ダグの町
更新が遅れて申し訳ありません。
展開分岐に悩んでいた為、数話分ゴソっと差し替える事になりました。
シンカーとは、高濃度の魔素に順応できるエルフの種族。体内で循環する魔素の濃度が高く、一般的には肌色の濃い者が多い。魔素の汚染地域で長年生活しようと問題無い長所でもある。
翻ってそれは、魔素中毒となった魔物――黒獣達の恐ろしさを知る人々からすれば忌避すべき特徴であり、人種差別や排斥運動の引き金となっていた。
シンカー達は安住の地を求めた。隠れ里に身を寄せてひっそりと暮らすもの、人が寄り付かない汚染された地域を住処とするもの。そしてここ、竜の渓谷のような別種の危険と隣り合わせの地を開拓したものがいた。
「ですが何も、地上でわざわざ暮らす必要は無かったという事ですよ」
リヨースの説明と共に案内されたのは、山脈の内側、巨大な大空洞の区画を整備したエルフの里だった。いや正確に言えば、里などという表現は正しくない。そうこれはむしろ――
「ガッツリ町だな」
「町ね」
「凄いです…」
リヨース達はダグと呼んだこの里は、大空洞にできた町だった。岩壁で大量にむき出しとなっている鉱石が淡い光の絨毯を描き、空洞内とは思えぬ程明るいその町には、石造りの家が所狭しと建ち並び、区画整理がされた道があり、ヤリンと同じ肌色をしたエルフ達が往来していた。
ここにはアシュリーとヤリンを含めた3人で来ていた。目的は町の中央にそびえ立つ大樹へ赴き、詳しい話を聞いて欲しいとリヨースから頼まれていたからだ。
ガスパルは到着してすぐ案内された町の外れにある工廠へ置いてきた。施設と人員、それから部材のチェックと整備だ。サラマンダーは自分だけでも整備ができるから既に作業を開始していた。
「何というか、変わった町ね」
アシュリーの率直な感想が聞こえてくる。
その原因は表通りに並ぶ露店――否、店というにはいささか物足りない。作物や織物などを並べてはいるが、値札の一つも無ければ、店主の姿さえ無い場所も多い。その無人の露店を観察していると、エルフの男性が立ち寄り大玉の野菜を店に置いて、代わりに自分が目当ての品物を交換して行った。
そう、物々交換だ。彼らの町は外界との繋がりが極めて少ないうえに、迫害され身を寄せ合った共同体なのだ。法治国家では無く当然貨幣も存在しない、まさかの自給自足である。
「でも驚いたわ、こんなに簡単に入れてもらえるなんて」
ごもっともである。
町を進む自分達に向けられる視線は到底歓迎されているようには見えない。
リユースというエルフに話を通されて、あれよあれよと話が進み工廠まで貸してもらえたから有頂天になっていたが、本来隠れ住んでいる彼らはとても排他的であるはずだ。
つまり、それを上回る程の理由があるというわけで――
「タダより高いものは無いってね」
え?と顔を向けて来るアシュリーには視線を合わせず、続けた。
「前払いした分の取り立ては、これからってことだよ」
そう言って立ち止まる。眼前には待ち合わせ場所の大樹。根元にはこちらを見据える待ち人が居た。
「待っていたぞ」
その声は、先の妖精機に乗っていたトアンのものだった。青いショートヘアと透き通るような白い肌、全身タイツのようなスーツの上から軽鎧を身に着け、短剣を差したベルトホルダーを幾つも巻き付けている。物々しい出で立ちだが、その美しいボディラインを惜し気もなく見せつけるスタイルに、脇に居たヤリンは思わず綺麗…と呟いていた。
「上で長老達が待っている」
トアンは踵を返し、ついてこいと言って大樹へ入って行った。
「――大丈夫なの?」
「まぁ任せておけ」
いまいち不安、そんな顔をするアシュリーに、ふっと笑って見せながら大樹へと足を踏み入れた。
ダグの町南西に位置する工廠で、ガスパルは久々に血が騒いでいた。
設備も、資材も潤沢、リヨースが手配してくれた人員はいずれも腕の良い鍛冶師や錬金術師だった。聞けば皆、普段はトアンの機体を整備しているのだという。
