第31話:超新星にオールイン
オーガとヴァンデルの二人は膝から崩れ落ち、そのまま倒れる。
「……こう見えて、やられっぱなしってのも癪なもんでね」
今度は二人の身体が、闇に溶けた。
そして影となり、再生される。
「強すぎるヤツらは、驚くほど雑になる時がある。だから、やりやすいぜ。派手であればいいってもんでもねえかんな。それがわかったかよ?」
オーガとヴァンデルが、不敵に笑う観測者を睨む。
もう、どちらの顔にも余裕はない。
「ク、クソが……」
「痴れ者め……」
その時、奥から甲高い声が響いた。
「あアッ! 観測者ヨ! やはりアナタは素晴らしイッ! どうかボクにも死の味を味わわせてくレッ! ンン~~ッ! 毒を食らわば皿まで!」
耳障りな高さだった。
湿り気まで混じったような声色に、観測者はあからさまに眉をひそめる。
うるせえな、と淡々と思った。
静けさを壊すだけのバカみたいな音量は、それだけで不快だった。
――と、観測者は思うフリをした。
「いや。普通にキモイから遠慮しとくわ」
即答した。
「あァッ! 観測者……」
レクターが陶酔したみたいな目でこちらを見ている。
まっすぐ過ぎて、逆に腐って見える視線だった。
観測者は、その視線が意外と嫌いじゃない。
その横で、ジュリアが半ば呆れたように声を上げる。
「りっくんすごっ! レクターにこんな顔させるなんてね……」
「……全然うれしかねえよ」
「やっと落ち着きそうで、安心するわ。ジジイの老体にはいささか無理が過ぎる環境じゃからのう……」
ガンテツが肩を鳴らしながらぼやく。
さっきまで張っていた空気が少しだけ緩んだのを、観測者は肌で感じた。
もっとも、だからどうしたという話でもない。
観測者には、老人をいたぶる趣味はない。普通の老人ならば、だが。
「……今ので無駄ってわかったろ。ここは深淵の最深部。殺し合いには意味がねえ」
熱を乗せずに言う。
「ハンッ! やり切ってみねえとわかンねえだろうが。十でも百でも億でも兆でも何度でも殺しまくって、魂ごと擂り潰してやンよッ!」
「擂り潰してどうするってんだ?」
「擂り潰して擂り潰して擂り潰してッ。吞み込ンで消化して消化して消化してッ。そンで俺がテメエに勝つ! それでしめえだッ!」
オーガはいつも、面白いぐらいに単純だった。
だが、単純だからこそ芯に濁りがない。
その馬鹿みたいな真っ直ぐさが、少しだけ可笑しい。
――本当は、こいつにも複雑な芯があるくせに。
「……俺に勝つ? プッ。ぷは……ハハハハハハハッ! ウケる」
こらえきれず、観測者は笑った。
あまりにも発想が直線的で、逆に清々しい。
だが――
「勝つとか負けるとか、そんなこと言ってるからいつまで経ってもお前らは俺に勝てねえんだよ」
笑いながら言っても、言葉の中身は変わらない。
オーガの顔がみるみる険しくなる。
「アァッ!? テメエだって勝ち負けの話してんじゃねえか。気でも触れてンのか?」
「……気が触れるねえ? それができたらどんだけ楽だったか」
口にした瞬間、自分でも少しだけ可笑しかった。
壊れられるなら、どれだけ単純でいられたか。
けれど、そうはなれない。
なれないまま、見えてしまう。
その“見えてしまう”というエモに入る自分ですら、観測者にとっては観測対象だった。
「……気が触れることも許されないメタ認知の渦。さすがはリク様といったところでしょうか」
ミネルヴァが静かに言う。
こいつはいつもそうだ。
届かないくせに、見当違いでもない場所までは寄ってくる。
やはり俺に近いと、観測者は思う。
そして同時に、ひどく惜しいとも思う。
「ミネルヴァ。それが見えてるお前は……俺に一番近いかもな」
「リク様……」
熱のこもった返事だった。
その響きに、観測者はわずかに口角を上げる。
だが、近いからどうだというのだ。
むしろそれは、つまらなさの源泉にすらなる。
「だが、浅え。俺を理解しきったつもりにでもなってんのか? 限りなく近いってことは、限りなく別であることもハッキリと逆照射してるってこった。賢いお前なら、その意味がよくわかんだろ」
近いことと、同じであることは別だ。
むしろ近ければ近いほど、ズレは輪郭を持つ。
そこまで含めて見えていないなら、まだ浅い。
浅いからこそ、愛しい。
「……リク様。わかった上で私は完遂したいのですわ。できる女として」
「真面目だねえ。さすがは強欲な女といったところか。空白の石板に縋るような連中よりはマシ程度の面白え発想だが、悪いな……。俺、メンヘラは無理なんだよ」
「…………残念ですが、貴方を理解できるのは私しかいません」
その言葉の真意を、観測者は嗅ぎ取る。
だからこそ、その真意からは距離のある、それっぽい返答をした。
