの手先が震える。


(来たわね。もう影鬼が顕現しない。呼吸が乱れ、手足が震える。その症状はおそらく――)


 人生ではじめての魔力切れ。冷夏はそう判断した。


 メロウの唇が震えたままに、そこから声がもれた。


「やだ……」


 掠れるような声だった。

 だが、それは怯えだけでは終わらなかった。


 次の瞬間、メロウの感情が爆発する。


「やだやだやだやだやだやだやだもん! なんでメロウばっか!! なんでメロウこんな目にあうのっ!」


 涙目で叫ぶ。


「メロウは愛されるべきだもんっ! 楽しかったのに! おひめさまのいじわるっ!」


 怒り。

 恐怖。

 被害者意識。

 甘え。


 すべてがぐちゃぐちゃに混ざっているように冷夏には見えた。


「死んでよぉ! お願いだから死んでよぉっ!」


 それは命令であり、懇願でもあった。


 冷夏は近づく。


「やだぁ……!」


 メロウは後ずさる。


「来ないで来ないで来ないで来ないで……!」


 目の前にいるのは、もう魔力を失った十歳の子ども。


 だが、冷夏は止まらない。


 この子は人を殺してきた。

 命乞いを踏みにじってきた。

 他人の尊厳を壊してきた。


 だからこそ、殺さない。

 だが、止める。


 冷夏の手に雷が集まる。


 《雷槍(グニル)》ではない。

 もっと近い。

 もっと直接的に、手のひらに帯電する雷。


 《雷掌(トニト)》。


 当たったとしても、致死には届かない。

 だが当てれば、確実に戦闘不能へ落とせる。


 冷夏は覚悟を決めた。


「――覚悟なさい」


 冷夏の手のひらで、雷が低く鳴る。


 冷夏は着実に一歩ずつメロウに近づく。

 そのたびにメロウがビクンと反応する。もう後ずさることもしない。


 影鬼は出ない。

 キャンディーも出ない。

 先生もここにはいない。


(これで終わる……)


 ――しかし冷夏が、メロウにたどり着くことはなかった。


 冷夏が《雷掌(トニト)》の間合いへ踏み込もうとした、その瞬間。

 メロウがすがるように胸元のペンダントを見た。


 メロウは震える手で、それを手に持ち――


「……みんな」


 ――ピキィン。

 ガラス製のペンダントをそのまま握り潰した。


「愛してるよ」


 冷夏の視線が、ペンダントに集まる魔力に吸い込まれるように釘付けになった。


 その魔力は、メロウ自身のものではない。


 もっと濁っている。

 もっと混ざっている。

 いくつもの色が、溶け合っている。


 メロウが、泣きそうな声で言った。


「たすけて」


 それは十歳らしい、かよわい声だった。


「メロウを……」


 ペンダントが眩いぐらいに光る。


「もうひとりにしないで……っ!」


 瞬間、ペンダントから膨大な魔力が溢れ出した。

 光の奔流が冷夏の視界を埋め尽くす。


 その魔力の残滓からはっきりわかる。


 強かった者たち。

 溶かされた者たち。

 命乞いを踏みにじられた者たち。

 それが、ペンダントに閉じ込められ、燃料にされたいくつもの命の残滓なのだと。


 冷夏の表情からすっと余裕が消えた。


「その力は……」


 ペンダントの光が、ついには夜を塗り潰した。


 この子が最後にペンダントへ縋る可能性は、読んでいた――はずなのに。

 それでも――もう手遅れだという実感が、冷夏に歯を噛みしめさせた。


「あなたが、溶かした人たちの……!」


 ペンダントの魔力が、メロウの魔力に変換されていくのが、嫌なぐらい冷夏にはわかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