かくして王国は旗を変え
投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
推敲するとまるで話が進まなくなる病を発症しておりました。
フィガロス王国の北に位置するウガル、その地を守り治めるのはクレイ・ウガル・マルキッツォ。暖かな日差しが差し込む朝の執務室で彼は、商業国家ヱビスの要人に向けて文をしたためていた。
宛は懇意にしている流通網を担う組合の長から、"議会"のお歴々、果てはウガルに立ち寄る名が知れた常連の傭兵団に至るまで。
時間の余裕は無い。一分一秒が惜しい。
通信水晶を持ちうる要人には、こちらの在庫を惜しむ事なく先駆けの一報を入れた。あとは正式な書面を拵えて、残りは直接ピポットピジョンを飛ばして文を届けるしかない者達へ――
「急がなければ」
窓辺に止まった鳥の囀りも、朝の澄み切った空気もクレイの意識には無い。ただひたすらに、羽根ペンがインクを乗せて走る音だけが、執務室に響く。
中でも、クレイが特に重要視していたのは、ヱビスへと送る一つの文だった。
"黒獣を用いて王国の転覆を狙われた一連の事件は、王国が誇る軍事力と、加勢に加わったルイン教会によって収束しました。
しかしながらその渦中、事件の首謀者達により国王が暗殺され、王子達は諸共に消息不明、王権を維持することが困難となり、フィガロスはルイン教会庇護のもと、新たな国家体制の構築を目指す事となります。
被害状況は大きいものの、保有戦力のうち元素機の喪失は無く、国民の人的被害も軽微である事から、今後は教会と足並みを揃え、取り逃がした破滅主義者達を"灰蛇"と称し、掃討していく運びとなっております。
つきましては貴国も警戒を強化されたし。尚、今後の関係強化に辺り我がウガル領より一艇、特使を派遣します。責任者の名はシュウという傭兵で、こちらの私兵にあたります。よきに計らって下さい。当然、本件の詳細について内々で連携する必要がある為、王都に連絡は不要です。"
封蝋をして、漏洩対策の魔法を幾つも重ねた上で文を飛ばす。
やっと一息ついた時には、午後をとっくに過ぎていた。
「閣下、お茶を淹れて参りました」
見計らったかのように、黒鉄騎士隊長のネスがティーセットを以て参上した。戦時では無いのでフルプレートでは無いが、シャツの上から最低限の軽鎧を身に着けている。
「おや、珍しいですね。お茶なら誰かに頼めば良いものを」
「私も少しばかり相席したく」
そう言ってネスはポットから暖かい紅茶を注ぎ、ソーサーを応接用のテーブルに二つ並べた。
「あなたも信じられませんか?」
そう言ってクレイはテーブルを移動し、ネスが置いたカップを手に取って椅子に深く沈みながら香りを楽しむ。
「ええ、しかし真偽がどうであっても、我々にはどうしようも無い事でもありますゆえ」
「そうですね」
ネスの諦観とも取れる発言の原因は、先程の文と飛ばす事となったシュウという男と、彼が連れてきた者達の報告である。
クレイ達は、黒獣の襲撃事件があった日、王都方面で天空に伸びる眩い程の光と、立ち上る雲を目撃していた。その正体も含めて、シュウ達から真実を聞かされていた。
曰く、シュウと同席したオルムと名乗る男は獣人の人種差別根絶の理念を利用された敵組織の離反者である事。また彼が言うには、国王は教会側の思惑によって殺されており、教会側には黒獣の強力な個体を生み出し使役する能力あるいは技術を持った人物が存在している事。王国はこれからその者達の思惑によって動く傀儡国家と成り得るだろうという事。
そして、教会側が持ち込んだ大型魔法兵器によって、王都付近の平原は焼き払われ、黒獣はおろか巻き込まれた妖精機部隊は一瞬にして灰塵となった。シュウ達はそれを防ぎつつ爆発に乗じて離脱したが、恐らく向こうは目撃者を全て焼き払ったと思っているであろうという事だった。
「王都は空艇でもかなりの距離があります。その上で我々でも見える程のあの爆発。おそらく禁術と呼ばれる古代魔法でも使われたのは疑いようが無い。そして驚嘆すべきはシュウ殿です。彼は隠し持っていた妖精機で王都まであっという間に辿り着き、その魔法から生き残り、口封じの為に殺される予定だったまさしく重要人物を保護して我々の前に連れて来た」
やや興奮気味にネスが口を走らせる。紅茶のおかげで喉の滑りが良い。
「そうです。そして同時に、我々も試されているのでしょう」
シュウという男の経歴は組合に紹介してクレイもできる限り調べていた。
つい最近4級として登録した駆け出しの傭兵、これはもうあからさまなブラフだろう。今見えている情報だけでも凄まじい実力を持った人物である事は分かり切っている。
背後に何者が居るのかまるで見えて来ない。掴ませてくれない。恐らく探りを入れている事まで把握した上での情報開示なのだろう。
"これで上手く立ち回れるのなら、協力してやってもいい――"
言外に、そういうメッセージが込められているのだと、クレイは感じていた。
「我々は今後、どう立ち回るのでしょう」
ネスが心配そうに問う。
「面従腹背という程ではありませんが、王都からの要請には前向きな対応をします。ただ、被害状況は深刻であり、復興で手が回らない体裁は取りますがね」
「なるほど、ドーヴェンは修復中という訳ですね」
「おや、あなたは武闘派ですが、政もそれなりにイケる口なのでは?」
「恐れ入ります」
ウガルの為政者は、来る真の動乱の気配が内から湧き上がるのを紅茶で飲み干した。
クレイ「それにしても、いつからこんなに紅茶が美味しく淹れられるように?」
ネス「シュウ殿に、貴方は茶葉を冒涜していると厳しくご指導下さいまして…」




