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蹄煮込み、経験を喰らう――牛好きの少年は「死」を食べて強くなる  作者: メイ
第二章:言葉を探す少年

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第54話:禁足地のたき火飯

 深夜。

 おそらく、日付がまわったころ。


 僕は、凛とした琥珀色の瞳を持つ女の子と、禁足地の〈竜息山りゅうそくざん〉にいた。


「あらためまして。僕は鴨葱かもねぎ焔乃士ほのじ。君は?」


「鴨葱くんね。私は西芳寺さいほうじ冷夏れいかよ」


「西芳寺さんね。その耳……エルフ?」


「エルフの耳は、もう少し尖っているわよ」


 そう言われると、たしかに先が少し丸い。

 エルフはもっと角ばっている感じがある。


「私はハーフエルフなの」


「ああ、だからちょこっと耳の先が丸いんだ」


「そういうこと」


「ちなみに僕はホモサピ族だよ!」


 西芳寺さんが、小さく嘆息した。


「……見ればわかるわ」


 川辺から少しだけ離れ、風下を避ける。


 紫の菌糸が這う地面から、できるだけ距離を取った場所。

 喉の奥がひりつく感覚が薄くなるところまで移動する。


 それでも、完全に安全だとは言えない。

 むしろ、まともに考えれば腰を落ち着けている場合じゃないのかもしれない。


 けれど、空腹のまま歩き続けるほうが危ない。

 手足は震えるし、判断は雑になるし、なにより怖さに呑まれる。


 いざってときに逃げるための体力も必要だ。


 だからこそ、まずは腹ごしらえすることが肝心だった。


 火を起こして、食べて、温まる。

 そうすれば、体は動くし、頭も回る。


 まずは基本の準備からだ。


 焚き火の前。

 薪の繊維に指先をかざし、息を呑む。


 生粋魔法ネイティブ調理クック――。


種火キンドル


 ――ぱちり。

 産声のような爆ぜる音が心地よい。


 小さな熾火おきびが生まれる。

 そこからゆっくりと、火が育つ。


 僕は手慣れた手つきでバイソンの肉を串に刺し、炎にかざした。

 あぶらが溶け始め、肉の表面がきらりと光る。


 地元のレインズの村にいたとき、たびたび言われたことがある。


 ――【火属性】魔法で事足りる、と。


 【火属性】の《コモレビ》は確かに便利だ。

 種火キンドルより火力もあるし、他に活用法もある。


 けれど、そういう言葉は聞かなかったことにして、僕はここまできた。

 決して負け惜しみなんかじゃない。


 小さな火種から、ゆっくり火を起こす。

 その過程が、僕にとっては心地いい。


 それ以上の理由はいらない。


 僕は選び直せるとしても、種火キンドルを選ぶ。

 本当に負け惜しみなんかじゃない。


 ぱちぱちと、肉が焼ける音が重なる。

 香ばしい匂いが、冷えた夜気に溶けていく。

 脂が落ちるたび、炎が小さく揺れ、熱が頬を撫でた。


 西芳寺さいほうじさんは少し離れた岩に腰掛け、じっと僕の手元を観察している。


 その視線は騒がしくない。

 ただ静かに、期待を含んでいた。


「……できた」


 串を差し出すと、彼女は無言で受け取り、「いただきます」と言って一口齧かじった。


 ――瞬間。


 西芳寺さいほうじさんの琥珀色の目が、ほんのわずかに見開かれる。


「……美味しい」


 小さく、けれど確かにそう呟いた。


 瞳に映った揺れる火ごと、美しい。


「よかった……」


 胸の奥が、ふっと緩む。


 肉の香りを鼻に通してから、僕も自分の分を齧った。

 外は香ばしく、中はしっとりと食感を残している。


 “さっきまで命だったもの”が、口の中でちゃんと食べ物になった気がした。

 

 ただの肉片じゃない。

 怖かったものでも、気持ち悪かったものでもない。

 熱を通し、香りを引き出し、噛みしめて飲み込める形に変わったものだ。


 その境目を越えられたとき、息が戻る感覚がした。


「これ……本当に焼いただけ?」


「そうだよ! バイソンは臭みがある部分も多いけど、それらも熟成すれば美味しいし、なにより、すぐ食べられる部位は調理法で極上になる。今回のこれは、中身の温度と外側の温度を調整しながら、焦げないように焼き目をつけて、風味付けしてるんだ。ここまでやるには少しコツが必要なんだけどね。よかったら今度また教えようか?」


 聞かれてつい嬉しくなって、思わず早口になったかもしれない。


「ふふ、ありがとう。また機会があれば、ご教示願うわね」


「うん! 任せて。バイソンならいくらでも捌けるから! ……あ、そうだ。ちょっと待ってて!」


「なにかしら?」


「……西芳寺さん、お腹まだすいてる?」


「なになにっ!? ペコペコよ!」


 琥珀色の目が輝く。

 焚き火の明かりを映したその表情から、期待がまったく隠れていないのがわかる。


 僕はリュックから、木製のお椀を二つ、箸を二組、透明な瓶、さらに水とお酒とコメを取り出した。


「なにするの? 私、お酒は飲まないわよ?」


「ははは、僕だって飲まないよ〜。てか年齢的にも、まだ僕ら飲めないんだから。あのね、僕の生粋魔法ネイティブ調理クックって言うんだけど、こういうことができるんだよ。見てて」


