禁忌
投稿が遅れてすみません。
転職してから土曜日出勤が増えたので、日曜日投稿が多くなりそうです。
一触即発、いやもう既に剣で斬りかかってきていたアシュリーを例によって宙吊りにして、叫び声をあげたガスパルのもとへ近づく。
「くそ!放せ!」
横でアシュリーが喚いている。というか彼女は今まで散々手も足も出なかった事は懲りていないのだろうか。
藻掻いているアシュリーを無視してガスパルに話しかけた。
「どうかしたか?」
ガスパルは手を震わせながらフレイを指差し、口を開いた。
「こ、こいつをどこで手に入れた!?」
「作ったんだよ」
「馬鹿を言うな!神殺しの禁忌をお前如きが作れるはずが無かろう!」
月明かりでも分かる程に凄い剣幕でガスパルは言う。それに驚いたのか、アシュリーは急に大人しくなっていた。
まるでフレイを知っているかのような口ぶりだ。そんなはずは無いが、似たような機体があるのだろうか。
だとしたら今後厄介かもしれない。
「生憎とまるで別物だ。これは母国の設備と技術によって作られた比較的最近の機体だ。その神殺しとやらが何かは知らんが、流石に神様を殺せるとは俺も思っていない」
「む――そうか。まあ、確かに現存しているとは思えん機体じゃからな」
「どういった代物なんだそれは」
「文字通り危険な兵器じゃ。アレは人を狂わせる」
ガスパル曰く、口伝を繋いできた鍛冶師の家系には、妖精機の始祖たるエルフの王達の伝承があるのだという。各部族の王達は、自らの核を用いた妖精機によって、世界を危機に陥れた黒き獣と、それを操る悪神を殺したという。だが同時に、人々は力に溺れて良神とされるノルンをも殺してしまい、悪神の呪いは解けず、世界で黒獣の発生を防ぐ手立てを失ったのだと。
「故にノルン教は、エルフに連なる部族を忌まわしい部族として扱い、王達の機体は禁忌とされておるのだ」
ノルン教とやらはもう死んでいる神を信仰するのか。
というか、神が実在するのか――
「だがこの前出会った騎士団の連中には何も言われなかったぞ」
それどころでは無かったのかもしれないが。
「大昔の機体じゃからな、特徴を知っておるのはワシのような代々鍛冶師をしとる長命種ぐらいよ」
今後人目に付く時に、あらぬ誤解を生む可能性がある事は留意しなければならないようだ。
「ねぇ、ちょっと!」
斜め上の方から声がした。放置していたアシュリーだった。
「もう暴れないから、そろそろ降ろしてくれない?」
「まだ話の途中だ。不意打ちを仕掛けるなら最後にしてくれ」
「しないわよ!」
あまりにも煩いので降ろした。今度斬りかかって来たらいい加減圧し潰してやろうかと思ったが、むしろアシュリーは話に参加してきた。
「――今見聞きした事は報告しないし、あなたを捕まえようともしないから教えて欲しいんだけど、あのサラマンダーはどうしてあなたの所にあるの?」
「襲ってきた連中を追い払う時に鹵獲したんだが」
「乗っていたのは、デナン・スーン隊長で合ってるかしら」
「ああ、そんな名前だったぞ」
「あんなに凄い機体を持っているなら、何故サラマンダーを奪ったの?それに、やろうと思えば聖騎士を返り討ちに――全滅させる事だって出来たはずよ」
頭を冷やす時間があったおかげか、アシュリーは先程より随分と理性的だった。そういう事なら、ここは慎重に言葉を選ぶべきだろう。
「彼らは国を守る騎士なんだろ?無暗に殺して争乱の火種を作ってどうする」
「じゃあ何故機体を奪ったの!?」
「俺は傭兵として、正式な依頼があったから、黒獣の討伐に参加していただけだが、君らの隊が依頼元の白騎士さんに襲い掛かって来た。だから自衛の為に応戦したし、被害も出たから補償として機体を頂いただけだぞ」
