矜持
年長者達の会話
フィガロス随一の商業都市と呼ばれるコーンロウ、雲一つ無い晴天の昼下がりに町の裏通りを、外套を纏って歩く壮年の男が居た。目的の建物を見つけると、迷う事無く足を踏み入れる。
「あら、いらっしゃい。お食事かしら?」
出迎えたのはここ宿付きレストラン、エンジェルハートの主ルクレツィアである。眩しいスキンヘッドと、遠目に見ても分かる筋肉質な身体にフリルを贅沢にあしらったエプロンをつけて、カウンター越しに客を出迎える。
「では、エールとポテト、サラダと塩もくれ」
「あらマーちゃん、珍しいのね、仕事はオフかしら?」
マーちゃんと呼ばれた男、騎士団長マーズ・グライスラーはルクレツィアの声を無視して正面のカウンター席へ座った。
「追跡中の男を逃がしたのはお前だな?」
マーズは能面のように眉一つ動かさず、ルクレツィアへと問うた。
「やっだぁ何の話かしら」
「トボけるな、お前の元部下達が補足していた対象が、この店を最後に消息を絶っている」
「へぇ――はいエールと、サラダに塩。ポテトもすぐできるから待って頂戴ね」
ルクレツィアは一瞬目を細める、そして剣吞な空気とは裏腹に明るい声で言われたメニューをマーズへと差し出した。対するマーズも、エールを一杯ぐいと飲んだ後、差し出されたサラダに塩を一振りしてフォークで口に運んでいく。
「サラマンダーを倒したのはあの男だろう?黒騎士」
サラダを突きながら、マーズが確信めいた口調で言う。
「あらあら怒らせようとしてそんな言葉を使ってもダメよマーちゃん、はいポテト」
ルクレツィアはにこりと笑いながら、手際よく蒸したポテトを練り上げて、お椀に乗せるとマーズの前に差し出した。
「全て知っている上で見逃すのか?その男は危険だ」
「無いわね」
マーズの言葉を、今度は間髪入れずにルクレツィアは否定する。
「ねぇマーちゃん、ご飯を美味しいって誰かに言った事、あるかしら?」
「何を――」
怪訝な顔をするマーズに、ルクレツィアは慈しむような顔で続けた。
「お腹が満たされていく時、人は最もその内面を浮き彫りにするわ、だから私には分かる。彼があなたの言うような人物でない事は、私の全てを掛けて誓っても良い」
ルクレツィアの言葉に、マーズは無言で咀嚼していたポテトを飲み込むと、深いため息をつく。
「お前が言うならそうなのだろう。だが国の意志は変わらん。どうあっても奴を追うし、庇うというなら貴様も重罪だ」
マーズの言葉にルクレツィアはうふふと笑みを深くした。
「とかなんとか言いながら、黙って捕まえに来ない辺りマーちゃんも随分お人好しね?」
「ふっ、不味いポテトを出して来たら即座に斬っていたぞ」
「もうっそういう言い方よ、い・い・か・た」
マーズは席を立ち、ルクレツィアに背を向ける。
「美味かった、達者でな」
そう言って、マーズは足早にエンジェルハートを去っていった。
「ええ、あなたも」
腰に拳を当てて、溜息をつきながらルクレツィアはその後ろ姿を見送った。
木枠で作った背負い棚に編み籠を乗せて、モズはエンジェルハートへやって来た。
「シュウさんは居るかな?」
先日、モズが組合所に立ち寄ると、シュウに以前紹介した遠征の依頼紙が組合所から廃棄されていた。それは依頼案件の終了を意味しており、シュウが他の傭兵達と既に帰って来ていると判断できたからだ。
稀に失敗や討伐対象の失踪などで期限切れとなって終了してしまう依頼もあるが、シュウに限って依頼の失敗は無さそうだなと、モズは安易に想像していた。
「あら良い所にモズちゃん!いらっしゃい」
店に入ると、店主のルクレツィアが笑顔でモズを迎えてくれた。
「こんにちはルクレツィアさん、シュウさんは居ますか?」
気楽に聞いて、気軽に答えたのだ。
「その事なんだけどちょっと私をお出かけしない?」
「え?はい、構いませんけど――どちらまで?」
ルクレツィアはニッコリと笑って、指をパチンと弾く。
「ちょっとヱビスの方まで亡命しましょ、アタシ達追われちゃうわ」
「――はい?」
ちょっと思考が追いつかなくなったモズは、既に旅支度が終わっていたルクレツィアに連れ出されるような形でコーンロウの町を飛び出す。
馬車に乗って街道を突き進む道中、ルクレツィアによってシュウが国に指名手配された事や、関係者が狙われている事らしき事情を聞いたモズは驚くことしかできない。
「いや、待ってください!ルクレツィアさんは何故そんな事を知っていたんですか?」
「あら言ってなかったかしら、アタシ王国軍の元諜報員なの」
「いや諜報員はそんな情報を漏らしませんって!」
「しょうがないじゃない、漢女のヒミツも複雑なのよ」
計画していた隠居生活と全然違う感じになってしまったが、まんざらでもないオーナーなのでした。