 二つのお椀にコメと水を適量入れ、お酒を数滴だけ垂らす。


 指先に伝わる米粒の冷たさを確かめてから、いつものお決まりの魔法を唱えた。


圧力調理プレッシャー・クッカー!」


 みるみるうちに、コメが水分を吸い、膨らみ、湯気を上げる。

 ふわりと立ちのぼる香りが、炊き上がりを告げていた。


 ここまで約三十秒。


 本当に便利な魔法だ。


「うわ~~、すご~~い!」


 その素直な感激に、悪い気はしない。


 串から肉を外し、ほっかほかのご飯の上に乗せる。


 肉の香ばしく脂の甘い匂いと、炊き立ての米の香りが重なり合い、すでに食欲を刺激してくる。


 バッグから卵を取り出し、お椀の上に割り落とす。


 そして、これまたお決まりの呪文を一つ。


成分分離セパレート!」


 卵から白身だけが、ふわりと浮かび上がる。


 そのまま、さらに。


食糧保存パントリー!」


 白身は用意していた瓶へと吸い込まれていった。


 ラベルも自動印字される。


 食糧の腐食スピードとサイズを百分の一に抑えながら保存できる――飯周りでは最高すぎる魔法だ。


 白いごはんは、バイソンの脂身も、黄身の色の濃さもすべて受け止めている。


「ここに、さらに鴨葱特製・万能魔草塩ハーブソルトをちょんちょん。はい、どうぞ!」


「お、おいしそうすぎるわ、これ……」


 喉を鳴らす気配が伝わってくる。


 今すぐかきこみたいのだろう。


 わかる。

 だって僕も同じ気持ちだ。


 ここはまっすぐ提案すべきだと、僕の胃が訴えた。


「よし、ぶっこもう!」


 その言葉を合図に、まず一口。


「ん~~~っ!?」


 彼女の顔が緩んだのがわかった。


 一度だけ頷き合って、僕たちはまるで獣のようにかきこむ。


 一杯目は、そのまま無言で完食する。


 二杯目は味わうように、ゆっくりと口に運んだ。


「ほんと……なによ、これ! バイソンの少し噛み応えのあるお肉の旨味が引き立ってるわ。なのに卵が濃くて、とろとろで美味しくて、ごはんもほんのり甘くて食感がいい! このかすかにツーンとしたアクセントは何かしら!?」


 口元にごはん粒をつけたまま、西芳寺さんの声が弾む。


 その様子が嬉しくて、つい頬が緩んだ。


「これはピンクワサビの葉っぱを刻んで乾燥させたものだよ。グリーンワサビより刺激が弱くて、あっさりしてるから、調合系のソルトに使いやすいんだ」


「へえ、すごい! こんなおいしいごはん、食べたことないわっ!」


 ……ふふ。

 田舎の酪農家、なめるなよ。


「まだまだあるから、好きなだけ食べていいよ」


「そんなこと言われたら、私ぜんぶ食べちゃうから……!」


 笑顔になった西芳寺さいほうじさんの顔を見ていたらうれしくて、ポケットからひとつの小瓶を取り出した。


「これもどうかな?」


「なにこれ……ジャーキーかしら?」


「ハクゲツのジャーキーだよ。食べてみて! めちゃくちゃ硬いから、気をつけてね。まずは唾液でふやかすといいよ」


 ジャーキーを手渡すと、西芳寺さんは、すぐさま口に放り込んだ。


「……んにゃんにゃ……んにゃふ……」


 口の中でふやかすのに集中してる顔が、ちょっとおかしくて、可愛かった。


「がぶり」


 咀嚼したのがわかった。


 時が一瞬止まる。


「……なにこれ~~っ!? おいしい~~~っ!」


 旨味と一緒に、リアクションもあふれたようだ。


「でしょ?」


「じゅわじゅわ旨味が広がってくのがわかるわ! それだけじゃない……この感覚……!」


「どうやらそのジャーキーを食べると、集中力が引き出されるみたいなんだ。でも食べ過ぎると、あとでどーんと脱力感もあるみたいだから、適量にしてね!」


「こ、こんなの食べ過ぎちゃうわよ……まあ、ほどほどにしておくけど……んにゃんにゃ……バキッ……あぁ~っ! 旨味がじゅわあって! じゅわぁって!」


 焚き火の向こうで、彼女の表情がふっと和らぐ。


 夜の冷気の中に、温かい空気がゆっくりと広がっていくのがわかった。


 西芳寺さんはジャーキーを四切れぐらい堪能したあと、満足そうに「今日はこれぐらいで勘弁してあげるわっ!」と自分のお腹をぽんぽんしていた。


『楽しそうにしおって……及第点じゃな』


『まあ、ご主人様にしては上出来ですわね』


『ホノちゃん、なんだかんだナンパしてんじゃ~ん。プレイボ~イ』


(褒められてるのか、けなされてるのか、よくわかんないな……)


 でも、言われて気分が不思議と悪くはなかった。


 それからしばらく、焚き火の音だけが響く。

 ぱちり、ぱちりと薪がぜ、赤い火の粉が夜気に吸い込まれていった。


 やがて、満腹状態で動けなかった西芳寺さんが、落ち着いたお腹をさすりながら、ゆっくりと口を開いた。


「ごちそうさま」


「おそまつさま」


「……尋常じゃないぐらいおいしかったわ」


「最上級の誉め言葉をありがとう」


「出されたもの、全部食べ尽くしちゃった……大丈夫だったかしら?」


「むしろ、いっぱい食べてくれてうれしいよ!」


「次も機会があれば……お願いしたいわね」


「ぜひ」


 彼女の屈託のない笑顔が、ふと、少し寂しげに陰った。

 空気が……変わった気がした。


 西芳寺さいほうじさんは一度立ち上がると、僕の真横に来て、ちょこんと座った。


「……ねえ、鴨葱かもねぎくん」


 夜に溶けるような声だった。

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