第43話:伸びていく夕陽の影
夕陽を背に、橙馬が大きく手を振っていた。
こっちまで来る足取りが、やけに軽い。
昼に何か用事があると言っていたくせに、相変わらず余計な元気だけは余らせている顔だ。
いつもの顔だ。
「おかえり、橙馬」
「ただいまだぜ! っつーか、なんつーか! お、おおっ!? 思ったよりめっちゃ進んでんじゃん!」
近づいてくるなり、橙馬は資材置き場と、片づいた足元と、木杭の抜かれた中途半端な柵を見回した。
「準備だけだよ。置き場作って、邪魔なものどかして、やる場所決めただけ」
「いやいやいや、そういうのが一番だるいんだって! 地味に見えて、あとから差が出るやつじゃん!」
「まあねー。気づいたらこんな時間になってたし、本当にあっという間だったよ。陽もだいぶ落ちてきてるね」
「暗くなる前に、作業さっさとやっちまうか? えーと、その様子を見るに……」
橙馬は、僕が手にしている木板を見た。
「柵から手を入れてる感じか?」
「うん。ここが戻れば、入口から見た感じが少し変わると思う」
「おう。やっぱり、入口からが王道だよな~~っ! ま、そういうことなら、まさしく俺っちの出番だぜ」
橙馬は大げさに袖をまくって、どや顔を浮かべた。
「支えりゃいいんだろ? ホノジの疲労ごと」
「うげ。助かるけど、その言い回し、なんだかキモいからやめて」
「おう? このエモい夕陽の空を前に、相変わらずホノジはぶれねえな……そこにしびれるぜっ! さすが俺っちの相棒!」
「じゃあ、位置がずれないようにだけしてくれたらいいから」
「へへっ。頼れる俺っちに任せちゃいなっ!」
「はいはい。頼りにしてるから、口より手を動かすことに集中してね」
板を持ち上げる。
橙馬が片側を手で支えると、板の下にふわりと風が入り込んだ感触がした。
橙馬の手と風に支えられた板は、思っていたよりもずっと扱いやすい。
この風の軽さまで含めて、橙馬みたいだと思った。
軽いくせに、しっかり支えてくれるところも。
まあ、本人の前では絶対に言ってやらないけど。
橙馬が高さを合わせ、僕が角度を見る。
木杭との位置を見て、少し右、もう少し下、と指示を出す。
「そこ、止めて」
「おう」
金具を当てる。
釘を打つ。
最初の一打ちは、カンと乾いた音で夕方の空気を打った。
もう一度。
もう一度。
トントンと、釘が吸い込まれるように打ち込まれていく。
そのたびに、板が杭へきちんと収まっていく。
ばらばらだった木の並びが、ようやく柵の線になりはじめた。
「橙馬、そのまま。あと少しだけ左」
「こっちか?」
「うん、そこ。完璧」
「おう。つーかホノジ、釘打つのうますぎねえか?」
「ありがとう。でもこれは僕っていうより……教えてくれた人のおかげだよ」
「ああ、あれか。おやっさんに話してた伝説の職人の……えーと、確か名前は……」
「ガンテツ……最高の職人だよ。僕の師匠は、その伝説の職人ってわけではなくて、あやかって名付けられただけだけどね。でもまあ……最高の師匠ってことに変わりはないよ」
「……ホノジ、なんか嬉しそうだな」
そう言われて、自分の表情が変わっていたことに気づいた。
知らずにそんな顔をしていたことを、よりにもよって橙馬に見られたのが、なんだか少し恥ずかしかった。
最後の釘を打ち込んで、一歩下がる。
とりあえず、ひとつ繋がった。
たかが、ひとつ。
されど、ひとつ。
それでも、確かなひとつ。
「……できた」
思わず、そう漏れた。
橙馬も隣に並んで、同じものを見てくれている。
「ホノジ~~~っ! めっちゃキレイにできてんじゃん! イイ感じだぜ~~っ!」
橙馬のうるさい声も、時と場合によっては心地いいことがあるのだと知った。
西に傾いた光が、立て直したばかりの板の端を赤く照らしている。
影は長く、長く伸びて、地面の上を静かに這った。
気づけば、太陽はだいぶ隠れている。
そろそろ帰りたいみたいだ。
「うん。全部やるってなると、地味に時間かかるね、こりゃ」
「だなぁ。でも俺っちはできるだけ手伝うつもりだぜ! 徹夜上等ってもんだ!」
「いやあ、徹夜は勘弁してよ……」
当然のように言ってくれる橙馬に、ありがとうを言う代わりに、ひとつ提案することにした。
「ねえ、橙馬……夜も目前だし、腹ごしらえを先に済ませちゃわない?」
少しだけ悪戯を仕掛けるみたいな顔をしていたかもしれない。
「おいおい、ホノジ~~っ!? もしやそれって……! 例のやつかよ……!?」
わかりやすく興奮する橙馬に、バッグからじゃがいもを取り出し、自慢げに見せつける。
「じゃじゃ~~ん! そうです、ルミタちゃんで~~す!」
「おいおいおいおい、えぐすぎるだろ! 早く夜食としゃれこもうぜ? ……あ、俺っちに飯を作らせたりすんなよ! 地獄を見たくなかったらな!」
「あはは、ハナから期待してないって。僕に任せて」
「うぉおおっ!? なんだよホノジ! 今までで一番頼もしいオーラ出ちゃってるぞ!?」
「へへーん」
手にしたルミタを見て、昼間のやり取りを思い返す。
えーと確か、あのエルフのお兄さん、名前が椿君で……彼が言うには――。
夜に蒸して食べること。
茹でたり、焼いたり、揚げたりしないこと。
最初のルミタは、これらのことをちゃんと守って食べること。
(うん。確かにそう言ってたよね……)
『アハハ! ホノちゃんって、ごはんのことになると記憶力いいよね?』
(それホメてる?)
