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蹄煮込み、経験を喰らう――牛好きの少年は「死」を食べて強くなる  作者: メイ
第二章:言葉を探す少年

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第57話:本物の取引と、冷夏の『涙』

「……何かって?」


「はっきりとしたことは、まだわからないわ。でも……学園が隠蔽してるのは間違いないと思うの」


 西芳寺さいほうじさんの瞳に、再び鋭い牙のような光が宿る。


「隠蔽……考えすぎって可能性はないのかな。何かしらの事故ってことも――」


「ないわ」


 即答だった。


「そもそも瑠衣るいは生きてるの。適当なこと言わないで」


 揺れない眼差しだった。


「そっか。西芳寺さいほうじさんがそう言うなら、そうなのかもしれないね」


 実際に杖はここにある。


 迷い込んで、なぜか焦げた杖だけが土に埋まっていた。

 ……それが変なことぐらい、さすがの僕にもわかる。


 今言えることは多くない。


 ならばせめて――。


「気を付けてね」


 そうやって祈るように言った。


 僕としては、こうして知り合ったばかりの仲でも傷ついてほしくなくて言った本心だ。


 でも、それが仇となったのか、次の瞬間――。


「――あなたね!?」


 西芳寺さいほうじさんの瞳と声が鋭くなった。


「気を付けてって簡単に言うけれどっ! 私の何がわかるって言うの!? 瑠衣るいが今どこにいて、何をされてるか、想像したことあるの!? いなくなってからもう半年も経つのよ!?」


 鼓膜に大きく響くような声だった。

 でもどこか、寂しそうにも聞こえた。


 半年。


 その長さが表す感情の大きさは、確かに僕にはわからない。


「あ……ごめん。僕にはよく知らないことだった。軽く言ってごめん」


「っ!? そういうわけじゃ! ないのよっ! なんであなたが謝るのっ!?」


「……ごめん」


 なぜかまた、その言葉が出てしまった。


 西芳寺さいほうじさんは、僕の前までグッと近づく。


「そもそも――」


 彼女は僕の胸ぐらをガッと掴み、月明かりの下で言い放った。


鴨葱かもねぎ焔乃士ほのじ! あなたもおかしいのよ!」


「さ、西芳寺さいほうじさん……」


「あなたは試験のとき、手を抜いたわ。【闇属性】の自爆男なんて、全部嘘ね。他の人がごまかせても――私の目だけはごまかせない!!」


 それはまるで、六英雄のことを見抜いたかのような口ぶりだった。


 見抜かれているはずはないと思っていても、普段そんなことを言われたなら、僕もパニックになる。


 でもなぜかこのときは、ただテンパるよりも、西芳寺さいほうじさんの気持ちをそのまま受け止めたいと思った。


「あなたはとんでもないナニカを隠してる! そうよねっ!?」


 琥珀色の瞳が、ぎらりと光ったのがわかった。


 西芳寺さんの手にぎゅっと力が入っている。


 その割に、その目からじれったさも感じるのは、気のせいだろうか。


 その言葉は真剣で、でも同時に飾り気がなく、口から出てしまった、というふうにも感じた。


 『ナニカ』を隠してると言われて、僕はそれを否定しないといけない。


 なのに口から出た言葉は、自分でも意外なものだった。


「……西芳寺さいほうじさん、悪ぶってても本心は別にあるんだね」


 紫色の燐光りんこうが、西芳寺さんの横顔に冷たい影を落とす。


「何よ、何の話……?」


「僕を利用しようとして……でも徹しきれてないのがわかるよ。どちらかというとそれは、本気で僕を見極めようとしてる人のだ」


 言葉を重ねるごとに、冷夏さんの呼吸が浅くなるのがわかった。


「あ、あなた……! な、なんて色を出すの!?」


西芳寺さいほうじさんが僕の何を見てるのかはわからない。でも、本気なのはわかる。服を掴んでる手が、強く握り過ぎてうっ血までしてる。怒りだけじゃない。何かを我慢してる人の手だ」


