第30話:英雄会議と、深淵の観測者
それは「英雄会議」と呼ばれていた。
誰がそう呼び始めたのかは、もうわからない。
だが、そこに言語があるのが当然であるように。
そこに意味があるのが当然であるように。
今さらその名の意味を問うこと自体、
もう意味を持たないのかもしれない。
それでも、確実に言えることがあるとすれば――
世界中のどこを探しても、「真の英雄」と呼ばれたモノたちが六人も集い、顔をすり合わせるような会議は、ここ以外にありえない。
あってはならない。
その会議は、後に「六英雄会議」と呼ばれることになる。
だが、今はまだ――便宜上、「英雄会議」と呼ばれる。
その変容の経緯を、今ここで知る必要はない。
今、知るべきは、揺れ続ける可能性の行方。
99.99999……%の、その向こう側。
いずれ来る悪夢の再来――
否、終焉にどう備えるか。
それこそが何より重要なのだから。
「――来ましたわね」
無意識の最深部。
深淵。
はらわたの奥底で、ミネルヴァが重々しくつぶやいた。
それと同時に、一つの影が、人のかたちを成す。
「……お前ら」
英雄ですらない、一人の男――観測者が、薄く笑った。
「愛してんぜ」
その存在に気づいた六英雄は、一斉に観測者を見た。
向けられた視線は、殺気にも似て鋭利で、
宇宙みたいに冷たかった。
「覗き見野郎ォッ!! テメエ、待ってたぜオイ。勝負しろや、コラァッ!」
オーガが喉を震わせて吠えた。
ギュン! と空気が裂ける。
その瞬間、オーガの姿がその場から消え失せ――観測者の真上に、オーガが現れた。
ぬっと現れたその右手には、鈍く光る大剣。
振りかぶり。躊躇なく、振り下ろす。
ぶった斬られた空間そのものが悲鳴を上げるように捻じれ、黒い亀裂が斬撃の軌跡に沿って奔った。
空間ごとぐにゃりと引き摺られる。
――まさしく、その時だった。
「――焦熱地獄、熱量解放」
ヴァンデルが、指をパチンと鳴らした。
針の先ほどの一点へ、光と熱が極限まで圧縮されていく。
次の瞬間、圧縮されていた熱が解き放たれた。
灼熱の恒星を引きずり出し、そのまま空間へ押し広げたような――暴力的な光の奔流。
熱量に耐えきれず、周囲の大気が悲鳴を上げる。
観測者は、意識よりも先に体で反応していた。
最短。
最小。
無駄のないバックステップで回避を行う。
観測者のいた位置を、遅れて熱が舐めた。
一瞬でも遅れていれば、骨ごと蒸発していた距離だった。
だが、かすりもしない。
あの回避は、逃げるためのものじゃない。
衝突の"外側"に立つための最適解。
ギリギリで全てを見届けるための――特等席の確保だった。
その視線の先に、光景があった。
ヴァンデルが前方へ解き放った灼熱は、空間ごと呑み込むように喰い広がっている。
そこへ――真上から、大剣が叩きつけられた。
斬撃の衝突エネルギーと、膨張せんとする灼熱がぶつかった。
中心圏の大気が根こそぎ揺さぶられる。明暗の境界がびりつき、周囲の暗闇が波打つようにたわんだ。轟音が、地を舐めるように走った。
じり、 じり、 じり――
大剣と灼熱が、食い込み合う。
押し潰し、せめぎ合い。
軋みながらぶつかり、奇跡のような均衡を保っていた。
その状態のまま。
大気が焼ける。
空間が軋む。
白い地表が、視界の端でどろりと溶け落ちていく。
ジゥウウウウウウウッ!!
