表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蹄煮込み、経験を喰らう――牛好きの少年は「死」を食べて強くなる  作者: メイ
幕間章:夜に手を伸ばす

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/64

第44話:ルミタのマッシュポテト

 ハクゲツジャーキーとルミタのマッシュポテト。


 メニューを発表した直後、橙馬とうまのテンションはわかりやすく上がっていた。


「うぉお~~っ!? よくわかんねえが、なんだかうまそうだな、それ! ジャーキーもマッシュポテトも好きだぜ、俺っち!」


「……ただ、一個はそのまま蒸かして、塩とバターだけで食べようかなとも思ってるんだよね」


「じゃがバターってことか!? ……おにぎりで塩むすびを選んだ時点で素人とは思ってなかったけど、ホノジ、マジで素材まるごと愛しすぎだろ……。まあ、俺っちとしては大歓迎だけども!」


「ふふーん。礼儀は大事だからね。じゃあ、さっそく始めちゃうね」


 バッグから小鍋、蒸し籠、木蓋、それから『水』『バター』『ミルク』と書かれた小瓶を取り出し、地面に並べる。


(じゃあまずは……)


 ルミタを一つ手に取り、顔の前に近づける。

 よく見ると、ほんのり薄紫色に発光しているのがわかる。


 匂いを嗅ぐ。

 ふわりと、土と澱粉でんぷんの混じった、素朴で穏やかな香りが鼻先にのぼった。


(……うん。いい匂い。痛んでもいなさそうだな)


 酪農家の家で育ったせいか、食材を手に取ると、まず鼻で確かめる癖がある。


 ミルクだって、腐りかけは見た目が変わる前に匂いで気づく。

 肉も野菜も、全部、鼻が先に覚える。


「ホノジ~? なんで芋嗅いでんの? 変態じゃん」


「変態じゃないから。新鮮な食材って、匂いが澄んでるんだよ。逆に、どこか傷んでたり、育ちがおかしかったりすると、鼻がざらっとするっていうか……酸っぱかったり、変な匂いがしたり、嫌な違和感があるんだよね」


「へえぇ~~っ、なんかカッコイイなっ!」


「別にカッコよくはないでしょ……」


 もう一つ、二つと手に取って、同じように鼻先に近づける。


 全部、同じ匂い。

 澄んだ、穏やかな香り。


 椿君がくれたルミタは、どれも「ちゃんとしたルミタ」だった。


(……ごちそうになります)


 心の中で、小さく頭を下げた。


(えーと、次は……)


 鍋に水を張る。


(あとで燃やそうと思ってたボロボロの木片たちを、薪にするかな)


 燃やす予定だった木片をいくつか集める。


 薪を組み、指先に種火キンドルを灯して火を移す。

 ぱちりと乾いた音がして、小さな炎が薪を舐めはじめた。


 鍋を薪の上にえる。


 蒸し籠に、皮ごとそのままルミタを丁寧に並べていく。


 まずは、一番大きな一つ。

 これが塩バター用。


 残りの二つが、マッシュポテト用。


 蒸し籠を鍋の上にのせる。


 木蓋を静かにかぶせる。


 すき間から、ふわっと白い湯気が逃げはじめた。

 湯気の中に、甘いような、土のような、穏やかで豊かな香りが少しずつ混じってくる。


 そして、湯気の勢いが少し落ち着いた頃。


 蓋のすき間から漏れる香りが、ぴんと濃くなり、たしかに「食べ頃」の気配へと変わった。


(……よし)