『え~? 微妙なところ!』
(微妙なところなんかいっ! ……まったく。でも、このルミタは大事にしないといけないと思うからさ。……ねえミネルヴァ、椿君が食べ方を指定した理由、わかる?)
『もちろんです、ご主人様。他の食べ方でも問題があるというわけではございませんが、私が説明するより、実際に蒸かして食べてみるのが早いです。それに――』
(それに?)
『……蒸かして食べるルミタは、美味しいので』
ミネルヴァが脳内で、珍しく目を背けながら弱々しく言葉をこぼした。
その様子を見て、僕はミネルヴァが何を言いたいのか察した。
(ああ、そういうことね!)
つまりミネルヴァは、普通に蒸かしたルミタを食べたいのだ。
きっとそれは、ルミタを蒸かして食べるのが最高に美味しいからに違いない。
(ミネルヴァ、絶対おいしく作るよ!)
脳内で、ミネルヴァをハグするイメージをつくる。
僕が脳内で強くイメージしたものは、六英雄にも共有される。
『……ちょ、ちょっとご主人様!?』
(あれ、ハグしたらだめだった?)
『駄目というわけではございませんが……びっくりするので、一言あると助かりますわ……』
(わかった! 今からミネルヴァをハグするね! ぎゅ~~~~っ!)
『~~~~っ!? ご、ご主人様……』
珍しくミネルヴァが困惑しているみたいだ。
やっぱり今は、ハグされるのがあんまり好きじゃないのかな。
小さい頃は、いっぱいハグするイメージを共有してくれたのに。
と、不安に思っていたら。
ミネルヴァが僕をぎゅっと小さくハグするイメージを共有してくれた。
(ミ、ミネルヴァ!)
嬉しくて、そのイメージに重ねるように、さらにギュッとハグし返す。
『あ~~っ! ルヴァ姉だけずるい~~っ! ホノちゃん、アタシにもハグしてよっ!』
ジュリアが脳内で頬を膨らませている。
ハグの要請を断る理由が、僕にはない。
(もちろんだよ、ジュリア! ほら、おいで~~っ! ぎゅ~~っ!)
そのままジュリアをハグするイメージを重ねた。
『えへへ~、最高! やっぱりホノちゃんは愛の人だよね~~っ』
(なにそれ。なんかその言い方、うさん臭くない?)
『いいのいいの。ホノちゃんは何も気にしないで~』
(そ、そう?)
ジュリアから、頬すりするイメージが送られてきた。
ジュリアは僕のことをまっすぐ好んでくれるから、僕も普通に好きだ。
『ケッ! 十六歳にもなって、だらしなく所構わず抱擁かよ。まだまだションベンくせえな、クソガキ。見てらんねえよ』
オーガが腕を組みながら、僕にガンを飛ばしてくる。
(うわ~~っ。いるよね、そういう人。ハグに年齢なんて関係ないのに。実はそういう人に限って、ハグされたかったりするんだよね? いいよ、ハグしよっか、オーガ? 今、僕気分いいから、オーガでもハグするよ?)
『アァ~~ッ!? い、いらねえよクソガキ! チッ! いいからとっととメシ作れッ! クソがッ!』
まったく、オーガも素直じゃないんだから。
さてと。
英雄たちとの戯れもここらにして、さて、じゃあ実際にメニューはどうしようか、と考えた時だった。
気持ち悪い気配が立ち上がったのを、僕は感じた。
『あアッ! ホ、宿主ヨッ!』
脳内でレクターが、大げさに恍惚としたような顔で手を広げている。
安定の気持ち悪さだ。
(……いや、さすがにレクターにはハグしないよ?)
『……それは残念だネエ。でもボクは提言したいだケッ! ルミタとハクゲツのジャーキーを組み合わせてみてくレッ!』
(ハクゲツのジャーキー?)
一瞬なんでだろうと思ったが、よくよく考えてみると、ハクゲツのジャーキーには塩味もあるし、ピーキーペーパーのアクセントが効いている。
ルミタの味はまだわからないけど、確かに組み合わせとしての相性は、めちゃくちゃいい気がする。
――ここは癪だけど……。
(アリか……)
『間違いなく美味ではあるな』
気障ったらしい声が落ちてくる。
ヴァンデルだ。
ヴァンデルは鼻につくタイプの貴族だけど、こういう食の話は妙に気が合うことが多い。
そういう時のヴァンデルは、意外と嫌いじゃない。
(だよね~っ! ヴァンデルわかってる~~っ!)
『フン。わかったらさっさと作るがいい、小市民。我をあまり待たせるな』
前言撤回。
やっぱり嫌いかも。
「ホノジ? ずっと固まってどうかしたか? にやついたり、不機嫌そうな顔になったりして、気持ち悪いぞ?」
「あ」
橙馬がいるのを忘れかけていた。
「にやついてて気持ち悪いって、橙馬……」
「あ、わりぃわりぃ! またデリカシーねえこと言っちまったな!」
「……橙馬もたいがい、にやついてなくても気持ち悪いときあるよ?」
「オイッ!」
「うん。まあでも心配しないで。どうやって調理しようかなって考えてただけだから。蒸かすにしても、いろいろとやりようはあるし。でも、決めたよ」
「おお~~~っ!? 実際どうするんだっ!?」
当然のように、バターとミルクはある。
それに、さっきいつも通りにキモいレクターが提言してくれたジャーキーを組み合わせて――。
「ハクゲツジャーキーとルミタのマッシュポテトにするよ!」
胸が思わず高鳴った。




