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蹄煮込み、経験を喰らう――牛好きの少年は「死」を食べて強くなる  作者: メイ
第二章:言葉を探す少年

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第61話:暗い森に立つ少女と、奔る雷光



 メロウのスキップは、軽快なリズムで森の奥へと続いていた。


「ふふ~~ん、鬼さんこちら、手の鳴る方へ♪」


 その鼻歌は、迦導国の童歌わらべうたそのものだった。


 無邪気で、舌っ足らずで、月夜の森に妙に馴染む。

 あまりに馴染みすぎていて、気持ち悪かった。


(……誘導されているわね)


 冷夏は、それをわかっていて追っていた。

 わかっていて、それでも踏み込んだ。


(罠に誘ったつもりなのかもしれないけれど)


 ――むしろそれは好都合。


 あの子を、焔乃士ほのじから、罠にかかっているバイソンから、引き剥がせたなら、それで充分だ。


 あとは――。


 あとは、自分が引き受ければいい。


 冷夏には、それを全うできる自信がある。

 それは矜持きょうじにも似た使命感だった。


 けれど、それだけではないざわめきもある。


(何よこれ。何の感覚なの……)


 今は戸惑っている場合ではない。

 そのざわめきを深い夜とともに沈める。


 木々が密集し、頭上のこずえが差し込む月光をまばらにする。


 地面に伸びていた自分の影さえ、輪郭を失って、暗闇に自分ごと溶けていくような感覚があった。


 ふと、勢いよくスキップしていたメロウが立ち止まる。


「うーん、全然引き離せないや~」


 少し離れた場所で立ち止まり、こちらに振り返った。

 暗い森に立つその少女の姿が、冷夏にはどうにも不気味に思える。


(引き離そうとした……? 姿を隠すつもりだったのかしら……)


「おねえちゃん、はやいね~。すごいすごい~」


 ぱちぱち、と小さな拍手。


 スキップしているだけに見える女の子を追うために、冷夏はそれなりに本気で走っていた。


(まだ子どもなのに、なんて脚力……本当に速いのはどっちよ……)


「ねえねえ、おねえちゃん。お名前なぁに?」


 メロウがちょこんと首を傾げる。


「……教えないわよ」


「えー、けちんぼ~! ひんにゅう~~!」


「――貧乳じゃないわ。スタイルがいいって言いなさい」


「わかった! スタイルいいおねえちゃん!」


「素直ね。わかってるじゃない」


「ほらメロウは言ったよ! 名前教えてよ~~~!」


「嫌よ」


「言ったのにぃ~~っ! ずるいっ! 騙されたっ! 悪い人!」


「最初から名前を教えるとは一言も言ってないわ」


「けちけち~~! そんなんだから、おっぱい大きくならないんだよぉ~? メロウはいっぱい牛乳飲んでるから、大きくなったら、ぐらまらすばでぃが約束されてるもんね~~!」


