八 落ち武者
高い位置から見下ろしていた。
左手には細く高く伸びる杉山。その裾に添って延々と続く細い道。道の反対側は断崖で、遥かに下を川が流れている。
今と、地形が違う。
そうか、昔はこの川沿いの土地はこんな形をしていたのか。
私は妙に納得し、空の高みから、ぼんやりとその見覚えがあるようでないような、山道を見ていた。
夕闇の迫る山道を、馬が駆けっていた。その背に鎧姿の武士が乗っかっている。背中に、矢が何本も刺さっていた。
まだ生きているのだろうか……。
馬の手綱を取っているとは思えない。
もう死んでいるのだろうか……。
その武者の身体は、ずるりと馬から離れ、道沿いの断崖へ落ちていった。そして川岸に幾つも連なった、大きな岩石のひとつに叩き付けられた。馬は、主のないまま駆け続けていた。
私は、岩上のその壊れた武者人形のような姿態を、ただ見下ろしていた。
これは夢だ。
私は、幽霊も、あの世も、天国も、地獄も信じない。
信じる宗教で変わる魂の楽園も、自分の知識の枠をでない、都合の良すぎる臨死体験も、信じない。
もし、ひとの魂に帰る場所があるとするなら、それはこの膨大な記憶の海の中だろう。
私はただ、この土地の記憶を見ているだけ。
かつて生きていた人々の刻みつけられた想いを見ている。
そこに意味なんてない。
記憶は記憶でしかないのだから。
人の少ない山の中なら、そんな記憶も少なかろうとここへ来た。
どこも同じだった。
ひとの住む場所である以上、想いを残さぬひとなどいない。
凄惨な記憶を持たぬ土地などない。
それが、人類の歩んできた歴史だ。
私は台所の椅子に腰かけ、開け放たれた窓からゆらゆらと風にそよぐ曼殊沙華を眺めた。
毒々しいほどに紅いその花は、炎のように花びらを立ち上げ咲き誇る。
花をなぶる風に乗って、意識が拡散していく。
記憶の海に引き込まれ、溺れる。
息をすることさえ忘れてしまいそうな静寂の中、私はまた、誰かの声に耳を澄ませる。
子どもたちの通ったこの山中の学校は、上の子の卒業を待たずして国の施策で統廃合され、今はもうない。
私たちは、他府県の別の学校へ転校した。
私たちの暮らしたあの青い屋根の家はどうしているだろう?
きっと誰かが住みついて、萌え出る緑の照らすあの部屋で、漂う私の記憶の夢を見ているに違いない。