「オイオイ勘弁してくれよ。その傲慢さは、ヴァンデルの専売特許だろ」
「フン。貴様のその減らず口もいずれ絶たれよう」
ヴァンデルが鼻を鳴らす。
冷えた視線が刺さってくるが、観測者は不思議と面白く思った。
この男、なぜここまで発言と真意がずれているのか、と。
その思考の渦が秒間――数百回転するような勢いで回り、一つの結論に達しかけたそのとき――明るい声が割って入った。
「……はいはいーい。茶番はストップストップ! さっさと本題に入ろうよ。時間ないんでしょ」
ジュリアが場を切る。
「時間ねえから、さっさと殺りあいてえンだろうが」
「オーガ兄……それしか頭にないの……?」
「ケッ。少なくとも今は……それしかねえよ……。ンだよ。なんか文句でもあンのかよ」
オーガは耳を小指でほじりながら答える。
気だるそうな仕草のくせに、内側の熱だけは死んでいない。
そういうわかりやすさは嫌いじゃない、と観測者は思った。
「……六英雄に期待してたアタシがバカだったわ……」
ジュリアが肩を落とす。
その反応すら含めて、観測者には少し愉快だった。
「ライフ無限ってのは緊張感がなくてつまんねえってもんだぜ。なぁ、オーガ。どうせなら、血生臭い死が隣り合わせの環境でやりてえとは思わねえのか?」
軽く投げた言葉だったが、オーガの目がわずかに変わるのを観測者は見た。
――食いついた。
やっぱり、こいつはそういう類だ。
単純でバカで――思慮深いから助かる。
「ンだオメエ……そんな環境用意できるわけ――」
「できるぜ」
「……ア?」
オーガの間抜けな声が返る。
冗談だと思ったのかもしれないが、観測者は笑わなかった。
そもそも、笑う理由がない。
「ただ、時間と場所はすぐに用意とはいかねえ。用意してやるから、それまでは生き延びろ」
「……ハンッ! 死人に変なこと言うなよテメエ。今日の酒がうまくなっちまうだろうが」
本気で喜んでいるのか、オーガの声が少し跳ねた。
それとは反対に――
「……それで。何しに来たの、りっくん」
ジュリアが今度は真面目な声で聞いてくる。
ようやく本題か、と観測者は思った。
さっさと済ませたい気持ちと、ねっとり楽しみたい気持ちが、胸の内でラリーをする。
「俺は観測者だぜ? 深く介入できねえ。基本的に観測以外はできねえし、したくもねえ。俺がここにいるのも、皮肉なことに焔乃士の還元消化が発動した歪からだしな。特にやるべきことなんてねえよ」
気まぐれで来たわけじゃない。
焔乃士が生んだ歪みを辿った結果、ここにいる。
だが、だからといって何かしてやる義理もなかった。
もっとも、義理なんてものはたいていつまらない。観測者はそのことを、よく知っている。
「ただ一つ問うなら――」
少しだけ声を落とす。
「お前ら、俺に勝てんのか?」
観測者は六英雄を見た。
「――って話だぜ」
問いを投げる。
煽りでもあり、確認でもあり、観測でもある。
そして、ついでに愛でもあればいいな、と観測者は願った。
「……ワイらが積み上げた屍は敗北の歴史そのもの。結局お主は皮肉を言いに来ただけかのう」
ガンテツの返しに、観測者は首を横に振るでもなく、そのまま答える。
「だから『お前ら』って言ってんだ」
その言葉の真意に気づくには、おそらく時間と運が要るだろうと、観測者は予測した。
しかし、それでいいとも思った。
「ワイはこう見えて老人じゃぞ。もう少しわかりやすく言ってもらえんか?」
「……そうしてやりてえところだが、ここは大事なところだ。どう答えを出すかを俺は見届けてえ。何せ俺は『観測者』だからな。ここは宿題ってことでどうだ?」
「……妥協点ってところじゃな」
ガンテツが肩をすくめる。
そのとき、ジュリアがこっちを真っ直ぐ見た。
「りっくん」
「なんだ?」
「負けるよ」
「あ?」
ジュリアは笑わない。
「りっくんは負ける」
「誰にだ?」
「ホノちゃん」
「焔乃士に? 俺がか?」
「うん。りっくんはホノちゃんに負ける」
即答だった。
妙な確信のこもった声。
根拠がなさそうに聞こえるその直感にも、無意識に圧縮された情報がある。
観測者は、それを少し面白いと思った。
「ありえねえ」
だから、思わず口角が上がっていても仕方がなかった。
「……これがゲームならそう。ルールがある場でのりっくんは本当の意味で最強だから。でもホノちゃんがどういう存在か、りっくんは知ってるでしょ?」
知っている。
知っているからこそ、簡単には頷けない。
焔乃士は特別だ。だが――特別であることと、届くことは別問題だ。
あがけば、何かしらの結果には届くだろう。
しかし、もしその結果の行方を知らなければどうだろうか。
望む結果が起きた後、望まない結果へすり替わっていたとしたらどうだろうか。
ならば最初から「望む結果」を知っていればいいだけの話なのか。