「――まだ子どもなのにマセ過ぎよ、あなた」


「メロウは子どもじゃないもん! もう十歳になるもんっ! 明日なるんだもんっ!」


「十歳になるなら、なおさら品を身につけることから始めたらいいわ。まずは他人(ひと)さまへの失礼な態度をわきまえなさい」


「ぶぅ~~っ! それを言うなら、おねえちゃんもそうじゃんっ!」


「……一理あるわね。やるじゃない、メロウ」


「あ、今メロウの名前呼んだ! メロウだけ名前バレてるのずる~~い!」


「あなたが自分のこと何度もメロウって言ってるのよ?」


「ずるいよっ! おねえちゃんのも教えてよっ!」


「いいわよ」


「え、いいの!? 名前なんていうの!?」


「――私のことは『グラマラスボディ様』と呼びなさい」


 メロウは頬をぷくぅっと膨らませる。


「ぷぅ~~~っ! ふざけないでよ! 絶対それ、おねえちゃんの名前じゃないじゃん! メロウのやくそくされた未来じゃんっ!」


 むきー、という音が聞こえるほどに、暗い森の中でもメロウの顔が真っ赤になるのがわかった。


 でも、次の瞬間には。


「……でもいいもん! メロウが勝手に呼ぶから。きれいなおねえちゃんがいい? あ、それともね、お姫さまっぽいから、お姫さまでもいいかも!」


 いつの間にか満面の笑みになってる。

 コロコロ表情が変わるそのさまは、冷夏には年齢相応の子どもにも見えた。


「うん、お姫さまにしよっかな!」


 『お姫さま』ってフレーズが繰り返されるたびに、冷夏の眉が、わずかに動く。


(……この子、私を「お姫さま」に近い存在として認識してる? 偶然?)


「好きになさい」


「――うーん、や~めた! やっぱりムカつくから、おまえなんて『くそったれなおねえちゃん』でいいや!」 


「あら、それは光栄ね。会ったばかりでクソッタレだなんて、そこまで意識してもらえるなんて」


「でもねでもね? メロウやさしいから、愛憎を込めて『くそったれなおねえちゃん』って呼び続けてあげるねっ!」


「愛憎なんて言葉、その年齢でよく使えるわね」


「パパが『愛は憎しみと切り離せない』って言ってたんだ! 先生はよくわからないって言ってたけど……」


「けど?」


「でもメロウはくそったれなおねえちゃんがやさしい人なら、愛してあげようと思ってるよっ! 愛は態度からって、それもパパが言ってたから!」


「――素敵な受け売りね」


「えへへへ、でしょ~~~?」


 直後、メロウの表情に悪戯な笑みが滲む。


「くそったれなおねえちゃんは、どうかなぁ? やさしい人なのかなぁ~~?」


 メロウのスカートのポケットから、カラフルでつやつやしたキャンディーがこぼれ落ちた――いや、こぼしたフリをして、地面に散らばらせたのだろう。


 ぽとり、ぽとり、ぽとり。


「あれぇ、おっちゃった☆」


 その瞬間、地面に転がったカラフルなキャンディーがぐにゃりと黒く溶け、影のとげのように立ち上がる。


 四方から、冷夏に向かって、勢いよく伸びた。


 しかし――。


「《雷光スピン》ッ!」


 ――ビリッ。


 冷夏の身体が、青白い軌跡を残して横に跳んだ。


 雷速の機動。

 だが、回避するためだけの必要最低限の出力。


 影の刺は虚空を貫き、空を切る。

 影は地面に戻ると、魔力の残滓とともに消えていった。


 【雷属性】の魔法である《雷光スピン》。

 一瞬だけ、雷の速度のごとく動ける機動魔法だ。


 便利ではあるが、大きく動けば燃費が悪く、直線状にしか動けない。

 しかし冷夏は、この魔法を気に入っている。


「あぁ~、すごぉい! それ避けるのずる~い! 一瞬おねえちゃんの残像がみえたよ~~! ほんとにはや~い! きもぉ~~い!」


 メロウは、心底感心したような声を上げる。


「くそったれなおねえちゃんもキラキラできるんだね! メロウのキャンディーとどっちがきれいかなぁ?」


「――私に決まってるじゃない」


「きゃははは! 面白いね、おねえちゃん……じかじょう~~」


「じかじょう?」


「自意識過剰ってことぉ!」


「自意識過剰ね。それの何がいけないの?」


「きゃはは、本当に自意識過剰だぁ~~っ!」


「――最高じゃない」


「きゃはは! むかつく~~! すぐ死んで~~! 息止めて~~っ!」


 軽口に付き合いつつも、冷夏は足元に気を配っていた。


(なに、この違和感……)


