エヴァン 09
「…せっかく第二王子殿下から火龍の鱗を戴いたのに、ただの飾りにしてしまわれるなんて…」
ぼそりと不満げにつぶやかれた言葉にエヴァンが振り返ると、撫すくれたウィルがいた。
大人しいウィルがこんなに人の好き嫌いを出すなど珍しくて目を丸くする。
サクラは気にした風もなく笑う。
「ただの飾りだなんて。一応、自動防御機能と迎撃機能は装備されておりますよ」
「…は?」
「私が私の可愛い殿下にただの飾りを与えるとでも?いじましくも私の心配までしてくださった、優しくて可愛らしい殿下に?まさか。最低でも、この鱗の持ち主の装甲を突破するほどの物理的攻撃力、もしくは私の結界を破壊できるほどの魔法的攻撃力のどちらかでもクリアしていなければ殿下に攻撃は届きませんよ」
竜族の上位種族たる龍族、火龍の装甲を貫く物理攻撃なんて英雄クラスが相応の武器を装備して万全の状態でなければ無理だ。
彼女の結界がどれほどのものか知らないが、聖女の天使も一目置くと聞く人外なのだから生半なモノではないだろう。
そんなものを一瞬で作り上げたサクラに、エヴァンはそっと鳥肌を立てながら気づいた。
「そういえば…サクラ、言葉が上手くなったね?」
ふとオズが言い出した。
「ええ。今日1日で随分と語彙が増えました。語彙力豊かな方々が数多く尋ねて来て下さったおかげですね」
「他人を侵食して…か。寄生虫の様だな」
ウィルには珍しく嫌悪感たっぷりに吐き捨てる様子に、エヴァンは眉をひそめる。
ウィルが他者をこんなに悪し様に言うなんて。
そういえば、ウィルの姿に化けた自称怪しいモノは、本体がオズの側にあるとか言っていたか。
…仲良くないのだろうか?
「ウィル」
咎める様に名を呼ぶオズに、ウィルは拗ねた様な顔をしてそれでも会釈した。
用意がされて、昨夜の晩餐よりずっと上品な感じに始まった茶会の席だが、エヴァンはあまり面白くなかった。
それというのも。
「イーサンさんは、どうやって鍛えてるんですか?」
「…普通に剣振ったりとか」
「あの、オレも剣を習っているのでもし宜しければ、後ほど手ほどきをしていただけませんか?」
「…時間があったらな」
「は、はい!」
「ウィルいいなぁ」
「神殿の中庭なら殿下もぜひご一緒に…あ、大丈夫ですか?」
「……許可が下りたら」
いつもなら自分に向けられているはずの尊敬と憧れに輝く可愛い二人の弟分の目が、なぜかイーサンに集中しているからだった。
「あの、腕を触らせていただいても?」
恥ずかしげにほおを染めながら上目遣いで見上げるオズは可愛い。
いくらでも!と、自分に言ってくれたら応えるのに、その言葉を向けられたのはイーサンだった。
何だかムカムカする。
剣なら俺が教えるのに。
仲間と弟が仲良くしてくれるのは大歓迎のはずなのに、素直に喜べないのはなんでだ?
「わぁ…!硬い、大きい…!」
ペタペタオズの小さな手がイーサンの二の腕に触れるたびに、胸の内がクサクサしてくる。
自分だとて子供の頃は騎士達の隆々とした筋肉の立派な体格に憧れたから、彼らの気持ちはわからないでもない。
だが、面白くはなかった。
筋肉か?
目に見えてぶっとい筋肉がつけばいいのか?
ただ残念ながら、エヴァンに限らず父も兄も筋肉がつきにくい体質であった。
おそらく、そう大きくない聖女を母に持つオズだってそうだろう。
「…ックソ!やはり筋肉なのか?剣も力も俺だって負けないのに…!」
単純な力比べなら、体格差があってもイーサンに負けないのに。
エヴァンは鍛えていてもまだまだ騎士達ほど立派な体格になれていない自分の腕を見て、悔しくて歯噛みした。
++++++
「エヴァンがみっともない事になってる」
ため息まじりに上品さのかけらもなく茶菓子を口に放り込むアンドリアに、ハンナもサクラも笑った。
「お気に入りのオモチャを取られた子供みたいですね」
「ふふ。愛らしいこと」
サクラの言葉に、アンドリアは目をすがめた。
「それは、弟君が、という意味よね?」
アンドリアからしたらかなり怪しいモノは、クスクス微笑む。
「みなさん、ですよ。仲良きことは美しきかなとも、申しますしね」
まるきり子供にしか見えないサクラが言うには、違和感しかない言葉だった。
サクラと同じくらいの妹もいるアンドリアには、この物言いがこまっしゃくれた子供の発言の様に聞こえて眉を顰めた。
「ガキがなぁに言ってんの」
グリグリ小さな頭を乱暴にかき混ぜるアンドリアを、ハンナが止めた。
「聖霊に何をしているの!失礼でしょう!?」
「はあ?」
何を、とアンドリアが訳のわからないことを言い出す仲間に首をかしげる。
ぐちゃぐちゃにかき混ぜたせいで綺麗に整えられていた髪は酷い有様だったが、まだ綺麗な貴族の少女に見える。
人外らしい力も見たが、訳のわからない力を使うという意味では、ハンナもサクラも変わらない。
さらに言えば、魔法使いと法術使いの違いもわからない自分に人外か否かなんてわからない。
エヴァンも警戒していたけど、何をそんなに怖がる必要があるのか分からなかった。
「せーれーとか言われても」
「アンよりずっと年上の方よ。敬いなさい」
アンドリアの手から引き離したサクラの髪を梳きながら、ハンナがぷりぷりほおを膨らます。
されるがままに髪を梳かれ、結いあげられるサクラは、やっぱり普通の少女に見えた。
「タダのガキじゃん」
「聖霊の外見に年齢は反映されないものです」
ハンナはそう言ったが、アンドリアには疑わしくてたまらない。
「へぇ?じゃあ、お嬢ちゃん幾つ?」
懐疑的なアンドリアの声が聞こえたのか、男どもも振り返った。
「そういえば、サクラは幾つなの?」
「まぁ、殿下。女性に年齢を尋ねてはいけませんわ」
サクラが揶揄うように言うのに、弟君が目を丸くする。
「サクラ、女の子なの?」
ぶは!と吹き出したのはウィルで、サクラは両手で顔を覆ってしまった。
「弟くん、それは酷いんじゃないか?」
いくら子供の言葉とはいえ、小さな少女がかわいそうで、アンドリアはむっつりと顔をしかめる。
仲間たちもアンドリアと同意見の様で、余り良い顔はしていなかった。
「え、そうですか?」
「いえいえ…殿下は何も悪くありませんとも」
肩を小刻みに震わせながら言ったサクラの顔は、アンドリア達の予想に反して笑顔だった。
ポカンと口を開けて見る。
「そうですね。“おばあちゃん”でも“おじさん”でも、お好きにお呼びくださいな。人に換算しても、貴方方の父親よりも年下という事もありませんし、我らにしてみれば性別など些事です」
「マジか」
クスクスと少女の姿の人外が笑う。
「マジです」




