それはきっと、激闘
部屋の湿度が上がりすぎて、憂鬱です。
響き渡る墜落音、立ち上る土埃、驚いた野鳥が空へ飛び立つ。森に住まう獣達は、落ちてきた物体が生態系の頂点に君臨する存在であると知るや、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
〈やったか?〉
〈わざと言っているでしょう〉
当然だ。
超重剣の一打でやられてしまうほど、竜という存在はヤワでは無かった。とはいえ、依然遭遇した銀の竜と比べれば、氷竜というのは随分と動きが鈍重に見えた。もしかすると竜にも強さの格でもあるのかもしれない。
〈当たり前だ。張り合いがないだろう――に!〉
呑気に会話をしていると、地上から氷柱の大群が飛来してくる。回避すると追うようにして氷竜が飛び上がって来た。
『ガァァァアアアアアアア!!!』
竜の表情などというものは分かったものでは無いが、今の咆哮が意味する所は、こちらにも分かる。
"絶対許さん"である。
〈ほら怒っていますよ〉
〈ほいほい今夜はwith,Dragon steak!〉
冗談を飛ばしながら、猛突する氷竜を超重剣で去なしていく。やっている事は銀竜との打ち合いの再演である。
〈これは!〉
1合、その"違い"に気づく。
銀竜は、一撃一撃が大型の滑腔砲を至近距離で撃ち込まれたかのような衝撃が超重剣に届いていた。それは間違いなく、機体関節が致命的な損傷を受ける程だった。眼前の氷竜も、その巨大さは銀竜に何ら見劣りせず、爪や尻尾を使った質量攻撃の衝撃力も、多少の差はあれど竜と呼ぶに相応しい凄まじさである事を、アイリスの解析した数値が証明していく。
だが2合、3合と打ち合ううち、それは確信に変わっていく。"究極の性能美"等と専門誌でももてはやされたフレイの造形を捨て、現地の一流職人が造り上げた歪な剛腕は、確かな剛性と靭性を以て、凄まじい質量の負荷に耐え切っている。
〈この世界の技師はとんでもないな〉
そもそも規格もクソも無い世界で、マトモに動く互換パーツをこの短期間で開発したというだけで非常識だ。魔法という概念がそれを支えている面もあるのだろうが、アイリスの補助や純粋なガスパルの腕もあっての事なのだろう。
気を良くして、強気に打ち込んでいく。
とはいえ深追いはしない。時折見せる吐息などは距離を取る。遅い氷竜の相手ならば、圧縮機が間に合わなくなって推進剤切れなどという寝技に持ち込まれる心配も無いのだ、じっくりと追い詰めればいい。そのうち空艇も安全圏へと離脱するだろう。
〈――しぶといですね〉
アイリスが独り言ちる。
じっくりやる――方針はアイリスも理解しているが、如何せん氷竜の粘り方も相当なものだ。爪による攻撃を受け流され、脇腹を狙われると即座に身を捩って尻尾で反撃し、更に回り込まれれば被弾しそうな鱗の上から氷の壁を盾のように何層も生み出してダメージを抑えていく。そして隙あらば猛烈な吐息で一気にカタを付けようとチャンスを伺っていた。
加速をつけた初激は兎も角、至近距離打ち合いでは、こちらも中々どうして決め手に欠けるのも事実だった。
〈纏絲勁みたいな技でも使えればな〉
〈EL.F.がやる技では無いですよ〉
――柔らかさがまるで足りないからね。
〈ずっと遊んでいると、今度は置いて行かれますよ〉
〈おろ〉
視界の隅に、アイリスがサブカメラの映像を映し出す。そこでは空艇アエーロークが、豆粒のように小さく見えなくなろうとしていた。
〈まぁ性能検証は充分だし、そろそろ終わらせよう〉
〈Agree.〉
氷竜の怒りは収まる事無く、敗北の可能性など微塵も感じていないのか、今尚こちらへの敵意を剝き出しに襲い掛かって来る。
再び襲来する爪の一撃を躱すと、爆発推進を使って一気に急上昇した。氷竜は一瞬驚いたようだったが、即座に追いかけてくる。むしろ追撃の好機と見たのか、果敢に氷柱の吐息を放ってくる。
〈そういうのを深追いというんだ〉
氷竜の吐息は確かに危険だった。氷柱など裕に躱せるが、その冷気は貴重な電子機器が結露して故障しかねない。極寒の冷気に包まれないよう、少々過剰気味に距離を取っていたので、氷竜も吐息が弱点だと勘づいているのだろう。
だが――
〈それで勝てると思っているなら、見込みが甘すぎる!〉
迫りくる冷気に対して、こちらは更に加速。原理上、EL.F.は距離や推進剤の許す限り"加速し続けられる"のだ。
弾丸が飛んでいれば、それを追い抜く程の速度で以て大きく距離を取り、安全マージンギリギリの加速から急制動、ここで作用させる素粒子の量を、受けるはずのGと相殺させれば機体は静止する。だがそれ以上の素粒子を流せば、それは下方へと向かう。その大瀑布の如き素粒子の噴流に乗せて、超重剣を全力で投げ込んだ。
加速している視界と脳が、氷竜の眼が驚きで見開かれたのを捉える。直後、大爆発のような衝撃音が大気を震わせた。言うなれば高速の飛行機に、超高速な戦闘機が正面衝突したようなものだ。
だが寸前、氷竜は正面に氷の盾を瞬時に生み出していた。それは一瞬で砕け散り、超重剣は氷竜の胸に激突するも、剣とは名ばかりの分厚い鉄の角材が如き獲物が竜を貫くはずはなく、圧倒的な運動エネルギーと慣性が氷竜を押し潰さんとしていた。
氷竜は地面に墜落するのを防ごうと、藻掻いている。
〈まだだ!〉
駄目押しにフレイの右腕で、超重剣の柄を思いっきり叩きつけた。素粒子の過剰な逆噴射は、当然機体のベクトルも下へと向く。投げた物体に追いつく事など、造作もない。
『ガァァア!?』
氷竜は最初に聞いたような声を発して、再び地表へと激突した。