「ねぇねぇ、そんなに調子のってて、いいのかなぁ?」


 言いながら、メロウは丸いキャンディーを一個、口に「ちゅぱ」っと放り込み、手からさらに数個ほど地面に落とす。


 そのキャンディーが黒紫の染みになって影を伝い、こちらに伸びてくる。


 まるで細い蛇のようだった。


 冷夏の目が、影に染み込んでいく闇属性の魔力の奔流ほんりゅうを捉える。


 次の瞬間――。


 足元の影が爆ぜた。

 それは無数の棘になって広がる。


 冷夏はバックステップを取り、ギリギリで回避した。

 あと数コンマ遅れていたら、串刺しになっていたかもしれない。


 そして無数の棘は影に溶け、魔力の残滓も消失する。


(私じゃなかったら、今のは死んでいたかもしれないわね――)


 それは、決して冷夏のおごりではない。


 冷夏の瞳が特別だったからこそ、回避できた。


 もし自分ではなく、この場にいるのが焔乃士ほのじだったら――串刺しになって死んでいたかもしれない。


 その可能性に、少し冷えるような感覚を覚える。

 そのあと、そうならなかったことに、冷夏は安堵した。


(まったく、危ないわね。この子の相手が私でよかった……)


「えええ~~っ!? 今のも避けるのおねえちゃんっ!? もしかして見えてる!? へんたぁい!」


「さて、どうかしら」


「そのいいかた~~、見えてるやつじゃぁ~ん! ちゅぱちゅぱ……余裕ぶるのきらぁ~~い! メロウちょっとぷんぷんしてきたかもぉ」


 そう言うと、メロウは手に魔力を集中させた。


 黒紫の魔力がカタチをつくり、どんどんカラフルな飴になっていく。

 そのカラフルな飴は、この暗闇の中で虹色に発光していた。


 それは次々と生まれ、小さな手の上にこんもりと山盛りになった。


(なんて色の広がり……! この子、魔力の量が尋常じゃない……少なく見積もっても平均の十倍はあるわ……)


「つっぎは気持ちよく死ねるかなぁ☆ きゃははは!」


 冷夏は、その山盛りの飴に集中した。

 凝縮され、なお揺らめく魔力量に、意識を持っていかれそうになる。


 メロウが口をすぼめたのが見えた次の瞬間――。


「ぷっ!!」


 ――シュンッ!!


 揺らめく魔力の中心から、鋭い何かがこちらに向かって高速で飛んでくる。

 メロウが口から飴玉を吹き飛ばしたのだ。


 冷夏は咄嗟に体をひねって回避するも――。


っ!」


 飛んできた何かが、腕を掠った。


 その跡を見る。


(これ、切り傷じゃないわね……)


 どちらかというと、ただれたような跡。


 なぜそうなったかを考え始めるも――。


「え~~~い! くそったれなおねえちゃん、死んでぇ~~!」


 メロウは攻撃の手を止めない。

 こんもりあった数十粒の飴玉を、冷夏めがけてばら撒くように放り投げた。


(……どこに移動しても、着実にダメージを与える算段ね)


 周囲にばら撒かれた飴玉の、おおよその軌道を予測する。

 短い時間で細かく計算できなくても、その意図は探れる。


 周囲は暗く、密度のある木々が檻のように冷夏を囲んでいる。

 導線として一番逃げやすいのは、メロウのいる方向。


 ――つまり、それが罠。


 最初からばら撒く予定で、ここに誘導していた。


 そう瞬間的に判断して、移動する先は――。


「《雷光スピン》」


 ビシュン。


「ここは想定してたかしら?」


 真上。


 木枝をぶち抜く。


 雷光スピンを利用した大ジャンプ。

 冷夏は真上に大きく飛んでいた。


 落ちてくる飴玉と入れ違いになる。


 満月の逆光で、冷夏のシルエットが浮かび上がった。


 一石二鳥の、回避からの攻撃。


 メロウの表情はまだ無邪気だ。


「きゃは! それも、メロウはわかって――」


 だが。

 メロウの言葉は完成しなかった。


「――《雷槍グニル》」


 冷夏が指に、魔力をすでにチャージしていたからだ。


 ビリッ!


 指先に電気のようなエネルギーがはしる。

 メロウの表情が、歪む。


 次の瞬間――。


「やめ――」


 ビュゥンッ!!


 それは、標的めがけて一直線にはしった。

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