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蹄煮込み、経験を喰らう――牛好きの少年は「死」を食べて強くなる  作者: メイ
第二章:言葉を探す少年

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第68話:甘い毒と、届かない声


「君に恨みはないが、始末させてもらう」


 女は、相変わらず無表情のまま、僕を見据えていた。

 手袋もしていない両手が、すっと脇に下ろされる。

 武器を構える素振りすらない。

 でも、空気が――重くなった。


「あなたが、バイソンを罠にかけたの……?」


「そうだ」


「なんで……バイソンをこんな目に?」


 僕は、問いかける。

 どんな答えを求めて、そう聞いたのか僕にはわからない。

 ただ気づけば、そう聞いていた。


 女は、無表情のまま、ただ言った。


「角だ」


「角……?」


「魔力の籠もった角は、闇市で値がつく」


「……なら、しっかり命を頂いて――」


「生きたまま削いだほうが、純度が落ちない」


 ……それは、ガンテツが言っていたのと、同じ理屈だった。


「それにアイアン・バイソンの角の魔力は、長く苦しむと、角に滞留しやすい」


 その特性を聞いた時点で、次に出る言葉はなんとなく予測できた。


「《暗黒の楔(カースケージ)》は殺さずに高密度の魔力を角に溜め込む方法として、手軽でわかりやすくコストもかからない」


 やっぱりそういう感じか。

 なんて反吐が出るような理由なんだ。


 高純度の角を採取するために、苦しめて、殺さず採取する。

 理屈だけで考えれば、それが一番効率的かもしれない。


 でもそこに優しさも倫理もあったもんじゃない。

 僕はそれを認めるわけにはいかない。


「だからってそんなやり方――」


「私たちは効果と効率を追求しているだけだ」


 女の声は、平らだった。

 反論する気もない、説得される気もない、ただ事実を述べただけ、という響き。


 ……怖い。


 憎しみがあるなら、まだ理解できる。

 飢えなら、まだ理解できる。


 でも、この女は、ただ「仕事」として、命を弄んでいる――そう見えていた。


 だが。


「――あ」


 ふと何かを思い出したような言い方だった。

 そして女は――パチン、と指を鳴らした。


 僕の内側にある何かが震えた気がした。


「人間を助けるためにそうしている」


 出た言葉があまりに予想外すぎて、僕の中ですぐに馴染まなかった。


「え?」


「契約上、詳細は話せない。だが、人間のためにしていることは事実だ」 


 女はまたもやそこで指を掲げ、パチンと鳴らす。


『……や□い! ホ〇◆ゃん! △れ、〇神干▲か●眠魔×の類! レ〇□×ダリン■◇て!』


 ――六英雄の声が聞こえた気がしたが、気のせいか。今はどうでもいい。


「人間のため……だって? それでバイソンをあんなふうに……苦しませて、あげく人間のためだって……?」


「君は――自分に情があると思っているんだな」


 自分に情があると「思っている」?


 それじゃあまるで「思い込んでいるだけ」みたいな言い方じゃないか。

 その言い方にイラつきを感じた。

 

 女が指を鳴らし――パチンという音が鼓膜に響く。


『ご〇△さ×! 意■を乱●×て〇ま△! す◇にレジェ△◆リ〇×を!』


 ――ノイズのような何かが聞こえた気もするが、それよりも僕の中で大きくなるのは、ムカムカするような感覚。


「な、なんだよ! 情はあるに決まってるだろ!? 情があるから、身勝手すぎる理由のために命を弄ぶお前にムカついてるんじゃないか!」


 僕の臓腑から、沸騰するような感情がふつふつと音を立てる。

 この「女」と冷静に対話できる気がしない。


「ふっ――見えていない」


 女が鼻で笑う。ただ感情の揺らぎは少ない。

 またもや女はそこで指を――パチンと鳴らす。


 ――さっきからなんで指を鳴らしている?