 木蓋に手をかけて、ゆっくり持ち上げる。


 ぶわっ。


 湯気が一気に立ちのぼり、顔にぶつかった。


 蒸し籠の中で、ルミタが綺麗に蒸し上がっている。

 皮はほんのりと琥珀こはく色を帯び、しっとりと光を反射していた。


 ――というより、これは……。


「うおっ!?」


橙馬とうま、これ……」


 陽はもうほとんど落ちていて、牧場跡地にある光源は焚き火だけだ。


 だからこそ、はっきりわかる。


 一瞬、光を反射しているように見えたそれは、反射なんかじゃない。

 ルミタ自身が、光を発しているのだ。


「うん……光ってるよね?」


「おう。光ってんな。見事にきれいによ……」


「ルミタは蒸す前だと薄紫色に光ってたけど……皮ごと蒸すと、今度は琥珀色に光るんだね……不思議……」


 こうしちゃいられない。


 僕は手早く、塩バター用の一個を木皿に取り出す。


 そして、ルミタを手に取った。


「あちっ」


 熱さを我慢しつつ、手元で少しのあいだルミタを転がす。


 少し冷めたところで、皮ごと、指でふたつに割る。


 ――ほわっ。


 割れた断面から、ほくほくの中身が顔を出した。

 白いのに、ほんのり黄色い。


 湯気と一緒に、甘い澱粉の匂いがふわりと漂う。


 バターを一切れ、断面にのせる。

 じゅわ、とバターが端から溶けながら、ルミタの繊維に沁み込んでいく。


 上から、岩塩をひとつまみ。

 ぱらり、と結晶が断面に散った。


「ホノジ~~~~っ!」


 橙馬が目元を輝かせながら、こっちを見ている。

 しかも、口元から垂れてるものまで光っていた。


「橙馬、よだれ汚いよ……」


「だって、こんなの見たらもう……てか、ホノジもよだれ垂れてんぞ……?」


「はひっ!?」


「ダハハハッ! でも仕方ないよなっ!? こんなに美味そうなやつ、前にしたらっ!」


「……いや、ほんとそれ。誘惑してるこいつが悪い」


「おう。じゃあ、そろそろかぶりついてもいいか……?」


「うん! 思いっきり喰らいついちゃって!!」


「いただきます! だぜ!」


 橙馬が、塩バターの断面にかぶりついた。


 沈黙。


 一秒、二秒、三秒。


 橙馬の目が、ゆっくりと見開かれていく。


「……うっま」


 橙馬が、二口目を頬張る。


「う、うっっっま……!」


 橙馬が、三口目を頬張る。


「うっっっっっっっま!!!!」


 橙馬の声が、鼓膜に響いた。


「うるさっ!」


「いやあ、ホノジ、食べてみろよこれっ! マジでうまぴょい過ぎるんだって!?」


 橙馬が手をぶんぶんと振る。

 その興奮ぶりだけで、どれだけ美味しかったのかがわかる。


「ほ、ほんと? 飛べる?」


「ああ、めっちゃ飛ぶから気をつけろっ!」


 ごくりと一度、生唾を飲み込む。


 目の前には、淡く、けれどたしかに艶やかに光るじゃがいも。


 塩の結晶が粒立ち、バターがほどよい熱でだらぁっと溶けている。


「いただきます!」


 僕はおそるおそる、バターがしみ込んでいそうな箇所に大きくかぶりついた。


 瞬間だった――。


「~~~っ!? なにこれぇえ~~っ!? あっまくて、ほっくほくで、塩がっ! バターがっ! ああああああっ! 芋がこんなに美味いって、なにこれぇええええっ! 芋ってこんな味したっけ!?」


 まず、ちょうどよく蒸されたじゃがいものほどけ方がいい。


 そこにバターと塩が、甘さと旨味を引き立てる。


 普通のじゃがいもと比べると、繊維のほどけ方も、素材本来の甘みもずっといい。


 じゃがいものくせに、コクまで感じる。


 思わず二口目にいきそうになる。


 でもその前に、僕は大事なことを確認した。


(ミネルヴァ、どう?)


 このじゃがバターは、ミネルヴァのためにも作っている。


 だからこそ、ミネルヴァに満足してもらえないと、僕としてもいまいちなんだ。


『……美味しいですわ』


 すごく控えめな言い方だった。


 微妙だったかなと思って、脳内のミネルヴァの顔を見る。


 ミネルヴァは頬に手を当てながら、にやけていた。

 ……こんなミネルヴァの姿、ほとんど見たことがない。


 つまり、それだけ美味しかったってことなんだと思う。


 成功だ。


 僕は心の中で小さくガッツポーズをした。


『あの、ご主人様』


(何?)


『さっさと食べちゃいましょう』


 食べることを促された。


 ミネルヴァも、もっと味わいたいんだろう。


 同意する以外にできることがない。


 そうだ。

 僕も、とっくに二口目をこらえきれそうになかった。


 僕は芋を見る。


 次に、橙馬とも目が合う。


 それからはすごかった。


 僕と橙馬はハフハフしながらも、まるで何かに追われているかのように、じゃがバターをあっという間に食べ尽くしてしまった。


 シンプルながら、その味は最強すぎた。


「……う、うまいけどよぉ。これずるくねえかっ!? むしろもっとお腹すいたんだけど! 半個じゃ足りねえって!」


 橙馬がまるで恨み言のように言う。


 けれど僕も、反論する気がさらさら起きなかった。


「わかる。むしろお腹すくよね……これ。椿君が蒸して食べろって言ってたけど、その意味がわかる。素材のレベルが違いすぎ……」


「なぁなぁホノジ~~~っ! 早く次作ってくれよ~~っ!」


「橙馬のほしがりめ! じゃあ、次はマッシュポテトをさくっと作っちゃうね!」


 皮を剥いたルミタを木のボウルに移す。


 木べらの背で、ぎゅっと押しつぶす。

 ほくりと繊維が崩れる、柔らかい感触。


 ほどよく粗めにつぶす。


 完全に滑らかにするよりも、かたまりが少し残っているくらいの方が、食感がちゃんと顔を出す。


(潰しすぎるな。食材の顔を消さないように……)