臨界だった。
「ラァッ!」
オーガが吠えた。
剣先がさらに押し込まれる。
次の瞬間、衝撃が輪になって爆ぜた。
圧縮され続けていた全てのエネルギーが、一息に解き放たれる。
白が、弾けた。
世界が、丸ごと閃光に呑まれる。
何もかもを塗り潰すような、白の暴力が世界に奔った。
光が消えたのが先か、網膜に焼き付いた残像が消えたのが先か。
少しずつ、白がゆっくりと剥がれていく。
立っていたのは、当然のように二人。
大剣を肩に怠そうに担いだ――オーガ。
そして。
いかにも不服そうに仁王立ちする――ヴァンデル。
抉れて溶けた地表は暗闇に溶け込み、影として再生され、また何もなかったように真っ白な地面を形作っていく。
「野蛮人。誰が許可した」
「許可なんていらねえつってんだろ!! こいつは俺がシメるッ! 邪魔すンじゃねえよッ!」
「勝手は許さん。この男は我が殺す。弁えろ」
「アアンッ!? こいつは俺が殺すつってんだろ。それを邪魔するってンなら、テメエから望み通りにズッタズタのボロ雑巾にして絞ってやンよ」
「――貴様はどうしても太陽を吞み込んで死にたいようだな?」
観測者はそれを見て、薄く笑った。
二人が無駄口を叩いてる間に声量が届く範囲まで近づいて立つ。
「生産性ない会話。ぷぷぷ。つまんねえヤツらだなぁ」
観測者はわざとらしく口に手を当てて、挑発した。
二人の英雄の殺気が、空間を切り裂くように鋭く発生する。
直後――
「やっぱテメエから――」
「やはり貴様から――」
二人は口の動きがシンクロした。
「「殺す!」」
「……俺嫌われ過ぎだろ。ぴえん」
観測者はわざとらしく指ハートを作る。
次の瞬間、またもやオーガの姿が消えたのを見た。
「あっ」
気づいたときには遅かった。
いや、観測者はその出来事を予測っていた。
しかし、知っていてもそれを対処するかどうかは別問題なのである。
観測者は興味本位で避ける選択肢を自ら塗りつぶした。
音はなかった。
気づけば視界がグルグル回っていた。
観測者は、これがギロチンで処刑された世界なんだなとしみじみしながらも――首はそのまま斜め上に回転しながら吹き飛ぶ。闇が澱む空間の遥か上空百メートルほどまで、血を吹き出しながら。
それを――
「絶対零度」
ヴァンデルが捉え、そう唱えた。
次の瞬間、観測者の頭と体がピキキと瞬時に凍る。
思考まで凍えていく中で、観測者は冷却ファンとしてちょうどいいな、とまたもやしみじみ思っていた。
観測者の吹き飛んだ頭は、凍ったまま地面に落ち――
パリンッ! と音を立て、砕け散った。
数秒後、パタリと体も後を追うように倒れる。
そして、観測者の体が闇になって溶けた。
まどろむ感覚を味わいながらも、影になって体が再生される。
傷は当然のようにない。
「……ああ、死んだ死んだ。死ぬってのは、何度経験しても慣れねえもんだな。だが、学びがねえってワケでもなさそうだ。……むしろ、そこに本質はあるか」
淡々と、観測者は言い放った。
そのとき、くノ一のジュリアがガタガタと体を震わせているのを、観測者は見た。
「……ちょっとヴァン兄ッ!? 範囲、ちょっとは絞ってよ! 寒いじゃん!」
「ジュリア。お前は影に潜んでいただろう」
「出たのにまだこんなに寒いから文句いってるんですけど!?」
「よく考えてもみろ。我の魔法を味わえるなど、至福なことだろう。むしろ感謝しろ」
「身勝手の極みッ!? オーガ兄、助けて!」
「ハンッ! ジュリア、おめえ、こいつの魔法がそんな寒いわけねえだろ」
「――強がってるけど、オーガ兄も体震えてるよ?」
「オメッ! バーカ、オメッ! 武者震いってヤツだコラァ!」
「どうしようもないバカ二人!? いいもん、私の太陽みたいな明るさで乗り切るから!」
「フン」
観測者は、ヴァンデルとオーガの意識が自分から外れた、その瞬間を見逃さなかった。
そのコンマ数秒へ、声を差し込む。
「オイ」
そこに、殺気も混ぜる。
二人はわかりやすく、反射的に観測者を振り返った。
その瞬間――
「アッ!?」
「なっ――」
観測者の背に、白い翼が“片方だけ”顕現した。
羽ばたきすらない。
ただ、そこに在っただけの異物。
二筋の鋭い白が、ヒュゴンッと空間を裂く。
オーガの背から、心臓へ。
ヴァンデルの後頭部から、頭蓋を真上へ駆け抜けるように。
二人を、容赦なく貫いた。




