Crouning TRIBE
吹き飛ばされた灰蛇は、ショックで掻き消えそうになる意識をどうにか繋ぎ止めると、受け身を取って機体を着地させた。
損傷は甚大だった。搭乗者の感覚に同期し、生身のような極めて高いレベルで機体が追従してくるナフタリは、同時にダメージを感覚として乗り手にフィードバックしてしまう。衝撃を受け止めた大剣は吹き飛ばされ、それを支えていた左腕は折れて大きく捻じれている。当然、それは灰蛇の腕にも激痛となって反っていた。
「ぐっ、くぅ――」
不屈の精神で機体を起こし、敵の姿を見据える。それは両断したはずの合成黒獣だった。
グチャグチャと繋がりあいながら身体を再生し、触手を無数に生やして振り回しながら、周りには目もくれずナフタリに近づいて来るのを見るに、危険な相手として認識されているのだろう。
合成黒獣から距離を取りつつ、灰蛇は水晶越しにオニキスへ問う。
「オニキス!どういうつもりだ!何故俺を切る!?」
先の会話で、オニキスが自身を消そうとしているのは灰蛇にも伝わった。
だが腑に落ちない。
"他種族を排斥する圧政国家を解体し、あらゆるヒトが平等な世界を目指す"
灰蛇は自らが賛同した、"主"の言葉を思い返す。
オニキスは、その"主"にとっても重要な役割を担っていると聞いている。灰蛇は目的の為ならば自分の命さえ惜しまない。だがこの凄惨な茶番劇は灰蛇のような亜人が救国の英雄となる事で成立するというのに、それを台無しにしては意味がないのだ。
「教会が救うだけでは、我らの悲願は――」
『ぷっ、ちょっと止めてよ我らだなんて、何勝手にあなたの同志みたいにしてるのかしら』
水晶越しにケタケタと笑うオニキスに、灰蛇は背筋が泡立つのを感じた。
『まぁアナタは優秀だったから、最期にご褒美として教えてあげるわ』
灰蛇は予感がした。それ以上聞いてはいけない。聞けば、取り返しのつかない事になると。
『我ら教会は人族が中心となった国家が必要なの。でも周辺の薄汚い種族が地下組織化するのは避けたい。だから彼らを集めて、処分する必要があったのよぉ。だから耳障りの良い言葉でアナタ達を誘ったんだけど、ちょっと引くぐらい簡単に乗ってきたわよねぇ?みんな、灰被りとして活動させながら折を見て消していったわ。思ったより頑張って仕事してくれちゃうから、アナタ達を処分するのはとぉ~っても気が引けるのだけどね?』
「そんな――」
――あぁ、これは駄目だ。
灰蛇は全身の血が沸騰してのぼせてしまいそうな浮遊感を味わった。そして言葉の意味が浸透していくにつれ、絶望という冷や水が血の気という血の気を引かせ、身体の力が抜け落ちていくような感覚に襲われる。
脚に力が入らず、思わず膝をついてしまった。その隙を逃さまいと飛来する触手を、辛うじて横に転がりながら回避する。だが動揺と激痛で思考がまとまらない。そのような鈍重な動きでは、二の矢三の矢は到底躱せるものでは無かった。
「ぐぁっ」
ビュンビュンとしなる触手に嬲られ、装甲のあちこちを凹ませながら灰蛇はもんどりうって倒れた。灰蛇が動く気配は無い――否、最早心が折れかけていた。それを見た黒獣は、とどめを刺さんと一斉に飛び掛かる。
『ブラストファイア!!』
凛とした女の声と共に、炎の噴流が灰蛇の頭上を駆け抜け、殺到する触手を焼き払った。
「何だ!?」
混乱する灰蛇の前に、爆風のような風を巻き起こして一機の妖精機が舞い降りた。何本ものブースターランスをその場に投げ捨てたその機体は、朱色の装甲と、猛禽類を思わせる鋭いフェイスを持つ、灰蛇も知る機体だった。
「サラマンダーだと?」
それはファルク村での事件の折、警戒対象に指定された"翡翠の妖精機"が強奪した、フィガロス最高戦力の一翼を担う機体だった。
そんな機体が何故、今ここに降り立ち、自分を助けるのか、そもそも搭乗者は一体誰なのか――
灰蛇の思考がまた混乱の渦に呑まれていると、サラマンダーの乗り手は拡声魔法によって声を張り上げた。
『聞け!フィガロスの騎士達よ!私は聖騎士隊所属のアシュリー・ガーランド!奪われた王国の宝剣、サラマンダーを奪還し帰還した!私に続け!祖国を守るんだ!』
そんな事は叶わない、そう叫ぶかのように合成黒獣は金切り声のような咆哮をあげてサラマンダーへ迫りくる。
先程受けた炎の魔法は、露ほども聞いていないかのようだった。その様子を見たアシュリーと名乗る女は即座にサラマンダーの長剣を抜き放ち、大地に突き刺した。
『陽の聖なる守り手よ、今純然たる契を以て、天を衝く炎を我に授けん――』
(無茶だ!)
王国の元素機は、その超越的な性能も含め、よく知っていた。
中でも突出しているのが、"完全詠唱"と呼ぶ、簡略化している術式を詠唱式で代替した完全な形での増幅魔法だ。その威力たるや、まさに戦略兵器と呼ぶに相応しい破壊力を誇るが、やはり難点としては詠唱時間であり、魔法の有効範囲内でそれらを完遂するには、やはり万全の護衛陣形を必要とする扱いの難しい魔法である。それを目の前の女はたった1機で、やろうと言うのだ。
当然合成黒獣は待ってなどくれない。それを守ろうとする騎士は居ない。恐怖が戦場を支配していたのだ。一人の少女の透き通るような細い叫び声では払う事能わず。黒き獣は魔法の完成よりも早くサラマンダーへと襲い掛かった。
間に合わない――
灰蛇が少女の死を想起する瞬間、大きな火球が飛来しドンッという衝撃音と共に黒獣がよろめいた。そしてサラマンダーと黒獣の間に割って入ったのは、フィガロス王国騎士団が擁する妖精機ディナ・シーの隊長機と呼ばれる改造機だった。
『今の内に!早く』
隊長機が叫ぶと、魔法を乱射しながら黒獣へと突撃した。




