表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蹄煮込み、経験を喰らう――牛好きの少年は「死」を食べて強くなる  作者: メイ
第二章:言葉を探す少年

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/65

第60話:鬼さんこちら、手の鳴る方へ

「だ、だれ……? いたいよぉ……たすけてぇ……」


 声の方を見て、息が止まった。


 木の根元に、小さな女の子がうずくまっていた。


 十歳くらいか。


 白い肌に、銀色がかった淡い髪。

 大きな瞳に涙を溜めて、震えている。


 ……夜の森に、子どもがいる。


 だめだ。

 こんなところにいたら危ない。


「きみ、どうしてこんなところに――」


 駆け寄ろうとした、その瞬間。


「離れなさい!」


 冷夏さんが鋭く制止した。


「冷夏さん?」


「しっかりしなさい焔乃士ほのじくん! こんな時間に、こんな場所に、子どもがいるわけないでしょ!」


「でも――」


 その時。


 女の子の手にはペロペロするタイプのぐるぐるキャンディーがあった。

 それを僕の前に差しだす。


 なんだろうとおもって見ていたら――僕の身体が、勝手に動いた。


 左に、半歩。

 たったそれだけ。


 でも、確実に、僕の意思ではなかった。


 しかし、振り返ってから気づく。

 その半歩がなければ、僕の喉に、突き刺さっていた……。女の子の手にしていたキャンディー、否、そのキャンディーが影に変化した黒い棘が。


 その事実に、ごくりと生唾を呑んだ。


 女の子が手にしていたペロペロキャンディーは少しして、完全に影になって溶けた。


『クソガキ、バカが! テメエの許可がねえと、こっちから動かせる時間はそんなに長くねえんだよ! 油断してんじゃねえ!』


 脳の奥で、オーガが舌打ちした。


『年齢で判断しろなんて、誰が教えた。殺気の匂いで判断しろ。あのチビガキ、ションベンよりも殺気の匂いがプンプンするだろうが』


「あ……」


 ようやく、女の子の顔がちゃんと見えた。


 涙は止まっていた。


 唇の端が、ゆっくり上がっていく。

 目は――濡れているのに、笑っている。


「きゃははは! ばれちゃったぁ☆」


 舌っ足らずの声で、女の子が立ち上がる。


 ふわりと水玉模様のスカートを揺らして、軽い足取りで一歩、横にステップした。


「鬼さん、こちら、手の鳴る方へ♪」


 ぱちん、と乾いた音。


 彼女が両手を打ち鳴らした瞬間、地面に投げ出されたキャンディーが、ぐにゃりと黒く溶けた。


 そして、長い影のやいばのような形に伸びる。


『ご主人様、お下がりください』


 ミネルヴァの声が、はっきりと緊張を帯びる。


『あの子の魔力、闇属性。魔力量――準英雄級』


 なんて魔力量だ。

 信じられない。


 僕は、まだその子から目が離せなかった。


『ほう、なかなかの魔力量。やるではないか』


 こんな時にも、ヴァンデルは場違いな感心をしている。

 ただ、僕もいちいち呆れている場合じゃない。


 今、集中すべきは――。

 目の前の女の子。


 涙の跡が、頬に残ったまま。

 その上に、子どもの無邪気な笑顔。


 パステルブルーの大きなリボン。

 左右の指が、ピアノの音を弾くようにくるくる遊んでいる。


 ――寒気がした。


 料理人の癖で、僕は無意識に「読んで」しまう。


 筋肉の動き。

 呼吸のリズム。

 視線の移し方。


 この子の身体は――慣れている。


 この距離感に。

 この空気に。


 そして。

 人を殺す状況に。


 冷夏さんが、僕の前に半歩出る。

 月明かりに照らされた横顔は、もう「令嬢」と呼ばれる時の冷たさだった。


 その時――。


 森の影が、また一段、暗くなった。


 いや、違う。


 月明かりが、さえぎられた。


 ふっと音もなく、僕と女の子の間に、誰かが立っていた。


 長身の女

 二十代後半か、三十代か。


 黒に近い濃灰色のパツパツの戦闘服。


 装飾は一切ない。

 手袋もしていない。


 長い黒髪を後ろで束ね、真っ直ぐ僕を見据える瞳には――感情がなかった。


「先生! きゃははは、はやいー! かわいいー!」


 女の子が、嬉しそうな声を上げた。


「かわいいは余計だ」


 ――先生。

 どういう意味だろう。


 僕の喉が、ごくり、と鳴る。


「あなたは……」


「……」


 女は答えなかった。


 ただ、女の子の方をちらりと見て、短く言う。


「メロウ。お前は耳の尖った方を」


「はぁい!」


 メロウ。

 それが、女の子の名前らしかった。


 彼女は弾むように冷夏さんの方へ顔を向け、また人懐っこい笑顔を作る。


「ねえねえ、キレイなおねえちゃん、メロウとあそぼ? メロメロになっちゃおう? きゃははは!」


 冷夏さんは、深く息を吸った。

 そして、僕の方を見ずに、まっすぐ前を見たまま低く言う。


「焔乃士くん、あの子は私にまかせて」


「冷夏さん――」


「わかってる。子どもは殺さない。でも――」


 冷夏さんの指先が、ぱちりと小さな雷を弾いた。


「――殺さないで止める方法は、私の方が得意よ」


 それは、令嬢の覚悟のような声だった。


「だから焔乃士ほのじくんは、その女性ひとを」


「――わかった。こっちは僕でなんとかする。だからその子は任せた」


 僕は、目の前の女に視線を戻した。


 女は、相変わらず無表情で僕を見ていた。


 武器も構えていない。

 まだ動く気配がない。


 ただ、立っている。


 その「ただ立っている」が、なぜか不思議と怖かった。


「あなたは誰?」


 僕の問いに、女はしばらく何も答えなかった。


「先生答えてあげたら?」


 女の子に促され、ようやく口を開く。


「……君が決めろ」


 声は、低くて、平らで、感情の抜けた響きだった。


 冷夏さんが、メロウに向かって一歩踏み出す。

 メロウが、ぴょんと跳ねるように後ろに下がって、笑う。


「きゃははは! メロウの相手はあなたねっ! いっぱいキャンディー食べてね?」


 そして、鼻歌を口ずさむ。


「ふふ~~ん、鬼さんこちら、手の鳴る方へ――」


 メロウはそう言って、スキップしながら森の奥へと消えていく。


 冷夏さんは、それについていくように追った。


 場違いな女の子の笑い声が暗い森に暫く響いた。


 冷夏さんの姿も、やがて見えなくなった。


 残ったのは、夜の森と、月明かり。

 苦しみ続けるバイソンの、低い呻き声。


 そして――。


「君に恨みはないが、始末させてもらう」


 佇む謎の女。


 ――戦いは、二つに分かれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