決心
海:大陸を隔てる塩水の世界。
竜核の魔素を再充填する為に着底させる必要がある空艇では渡る事ができない為、文明の交流が非常に少ない。
一部の帆船による貿易はあるが、それは現在海棲の魔物というリスクを許容できる大型の武装船のみである。
ガリア平原の中心部、魔物や黒獣が入り乱れ開拓を諦めた森林地帯を、アシュリーは猛烈な勢いで北進する。目指すは北方山脈、通称ドラゴンズバレーと呼ばれる危険地域だ。譲り受けた妖精機サラマンダーを駆り、持ち前の反応速度と機体の機動力で持って、危険生物を振り切るようにして森を突き抜けていた。
(私、なんでこんな事してるんだっけ?)
反逆者ユズベルトの足跡と、サラマンダーを強奪した者を捜索する任務を行っていたはずなのに、理解の及ばぬ状況に流され続け、気づけば追っていた人物と一緒に、探していたはずのサラマンダーに乗り、そしていつの間にやら同じ王国騎士団から命を狙われている。
キッカケはそう――空を飛び、今まさにサラマンダーの位置からわずかに上空をピタリとついてくる妖精機を操る、シュウと名乗る男。
不可思議で強力な魔法を使い、叔父を強引に連れ出し、訳の分からない事情に付き合わされている。
〈あのコに付いていったら、アナタの本当の望みはきっと叶うはずよ〉
宿屋エンジェルハートで店主ルクレツィアが言っていた言葉が蘇る。
(私の望みは、師父と、家門が奪われた誇りを取り戻す事――)
そんな事が場末の宿を切り盛りする店主に分かろうものか、冷静に考えれば当たり前の事――だがその時はどうしてか、その言葉に説得力があった。背中を押されるようにして、シュウという男を叔父に会わせてしまった、その結果がコレだ。
いっそ逃げ出してしまおうか――
何度となくアシュリーはその選択肢を浮かべては、首を横に振って否定していた。
この短期間で判明している情報だけで鑑みても、シュウはデタラメに強い。4級からデビューしたての新人傭兵とは言うが、それは単なる記号的な情報だろう。強力な妖精機を操り、見たことも無い魔法を行使する様を見ればそれは明らかだった。
王国騎士団に所属している以上、国際情勢をある程度学ぶ機会は多い。周辺国の魔法技術や妖精機の開発力、その規模などは末端の騎士にもそれなりの情報が下りてきている。
故にこそ、シュウの示す力の異常性が分かる。それは明らかに、周辺国が持ちえぬモノばかりなのだ。つまり――
(シュウは、"外"から来たとでもいうの?)
繁栄極めし大陸の外、大海原の向こう、空艇では渡り切れぬ程の海を越えた先にある別の大陸。空艇では無く、文字通りの船でもって辿り着ける異邦の地ならば、あるいはそんな技術も存在するのかもしれない。
『アシュリー、そろそろ山脈に入るから一度休憩しよう』
考え事をしていると、アシュリーの頭上から声が聞こえて来た。いつの間にやら、日が暮れて夕焼けに染まり始めている。
ゆっくりと高度を降ろして来たのは、翡翠の装甲を身にまとった細身の妖精機フレイ、思考の大半を割かされている男の乗機である。フレイの原理不明な魔法によって、同じく空から安全に移動していたヤリン達も地に足をつけていく。
「あ、わたし火を起こす準備してきます!おいでムベベ」
「グバグバ」
「まぁ待て、俺も手伝おう」
「ひゃあ王様!そんな悪いです!」
「いいから行くぞ、さっさとしないと日が沈む」
「ひゃぁぁああ!?」
ヤリンがムベベを連れて焚き火の準備に向かおうとすると、機体から降りて来たシュウがヤリンをムベベごと持ち上げて森の奥へ分け入ってしまった。
狙われているヤリンを独りにする訳にはいかないのだろう。
「さて、私は――」
サラマンダーの主機を落として機体から降りてみると、ガスパルは馬のモモを木に繋げて、斧で手頃な木を切り倒し始めていた。
「叔父さんそれは?」
「飯食う時の椅子にでもすんのさ」
叔父であるガスパルは、低身長だが腕力と手先の技術に優れ、土精と呼ばれる種族の血が混ざっている。アシュリーが話しかけても小気味良いリズムを保って斧を振るう。
「叔父さんは、これからどうするの?」
「あ?どういう意味だ」
「あいつ言ってたじゃん、機体を直せって」
「ああ、直すよ」
「でもあいつは国の妖精機を奪った犯罪者よ?サラマンダーは取り戻せたんだし、別に逃げたって――」
「馬鹿を言え」
そう言ってガスパルは、ふんっと力を入れて斧を打ち付けると、メキメキと音を立てて樹木が倒れる。そうして出来上がった切り株に腰かけて大きく息を吐いて呼吸を整えると、口を開いた。
「俺達はあいつがサラマンダーを奪ったという事実以外、その時の状況は知らん。だが俺達が見て来たアイツは、強引な所はあるが見ず知らずのシンカーの娘を助ける紳士だ。そして命を狙う暗殺者を赤子のように一蹴する男だ。妖精機に乗ればグレートウォームだって一人で倒してしまう」
「そうよ、危険人物よ、だから騎士団の協力を要請して――」
「アシュリー俺はな、アイツは騎士団なんて端から眼中にないと思ってる、正直相手にならんからな。だがもし騎士団が執拗に付け狙うようになり、それを疎ましく思ったならば、あいつは――」
後は分かるな?とガスパルは視線を送る。
「まさか王国に攻め入るなんて言うんじゃないでしょ」
「忘れるな、黒騎士は既に俺達を国に報告しておる。追われているうちは、あいつの近くに居た方がむしろ安全じゃ」
ガスパルは問いには答えず、そう言った。
「――分かったわ」
ガスパルの一人称が"俺"になっている時、彼は本気で話をしているのをアシュリーは幼少期からの付き合いで知っていた。
既に引き返せない所まで来ているの――ガスパルはそう言っているのだ。
(いいわ、そういう事なら)
危険人物だろうが何だろうが、利用できるうちはなんでも利用する。そうすれば或いは、自分の願いも本当に叶えられるかもしれない。
やがて小枝をかき集めたヤリンと、どこで仕留めてきたのか、大人二人分程はあろうかというブラストボアを浮かせたシュウが戻ってきた。
「ただいま戻りました!」
「おかえりなさい。それからシュウ、私の話を聞いてもらえるかしら」
そうしてアシュリーは、男の名を初めて呼んだ。
「伺おう」