「や、やめて……!」


 ぐっとこらえるように、彼女は僕から視線を外し、胸ぐらをつかんだまま顔を俯かせた。


 指先に力が入り、白くなった関節が、夜の闇に浮かび上がる。


「詳細を話せない事情があるんだね? それについては聞かないよ。僕にも簡単に話せないことがある。だから聞かないけど……」


「けど、何よ!?」


 言葉を選ぶように、僕は一拍置いた。


「どうしてほしいかだけは、聞くのが僕の信条なんだ。人間に生まれた以上、示せるのは態度だけだと、僕は思うから……」


「な、なによそれ……どうしてほしいか、だって?」


「……うん」


「……それは最初に言ったじゃないの……それ以外に私に、何を求めるってのよ……」


 西芳寺さんの声は、わかりやすく弱々しくなっていた。


 僕の胸ぐらをつかんでいた彼女の拳から、だらりと力が抜ける。

 そっと手が外れた。


 僕はその琥珀色の瞳をまっすぐ見る。


 そして、細い彼女の手首を、無意識に掴んでいた。


「――本音を聞かせて」


 西芳寺さんの肩が、わずかに揺れた。


 風が木々を揺らす音だけが、二人の間に流れる。


 彼女の口が、言葉を探すように、わずかに震える。


 そして、絞るような声が、その薄い唇から漏れた。


「わ、私――」


「うん」


「…………あなたが怖いわ」


「うん」


「……本当よ。【闇属性】の男がアイアン・バイソンを無傷で処理して、嘘泣きを容易たやすく見抜いて……とんでもない色を出してるなんて、どうかしてるわ」


「……うん」


「なのに、見ず知らずの私に実際にしてくれたことは何よ……」


 彼女の真意はまだわからない。

 それでも、その言葉を一語一句聞き逃す気にはなれなかった。


 彼女は少し俯きながらも続ける。


「美味しいごはんを作ってくれて、やばいことに巻き込まれる可能性があるのに、こうやって協力しようとしてくれている……」


 西芳寺さんの声が、森の静寂に吸い込まれていく。


「正直、ありがたいけれど……不気味でもあるわ。でも――」


 彼女は、優しい目を僕に向けた。


「さっきのご飯……美味しかった。本当に本当に美味しかったの」


 実感してるような口ぶりだった。


「喜んでもらえてなにより。でも、そこにお腹が空いてる人がいるなら、差し出すのは当然のことだよ」


「――っ。そう……あなたにとっては、それが普通なのね。だからあんなにも美味しく作れる……迷いなく差し出せる……」


 僕としては、お腹が空いていたから提供した。

 本当にそれだけのことだ。


 そこに嘘はない。


 でもそれをあそこまで西芳寺さいほうじさんが喜んでくれたということは……西芳寺さいほうじさんには、うまく味わえない、何かしらの理由があったのかもしれない。


 僕にはそれがわからない。

 無理に聞き出そうとも思わない。


「正直ね、あなたのごはんを食べてから、少し信頼しかけてる自分もいるの。あなたの素性、ほとんどよく知らないのに」


 冷夏さんはそこで、自嘲気味に笑った。


「ふふっ。本当にちょろい女よね」


「素直なだけだよ」


 西芳寺さんは、ゆっくり首を横に振った。

 それから、僕の目を見る。


「……鴨葱くん」


「なに」


「私は、瑠衣るいのことを諦めきれない。引く気はない。大切な親友をひとり救えないで、だれが国を守れるってのよ!」


 冷夏さんの目は真剣そのもの。

 僕に向けたはずの言葉なのに、自分に対して言ってるみたいだった。


「……けれど瑠衣るいは、危険に巻き込まれている可能性が高い」


「それは僕にもなんとなくわかるよ……」


「敵は想像以上に邪悪で強大かもしれない。私にこれ以上関わるなら、あなたの命も保証できないわ。引き返すなら今よ」


 引き返すなら今――という割に、その瞳には突き放すような意図が見えなかった。


 むしろその瞳は、覚悟したようにも見える。

 なのに、何かにすがるようにも見える。


「ねえ、鴨葱かもねぎくん」


「なに」


「――いいえ、焔乃士ほのじくん」


「なに? 西芳寺さいほうじさん――ううん、冷夏れいかさん」


 逃げ場を失った視線が、真正面から僕を捉えた。


「私を助けてください」


 冷夏さんは真剣なまなざしで、頭を下げる。


 そのあと、そっと顔を上げて僕の目を見た。

 その瞳には、恐怖も、疑念も、申し訳なさも残っているように見える。


 それでも――すべてを呑みこむように、何かが、確かに吹っ切れている気もした。


 作った表情じゃない。

 取り繕う余裕ごと、ここへ来るまでに削れてしまった顔だった。


 今度こそ、その瞳から、本物の涙が落ちる。


 さっきの涙とは違う。

 武器でも、演技でも、取引材料でもない。


 ただ、奥に溜まりすぎたものが、堪えきれずに溢れたような涙だった。


 それを見て、僕はふと思った。


 アクが抜けたみたいだ、と。


 余計なものが落ちて、ようやく本来の味が見えたみたいな。

 そんな顔をしていた。


「わかった。本音を言ってくれてありがとう。協力するよ」


「――ほんとっ!?」


「でも、条件もある」


「……そうよね。そりゃあ条件はあるわよね……。何かしら?」


「僕は最高のミルクとチーズを作って、おうちに帰らなきゃいけないんだ。だから、目立つような真似はできるだけ避けて」


「……それでいいの?」


「うん。できる?」


 冷夏さんは静かに頷き、紫色の光の中で、その言葉を受け取った。


「……ええ。わかったわ。約束する」


「うん、ありがとう」


「代わりに私からの報酬は、私ができるかぎりの協力を全力ですること。それでいいかしら?」


「……【闇属性】の僕に、できるかぎりの協力だって……?」


「どんなことでも私にできることなら、なんでもするわ」


「本気?」


「本気よ……だめ、かしら?」


「まさか」


 僕も笑顔で応えた。


「文句なしだよ」


 そう言うと、冷夏さんの顔がふっと緩まった。


「じゃあ、今度こそ」


「取引成立だね。君の友達を助け出す間、僕の調理クックを貸すよ」


「ふふ。ありがとう、焔乃士ほのじくん! これからよろしく頼むわね!」


 冷夏さんが手を差し出す。


「よろしくね、冷夏さん」


 僕もその手を握り返した。


 華奢な細い手から伝わる、そのぬくもりが印象的だった。

 そのぬくもりは、あの色仕掛けをしたときよりも、ずっと心地よく感じた。


「なんだかワクワクするね」


「――変な人」


 遠くで夜鳥が鳴く声が、二人の「契約」の合図のように響いた。

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