 芋でも、肉でも、魚でも、こねすぎたらそいつの顔がなくなる。

 料理は、食材の顔を活かすものなんだ。


 ミルクを、少しずつ垂らす。

 蒸気で温まったルミタが、ミルクを吸い込んで、ぽってりとした重みに変わっていく。


 バターを二切れ。

 塩を適量。

 溶かし込みながら、ゆっくり混ぜる。


 木べらを持ち上げると、マッシュは重たそうに形を崩しながら、とろりとボウルへ落ちていった。


(……いい感じ)


 最後に、ハクゲツジャーキーを指で細かくほぐし入れる。


 ぴりっと、ピーキーペーパーの香りが鼻先を刺した。

 いぶされた肉の、奥深い香ばしさ。


 そのまま、さっくりと混ぜ込む。


 じゃきっと、ジャーキーの繊維とマッシュが絡む感触が、木べら越しに伝わってきた。


 ぽってりとした白の上に、赤茶色のジャーキーが散っている。


 ほんのりとした湯気とともに、ルミタの甘い香りと、ジャーキーの燻された香りが、寄り添うように重なっていた。


 ……できた。


「じゃじゃーん! ハクゲツジャーキーのマッシュポテトの完成です!」


「ホ、ホノジィ~~~っ!?」


 橙馬とうまが、辛抱たまらないといった顔で僕を見た。


「どうどうどうどう。わかってるって。でも手で食べたら、よごれるから。ホイ」


 木製のスプーンを橙馬に渡す。


「く、食っていいかっ!?」


「ふふふ。止める者はここにはおらぬ。我が許可する。食べるがよい」


「ほ、ホノジ様っ! ありがとうございやすっ! 感謝感激の極み!」


「ふむ。くるしゅうない」


『おい、小市民。もしかしてそれ、我を真似ているのか?』


 傲慢そうな声が聞こえたけど、ここは無視しておく。


『おい! 小市民!』


 無視しておく。


『クソガキッ! クソ雑魚魔法使いにその扱い! くくく……久々に笑えるじゃねえかッ!』


『おい貴様。低能があまりしゃべるな。せっかく美味しいじゃがいもの味がぼやける。我の集中を乱すな。息を止めていろ』


『あんだとテメエッ!? このじゃがバターみてえに、ほろッほろにやわい体をり潰してヤンぞッ!? アアッ!?』


 なんか聞こえるけど、まるごと無視しておく。


 橙馬はスプーンで、マッシュポテトを大きくすくい上げる。


 容赦がなくて気持ちがいい。


 僕もスプーンでマッシュポテトをすくい上げ、自分の口元に運ぶ。


 橙馬と僕がマッシュポテトを口に入れたのは、ほぼ同時だった。


「「~~~~~~っ!?」」


 マッシュポテトを口にして、しばらく言葉が出なかった。


 僕と橙馬は顔を合わせて、もぐもぐしながら、お互いにゆっくり頷き合う。


 なぜそうしたのかわからない。

 でも、思わずそうしてしまう味だった。


 それに、何かが通じ合った気もした。


 気づけば、ボウルの中に残るマッシュポテトは、あと一口だった。


「ホノジ~~~っ! このハクゲツのジャーキーってやつ、初めて食べたけど、これやばいな。なんか痺れるくせに、塩味も効いてるし、癖になるっていうか。美味いジャーキーとめっちゃ美味いマッシュポテトが合わさって……なんつーか、なんつーか……とにかくめちゃくちゃ美味すぎたぜ!」


 橙馬が下手くそな味の感想を述べている。


 いちおう返しておくか。


「わかるわかる! ジャーキーの塩味と独特の痺れと、マッシュしたミルキーなじゃがいもが合わさって、無限に食べられそうな味してるよね。あと、食感もイイ感じ。ジャーキーも、クリーミーなじゃがいもと混ぜたおかげで水分がほどよく入って、すこしふやかされてる感じなのもちょうどいいよね!」


「ずっとコメントうめえな、ホノジ……次も機会あったら作ってくれよ」


「もちろんだよ! うまく作れたようでよかった!」


 まるで食べ尽くしたかのように二人で感想を言い合っているが、まだマッシュポテトはボウルに残っている。


 たしか、これを「遠慮のかたまり」って言うんだっけ。


「……ふぅ。食った食った。俺っち、まじで幸せだぜ~」


 橙馬がわざとらしくそうこぼした。


 下手な演技だ。


 たぶん僕に気を遣わせないように、最後に残ったマッシュポテトを食べてほしいのだろう。


 でも残念ながら、その要求は受け入れられない。


「うそつき」


「え?」


「橙馬、まだ全然足りそうな顔してるよ……? 遠慮してるんでしょ。せめてこれは橙馬が食べて」


「……いいのか?」


「いいに決まってるじゃん。今日こんだけ手伝ってもらってるのはこっちなんだよ? むしろ食べたいものぐらい遠慮しないでよ」


「……おう、わかった。じゃあ、ありがたくいただくぜ」


 その時だった。


「「え」」


 橙馬と僕の声が、不意に重なる。


 異変は、そのとき起きた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