エヴァン 07
小さな子供だった。
両方まとめても片手で掴めそうな腕、どうやって頭を支えてるのか不安になる細い首、太腿より細そうな腰、風で飛んでいきそうな小さな体。
ホヅマ(白桃に似た果実。完熟すると皮が薔薇色で実が薄紅色になる。)の完熟した実のように甘そうな頬。
飴細工のように美しい若草色の瞳。
蜘蛛の糸より細く、フェンリルの毛皮より艶やかで豊かな髪。
どこもかしこも、武骨な自分なんかが触れたら壊れそうなほど儚い硝子細工みたいな少女だった。
だから、オズに紹介されてとっさに一歩引いたのは、むしろ俺からその少女を守るための防衛本能みたいなものだったはずだ。
「…エヴァン兄様?」
「っ、あー…。うん。…ハジメマシテ。オズの二番目の兄で、エヴァン。エヴァンジェリスタ・W・モンス」
「お会いできて光栄です。第二王子殿下。このたび第三王子殿下が配下の末席に加えていただきました、サクラと申します」
騎士の礼をとって手を差し伸べると、小さな少女は淑女の礼をしてその小さな手を重ねてきた。
上品な花の香りのする指先にそっと触れるか触れないかのキスを贈る。
指先にちょこんと乗った花弁のように柔らかな手を握りつぶしてしまわないかと、怖かった。
無事、握りつぶしたりせずに少女の手を開放できてほっとした。
可愛い弟の手前、そんな臆病なところなど、おくびにも出せはしないが。
「ちょうどよかった。俺も紹介したい奴らを連れてきたんだ」
ほっとしたついでに、仲間も紹介しようと明るい声を出す。
そういって振り返った従臣と仲間たちは、なんとも微妙な顔をしていた。
……何だよその顔。言いたいことがあるなら言えよ。
「いえ、別に」
「…あたしの妹たちには今後一切近寄らないでね?」
「どおりで酒場のねぇちゃんに言い寄られても平然としてるわけだ」
「そういう趣味でしたか…」
…何だってんだ?まったく。
首をかしげながらも、順番に紹介していく。
「俺の従臣のライリー。ライリー・アルダーソン」
「俺はウィルと違って、最近はちっとも御傍に侍ることはありませんが。どこかの誰かは、第三王子殿下と違って一人で飛んで行ってしまわれるので」
…申し訳ない。
オズとウィルも、そんな笑いをこらえなくてもいいぞ?
「、パーティーメンバーの、アンドリア」
「斥候を担当してる。はじめまして、弟くん」
よろしく、とアンドリアの差し出した手を躊躇いもなく握るオズたちに、差し出した彼女の方がうろたえていた。
「同じく、イーサン」
「ども」
こちらも礼儀を無視して軽く頭を下げるだけのイーサンを、寛大に微笑んでみて…って、なんか目が輝いてる風に見えるんだが、なんでだ?
「と、ハンナだ」
「お会いできて光栄です、猊下。聖光教会エーゲイラス支部に所属しておりました、ハンナと申します。エヴァンジェリスタ殿下の采配のもと、恐れ多くも回復を担当させていただいております」
ハンナは王宮の礼儀にも詳しいから、折り目正しく神官の礼をして見せた。
たぶんオズたちが、一番見慣れているものだ。
オズはそんなハンナの礼を見て、苦笑する。
「…はい。音に聞く高名な冒険者である皆様とお会いできて、わたくしも、うれしく思います。皆様の行く先に神の祝福があらんことを…」
「っ!馬鹿、ハンナ!オズも、やめろ。馬鹿!」
ハンナの顔をあげさせ、オズがいつものように祝福を施そうとするのを手を引いて止める。
「何のためにこんな、誰もいない時間狙ってきてると思ってるんだ、馬鹿!教皇候補のありがたい祝福を受けたくて来たわけじゃねぇだろ!オズもオズだ!今お前は聖女の息子の教皇候補じゃなくて、俺の弟のオズなの!わかったか、この馬鹿ども!」
二人が目を丸くして瞬く。
「おや、まぁ」
沈黙の上をころころと笑う幼子の声が転がる。
「よかったですねぇ、殿下。お兄様とご友人が、“おたんじょうびおめでとう”と言いに来てくださいましたよ」
サクラという名の幼女の声だ。子供の声なのに、言い方がなんだか乳母に似ていると思う。
オズがサクラを見て、二三度瞬きをすると、目元からじわじわ首まで赤くなった。
「…え?そう、なの?」
「ええ。さっき、お兄様が仰っていらしたでしょう?祝福を受けに来たわけじゃないって。だとしたら、要件なんて一つです」
「そうかなぁ?」
いや、うん。
サクラのいってることは正しいが、オズのいうこともわかる。
エヴァンたちはサクラのまさに言うとおり、おめでとうと言いに来たのだが、普通はそれだけの要件では来ないだろう。
というか、神殿までそれだけの要件で普通は通してもらえるわけがない。
だが、サクラは自信満々に答える。
「そうですとも」
サクラの言葉を受けて、チラリとオズが上目遣いに落ちらを見上げてきた。
「・・・ほんとうに?」
耳も首まで真っ赤にしてもじもじする弟が可愛い。
叫びだしたい。違う。
「…ああ。“お誕生日おめでとう”オズ」
そういうと、オズは、さらに真っ赤になって泣きそうな顔をしてサクラを振り返った。
何故だ。
え、ふつうここは笑ってハグじゃないのか?
「サクラ!」
「笑って、ありがとうと、言えばいいんですよ」
サクラの謎のアドヴァイスにより、オズがもう一度真っ赤な顔で振り返ってくれた。
「ありがとう。エヴァン兄様、大好き!」
思わずこぶしを握った。
「…俺、今なら一人でエンシェントドラゴン倒せると思う」
「…殿下」
「無理だろ」
「末期ですね」
「妹たちの視界にも入らないで」
きょとんと首をかしげた可愛い弟に、サクラが微笑みかけた。
「殿下が喜んでくれて、お兄様もとっても嬉しいそうですよ」
「そうなの?」
「そうですとも」
「…意訳が、ヒドイ」