「なにをしてるの……?」


『ク×◇■、テ〇ェこ●ま△じゃ死×▲!』

『小●民! プ〇×ド●捨◇×な! 目△覚ま◆! 魔×回〇が揺▲ぶ〇れて×る■!』

『〇僧! こ×で気張●×で、牧▲〇未×は▲うな◇!? 牛■ど×◇る!?』 

『×アッ! 絶●△命! オー×ー◇▲ズッ!』


 またもや耳鳴りのような感触。

 水中で声がこもるような感覚がある。


「ああ、これか。クセみたいなものだ。気にする必要はない」


「……なら、それはいいや……。でも『見えてない』って言ってたよね? ……どういう意味?」


「ふっ。説明する気はない」


「説明する気がない……? え?」


「どうせ君にはわからない。君は自分の都合のいいように捉える気しかないのだから」


「……ふ、ふざけるな……! 都合のいいように捉えてんのはそっちだろ!? 都合よく解釈することで、気持ちよくなってるだけだろ……!」 


 怒りが沸騰を通り越し、ぐつぐつと煮えるのが分かった。

 僕はこいつを――許したくない。


 渦巻くような衝動が、今にも吹きこぼれそうだ。


「――そろそろ面倒になってきたな」


 ――パチン。


『ミ●×ヴ△! ゲン×ン◆ナニ×ワ△ル?』

『ド〇ヤラ、ジュ〇ア◆ヨソク●オリ、セイ×ンカ〇ショウカサ×ミンマ×ウ●×ヨッ◇、マジ●ルシ◇●ス×ミダ×●△イル×〇デス。コエガ■ド△ナイ●×ソ〇ガ●ン×ンデ△ワ』

『ソ●×モ、ワレラ〇ツ●ガリ▲、◇ジカ×▲ナプ×ダ〇ラ、ショ◇シ●ン△カ●ダニ×イ△ョウ×アタ〇ル■ト×デ△タ●イウワ×カ』

『――コ〇×ト。ジ×ジョ△ミダ■レテ◇ル。コノ〇マデ×、ワタ×タチ●コエガカ◇ゼ×ニト●×ナクナ●ドコ◇カ、ツ▲ガリ△シャ〇ンサ×●ス』


 ――パチン。


『――使●ね●やつ〇◆な』

『×ク●マ!?』

『リ○×ン!?』

『乱〇たお●げで俺〇少▲の×出◇た。こ×は憤●病み×△な●◇だ。感情×怒△●と悲×みに●束〇る。お×ら六●で力を合●▲て、タ◇×◆グよ●×〇士に声×▲〇ろ。俺×▲を重〇▲や×●ら』

『――ヨ●、ミ△◆ヤル×!』


 ――ノイズのような耳鳴りする感覚はあるが、僕の意識と衝動は目の前の女に向いている。


「ふっ。逃げるの? 僕を納得させられないからと言って。このまま、身勝手に僕を殺すつもり?」


 今度は僕が鼻で笑う。なぜ鼻で笑ったのかは自分でもわからない。

 そろそろ自分の感情を観察できなくなってきている。


「――わかった。一つだけ話そう」


 女は観念するように、少しだけ肩を竦めた。


「君は肉を食べるか」


 少しの間、言葉の意味がわからなかった。

 理解しそうになって――届きそうな手前で意味が遠のいていく。


「な、に」


 言葉が折れる。


「お、その顔。この言葉が当たったか」


 またもや――パチン、と音が聞こえた。


『〇▲◇■×●△◆』


 ノイズのような感覚が薄くなる。


「食べるか食べないかだけで答えればいい。君は肉を食べるか」


「……に、く、を、たべ……何? たべる、え?」


 うまく言葉を吐き出せない。


「――どうした。何を恐れている。ただの日常会話だ。もっとわかりやすく言ってやろう。最近、肉を食べたか?」


 ――パチン。


「あ…………食べ、た」


「――美味しかったよな。また食べたいと思うよな」


 ――パチン。


「や、やめて……!」


 もう――。


「嫌だと思うなら、否定すればいい」


 どうしたいのかわからない。


「…………」


 言葉が出ない。

 頭が回らない。

 体が動かない。


「君のことは知らない。でも賢いことはよくわかった。だから私が言っている意味も、多くを語らずとも、理解してくれるだろう。その程度の愚かな賢さがあって助かる。面倒じゃない。良かったら私に顔を見せろ。ほら、こっちに来い」


