政略の波
フィガロス王国:資源に恵まれた世界最大規模の国家であり、最も数多くの妖精機を保有している武装国家。
人間至上主義で、異種族は主権を持てず、各地の交易都市に取引で訪れる商人程度しか見受けられない。
アルゴス級高速戦艦、2番艦ピーフォウルは、轟音と共に火の手を上げ、横腹には大きな穴が穿たれていた。
その様子を、ユズベルトは1番艦アルゴスの甲板から呆然とした表情で見つめていた。
「馬鹿な――」
驚きは、果たして何に対してだったのか。
ディナ・シーの増幅魔法にも堪えてみせる装甲をたった一発で撃ち抜かれた事か、フィガロスが誇る白騎士の戦闘艦を襲うという行為に対してか。
否、ユズベルトを真に驚愕せしめたのは、砲撃をしてきたであろう接近する空艇の、その掲揚された旗である。
青い旗に、銀の剣と梟の目が描かれたそれは、まさにユズベルトが警戒していた聖騎士隊の隊旗であった。
「伝令!副隊長からです!」
駆け寄ってきた部下が、ピーフォウルに居たマードックの報告を伝える。
「被害は甚大、動力室の損害が激しく、乗組員を全員避難させるとのことです」
「非戦闘員はアルゴスへ格納し、残存する妖精機は各機、第2種戦闘配備だ。但しすぐに動けるように持ち場は離れるな」
命令を受け、敬礼を解いた部下が足早に走っていく。
ピーフォウルが被弾してから、相手の空艇は距離を詰めるばかりで二の矢を撃ってこない。あれほどの砲撃ならば、いつでもこちらを沈められるにも関わらずにだ。
それに加えて、あれほどの高威力な魔法は量産機のディナ・シーが扱える魔素量を遥かに超えている。そもそも妖精機の運用部隊では無い聖騎士隊が、何故そんな代物を手にしているのか、そもそもあれは本物の聖騎士隊なのか――
疑念は尽きないが、そうこうしている間にも空艇の距離はどんどん縮まり、相手の甲板が目視できる程の距離まで近づいた時、ユズベルトはその光景に衝撃が走った。
「やはり先程の魔法はそれか!」
空艇の甲板には一機の妖精機が佇んでいた。朱色の装甲、猛禽類を思わせるような頭部から覗かせるのは、青く鋭い双眸。それはユズベルトがよく知る機体だった。
妖精機サラマンダー、元素機と呼ばれる位を冠する妖精の、特別な核が使用された機体。黒核を使うような量産機と違い、出力も核の耐久性も上回る特機だ。
そのサラマンダーから、拡声魔法によってファルク村に声が響き渡る。
『聞け!我が名はフィガロス王国軍の聖騎士隊長デナン・スーン、此度貴公ら白騎士隊には国家反逆罪の嫌疑がかけられており、身柄を拘束せよとの命を受けている。この妖精機はその為に陛下から下賜された正真正銘の真機である。先程の魔法によってその力は理解できているはずだ。下手な考えは起こさず、武装を解除し投降せよ』
咄嗟にユズベルトは走った。
操舵室へ辿り着き、拡声器を取り叫ぶ。
「こちら白騎士隊、隊長のユズベルトだ。突然の事で我々も混乱している。我らも事を荒立てるつもりは無いが、嫌疑に至った経緯と具体的な内容の説明を願いたい!」
『ふん、白を切るつもりか?嫌疑というが、既に調べはついているのだ。貴公らは黒獣を秘密裏に捕獲してファルク村を滅ぼし、地下鉱脈を独占した上で私兵組織を作ろうとしているとな』
「そんな馬鹿な!」
ユズベルトは耳を疑った。
無茶苦茶な嫌疑もさることながら、何故これほど早く秘匿した情報が漏れているのか――
否、傭兵組合への通達時間を考えても、聖騎士隊が妖精機を配備させてファルク村へ到着するタイミングがあまりにも早すぎる。そもそも妖精機はごく少数か保有していない聖騎士隊が何故サラマンダーを下賜されているのか、その一報すら届いていないのだ。
「――私は、謀られたのか」
考えられるとすれば、このファルク村での一件は貴族派が仕組んでいた可能性である。
『ふん、誤魔化すつもりか!貴様が小型の黒獣を理由にして私兵を雇い我ら聖騎士隊を遠ざけ、鉱脈の存在を隠蔽しようとしている事は分かっているのだ』
「だったら何故、貴殿らは私も知らない鉱脈の存在を――」
『見ろ、自ら証拠が歩いてきたではないか』
見下ろせば、地下空洞から出てきた傭兵達と共に、輜重兵が魔鉱を積んだ荷車を引いて地上へ出てきていた。
「っ――あれは我々の物では無い!報酬として彼らが自力で採掘した物だ!」
『なるほど、そうやって公に出ない経路で軍備を蓄えている訳だ。考えたな』
これは駄目だとユズベルトは理解した。
デナンは説得できない――
権謀術数に長けた男では無い。だが貴族派の中でも中核を担うガーランド公爵家へ対する忠誠を絶対とする男だ。仮に公爵家が謀殺を企てたというのなら、デナンは最も信用できる協力者という事になる。
ユズベルトは一時の沈黙のうえ、声を出す。
「分かった――」
だがそれは、投降の合図では無かった。
「全機通達、武装励起!目標は敵艦のサラマンダー!これより本艦は現区域を離脱する!」
メインセイルが発光し、空艇アルゴスは風を受けて即座に移動を開始する。同時に甲板へと躍り出た妖精機達が、肩や腰部に懸架した砲筒から、増幅術式によって強化された火球を雨のように打ち出していく。
死人に口無し――白騎士隊の主力壊滅は、今貴族派にとって最も都合が良いであろう。
故に投降などありえない。
仮にそれが、どんなに絶望的な戦いと分かっていても。