早速サラマンダーの整備を任せてみれば、それは見事な手際だった。装甲の再構成、関節部の調整や摩耗部の取り換えもスムーズで、殆ど任せっぱなしで良いのは嬉しい誤算だった。
「さて、と」
問題はフレイだった。シュウから基本構造の概要や設計コンセプトを聞いて、どのように修理すれば良いのか具体的なプランまで聞いてはいる。聞いてはいるが――
「こいつは、もう殆ど新しい身体を作る事になるな」
そう言ってガスパルは、フレイの美術品のように意匠が施された装甲を撫でる。その一部は焼け焦げたような傷跡を遺しているが、殆どは無傷だ。
シュウが要求しているのは自在に動く、強靭な機体だ。
その理由はガスパルにもすぐ分かった。このフレイという機体はあまりにも耐久性を無視した設計がされている。恐らくだが、一度戦えば即整備ができるような環境でしか戦う事を想定していないのだ。
「まさに、お抱えの騎士って所か」
機体の作り方を見れば、どういう立場の人物がどういう目的で使用するのか大抵分かる。その意味では、シュウはかつて居た国において、まさに虎の子のような存在だったのではないかと想像できた。
「――電気か」
ガスパルは道中、シュウから修理に必要な知識として電気というものを教わった。
トアンが使っていた雷の魔法よりもずっとずっと微小な雷、それを魔法術式のような回路を組んだ上で走らせて、魔素を使わず様々な制御を行える技術だ。
ガスパルにとって衝撃的な技術だった。だがそこら中にある魔素を取り込むのでは無く、何故エンジンという特殊な機構を使ってわざわざ電気を生み出しているのかは謎だった。何せ概念自体は、魔素を信号として制御する術式と構造は対して変わらないのだ。それこそ、入出力の信号変換さえ上手く行う部品を用意すれば、すぐに置き換えられるぐらいには。
シュウはその疑問にアッサリとこう答えた。俺の住んでいた所では魔素なんて使えないんだと。
今まで散々シュウには驚かされたが、ガスパルが最も驚いたのはこの一言だった。
魔素とは、魔法を行使する為に必須の存在。つまりシュウの発言が意味する所は、彼の国では魔法が存在しない、というか成立し得ない環境なのだ。
ガスパルもかつては、名工と呼ばれた技師だ。そこらの者よりは妖精機に精通している自負があったし、冠位を持つような機体を何度も手掛けてきた実績は、他国にも引けを取らないという自信があった。
それがどうだ、名前も知らぬ国家では、魔法も使えぬ過酷な環境にあって、自分が手掛けた妖精機を簡単に凌ぐ機体を生み出しているのだ。
「国にとっちゃ悩みの種なんだろうが…」
ガスパルは空いたコックピットシートへ腰を落とすと、頭の後ろで手を組んで笑う。
「こいつは俺の余生を注ぎ込む価値がある技術かもしれんな」
『恐れ入ります』
不意に聞こえた声にガスパルは飛び起きた。
「だ、誰だ!?」
『申し遅れました。このEL――妖精機フレイにおいてシュウ様を補助しております、アイリスと申します』
「まさか、お前さんはこの機体のシンなのか?」
『私はシン、という言葉の意味を正確に理解しておりません。ですがあなた方の言葉で言うならばそうですね――機体の意思、と思って頂いて差し支えないかと』
「すげぇな。こんなにハッキリと意思疎通ができるシンは初めてだ」
ガスパルはエルフが昇華した純然たる妖精機を何度も見たし、手掛けてきた。機体に宿るシンが、乗り手に訴える意志というのも何度も見てきた。だがここまでハッキリとコミュニケーションを取ってくる相手は存在しなかった。
『ガスパル様には、シュウ様より整備に関わる一部の情報開示を許可されております。動作確認等もお任せ下さい、早速ですが――』
「お、おぉ…」
仰天するガスパルをアイリスは気にも留めず、修理プランについての打ち合わせを強行するのだった。