 そう言って女の人は、僕の頬に手を添える。

 やさしい加減でそのまま、僕の顔を自分の顔に向ける。


「だが、安心しろ。君は獣じゃない。すばらしき人間だ。敬意を払ってやる」


 僕よりも頭一つ分背が高い。

 その底なしに黒い瞳と、目が合った。


「普通の人間でも【闇属性】でも――殺すときは一瞬だ。変わらない。ほら。怖かっただろう。ずっと力みすぎて震えている。大丈夫だ。力を抜け」


 女の人の細長い指が、僕の唇をやさしく一度だけ撫でた。

 頭がおかしくなりそうな感触。


 そのおかげか、緊張していた僕の体から、余計な力みが抜ける。


「ほら、口を開けろ」


 女の人の顔が近づいて――。


 唇と唇が触れた。

 

 やわらかい。

 そしてそのまま――。


 じゅぷ。


 女の人の舌が、僕の口の中でねっとり絡む。

 何かいけないところに、温かい何かを流されて――。


 ――気持ちいい。

 なんだこれは。


 ――ちゅぱ。


 とろける。


 ――じゅぷぅ。


 どうでもよくなる。


 ――ちゅぷぅ。


 考えることすら億劫になる。


「いい子だ。ラクにしてやる」


 捕食するような目でそう言われた。

 その言葉で、自分の中でふっと、何かが崩れるような音がする。


「死にたいか?」


「――し、死にたくない……」


 自分が何を言っているか、よくわからなくなってきている。


「抵抗するか。もう少し、流そう」


 じゅぷぅ。


 何かを流し込まれる。

 思考が溶ける。

 甘い毒が脳に回る。


 もう、なんでもいい。


「どうだ。死にたくなったか?」


「――うん」


「いい兆候だ。それ以上は何も考える必要はない、考えても意味がない」


 考えても意味がない……?

 たしかに、所詮、人も獣だ。


 考える必要なんて、元々ないのかもしれない。


「疲れたよな?」


「……うん」


 ――疲れた。


 ――今なら、死んでもいっか。

 

 ふと、死にたい衝動が顔を出した。


「仕上げだ」


 ――パチン。


『――――――――――――』


 耳鳴りみたいな感覚もすっかり薄くなって楽になった。

 ノイズが消えてくれた。


「私は人を数えきれないほど殺してきた。獣もだ。しかし、意味もなく苦しめたいわけじゃない。一瞬あれば充分だ」


 どこからともなく、ナイフが現れる。

 鈍い光沢。すこしギザギザした刃。


 これ――僕のために用意してくれたの?


 ありがとう。


 右手が大きく上がった。

 そしてそのまま――。


「さようなら」


 その刃がゆっくりと振り下ろされる――。

 世界がゆっくり流れる――。


 刹那、強烈な疑問が、胃のあたりからどっと沸いてきた。


『そもそも僕はなんでここにいる?』


 ――家族のため?

 ――自分のため?

 ――牛のため?

 ――ミルク好きな人たちのため?

 ――お腹を空かしてる人のため?

 ――循環させるため?


 わからない。

 ……ワカラナイ。

 

 死ぬ命は巡る命って――何。


 そんなワケのわからないことのために僕は――。



『竜息山には行くな』



 ロイさんとの約束を。



 ――破ったんだ。







 そう言えば、六英雄の声がないな。








 ……。











 …………。









 ああ。




 刃が。




 肌に触れて。




 僕の首元を。


 


 切った。






冷。



 熱。



 ――痛。












 やっと。





 これで。









 死






 

 ね

 







 る

  











 ……。









 …………。










 ………………。
























『―――』






















『『『『『『『――焔乃士ほのじ』』』』』』』








『今回はアタシに任せて』

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