「だったら、正式な抗議を国へ挙げてもらえば――」
「反乱を企ててると思われている連中の一味が、そんな事言って信用されるなら随分とめでたい国だ」
アシュリーはまだ何か言いたそうだったが、押し黙った。そこへずっと話を聞いていたヤリンがとてとてと近づいて話しかけようとしているが、一緒についてきたムベベにアシュリーは完全に顔を引き攣らせていた。
次に沈黙を破ったのはガスパルだ。
「それで、ワシに頼みってのはどういう事だ?」
「ああ、それなんだが――俺の機体を修理して欲しい」
やっと本題に入れそうだ。
高速艦の空艇アルゴスはガリア平原の中立地帯とされる大森林を越えて、西へと進路を突き進んでいた。
負傷兵の手当を一通り終えたウィッツが甲板に上がると、風に当たっていた筋骨隆々の傭兵、ダンが歩み寄ってくる。
「おう旦那、お疲れ!」
「ヨロシクナ!」
ダンの声に合わせて肩に乗った鳥のピーちゃんが鳴く。
伝説の傭兵ウィッツ、そのトレードマークたる白い無貌の仮面を見れば、傭兵だけでなく、騎士の者達でさえ畏まってしまう中、ダンはあれ以来ずっと気さくに話しかけ、ウィッツの心の緊張を解していた。
「何か変わりはありましたか?」
「航路も順調、平和そのもの、なんで俺達が逃げてるのか分からんくなる程だぜ」
ダンの言葉に、ウィッツは先刻の出来事を思い返す。
――我々は一度、商国家ヱビスへと亡命する。
白騎士の隊長ユズベルトはそう宣言した。
反乱分子の汚名を着せられ、首都の状況が掴めない今、ノコノコと帰って身を危険に晒す訳にはいかないが、国内で身を隠せるとも思えないからだろう。
それはウィッツにも無難な判断だと思えた。ヱビスは中立国家として高い軍事力と、亡命者に対して寛容な国家だ。国へ強制送還される危険性は少ない。
何より、国境を抜けて中立地帯へ抜けるならば、警備の手薄な今しかない。何を隠そうフィガロス王国の国境を普段警備しているのは、ここにいる白騎士隊であるからして。
部隊を再編され、逃げ道を失う前にユズベルトは行動したのだ。
他の乗組員達で船を降りた者は居なかった。協力者としてどんな嫌疑が掛けられるか分かったものでは無いのだろう。
それにウィッツも同行する事にした。彼らの身の潔白を証明するなら、ウィッツという名前の信用が必要なタイミングが来る予感がしていたからだ。
「浮かない顔だな?」
ダンが話しかけてくる。
「いや見えてないでしょう?」
「いやいや雰囲気でよ、なんとなく感じるぜ」
ダンはそう言って笑う、ウィッツにはそれが本気か冗談かは分からなかった。
「いえ、シュウさんはどうしているかなと」
「大丈夫だろ、あいつ滅茶苦茶強かったんだろ?それに化け物みたいな妖精機が保護するって言ってたじゃねえか」
「ええ」
ウィッツは適当に相槌を打つが、別に心配をしていた訳では無い。
(確かに、似ていた)
それは飛来した妖精機から発せられる声、機械越しで少し声が反響していたが、あれは確かにシュウの声だった。
だが先に逃げた自分達より先に、一体どうやって空洞を脱出し、一体どうやって影さえ無かった妖精機を持ってきたのか――
(元々聖騎士の一味だった?いや、なら聖騎士達も襲った理由が――)
答えの出ない思考の迷路に嵌ったウィッツは、首を振って考えをリセットする。
少なくとも敵では無いならそれでいいと結論付けた。ウィッツの勘は、彼が善人だと告げている。
『もうじきヱビスの国境警備線に近づく、各機武装解除、歩兵は周辺警戒、動ける傭兵の方達も、各々魔物の襲撃に備えておいて下さい』
空艇はいつの間にか、隣国の手前まで差し掛かっていた。
八百万の神、とはいかなくとも、ある種の超越した能力を持つ生命体を神と信仰する種族は多いです。