否。
観測者は、「最初からわかっていること」をいちばん嫌う。
「あアッ! そうだとモッ! 宿主は特別だからネエ! ボクの希望サッ!」
「フッ。小市民には小市民なりの品があることは認めよう。吝かだがな」
「ハンッ! あのクソガキは甘えから期待なんてできたもんじゃねえが、絶望するほど弱いってワケでもねえ! あいつは簡単に死ぬようなタマじゃねえからな」
「小僧には真の職人魂の萌芽がある。それをワイらが信じんでどうするっ!?」
「ご主人様には確かに……そのみみっちい可能性がありますわね。優しさだけは本物といって差し支えないですわ。私もやぶさかですが」
「――そういうこと。ホノちゃんは何より『愛』を決して諦めない。それがアタシ、ホントに大好きなの!」
六人六様の言い方だった。
だが、焔乃士に向ける視線だけは、思った以上に近い場所で重なっている。
観測者はそれを順に眺めた。
まるでタイムラインでも追うみたいに。
「なるほどな。確かに焔乃士に対する思いは特別か」
希望、執着、期待、評価、信頼、好意。
――それは言わば『思い込み』のカクテル。
複雑な感情も、出力されると妙に単純そうに見えるのが面白い。
名前は違っても、向いている先は同じらしい。
同じと、思いたいらしい。
「死の運命を打破する『運命の特異点』はそこにあるかもしれねえ。だが――」
一拍置く。
「まだだ」
今はまだ足りない。
その判断に迷いはなかった。
「それでも俺はまだ無理だと思っている」
「――『まだ』ね。アハハ! いいね。悪くないじゃん」
ジュリアがそこで笑う。
無理、ではなく、まだ。
そこだけ綺麗に拾っていくあたり、こういうところは妙に勘がいい。
「そうだ。お前らはまだまだ足りねえ。到達できねえ可能性は星の数ほどある」
届かない未来はいくらでもある。
落ちる分岐も、折れる分岐も、腐る分岐も。
あるかどうかもわからない、ハッピーなトゥルーエンドも。
それでも――
「ただ星ってのは、新たに生まれるもんでもある。期待して、いいんだな?」
一瞬、間が落ちた。
誰もすぐには答えない。
けれど、黙ったわけでもない。
殺気とも、闘志とも、執念ともつかない何かが、
六つぶん、深淵の底でがっちりと噛み合う。
返ってきたのは、六つの力強い声だった。
「「「「「「――覚悟しろ」」」」」」
重なった声を聞いて、観測者は心の中でほくそ笑む。
バラバラな連中のくせに、こういう時だけ妙に揃う。
気づけば六人とも、どこか挑発するような、不敵な笑みを浮かべていた。
誰が最初だったのかもわからない。
いつからそうなっていたのかもわからない。
ただ、気づいた時にはもう揃っていた。
その一致が、ひどく目障りで――どうしようもなく、愛おしかった。
この日初めて……観測者は不意を突かれた。
そのせいで、自分もまた同じ顔をしていたことに、しばらく気づけなかった。
「やってみせろよ、お前ら。この俺に――」
対消滅するような思考の殺し合いの中で、
深淵の観測者は嗤いながら言い放った。
「――勝ってみせろ」
観測者はその言葉を最後に闇に溶けていく。
輪郭がほどけていく中でも、意識だけは最後までしぶとかった。
観測者は「仮説と仮説が殺し合うような認知のアルマゲドン」に思考を委ねながら、一つの麻薬のような感情に引っ張られた。
――超新星みたいな輝きが、本当に生まれるのか。
――それを見届ける価値が本当にあるのか。
少なくとも今は、期待している。
そして同じだけ、不安でもある。
観測者が欲しいのは『99.99999……%の、その向こう側。』
切り上げれば不可能。
理不尽で構築された死の論理。
賭けというには、あまりにも激辛。
しかしそれは「絶対」ではなかった。
観測者はその可能性を愛でるように笑う。
だって超新星爆発の先にあるのは、いつだって抗いがたい深淵のような引力なのだから。
――ならば賭ける価値はある。
いや、賭けずして何が『○○○』というのか。
観測者は、素粒子のような小さな星の可能性に、思考のビットと欲望のリソースをオールインすることを決めた。
意識は、ほどなくして闇に溶けた……。
第一章はこれにておしまいです。
ここまで読み進んでくれた方、
焔乃士と一緒に「蹄煮込み」を食べてくれた方、
本当にありがとうございます。
2章からは、焔乃士の「喰らう」がさらに加速します。
ヒロインもいよいよ登場します。
その前に幕間章が15話挟まりますので、ゆっくり読んでいただけるとうれしいです。
彼が何を背負い、何に向かっていくのか――
ぜひ、ワクワクしながら隣で見届けてください。
連載追っていただけてる方々、
感想、評価、ブクマを付けてくださっている方々、本当にありがとうございます。




