エヴァン 06
ちょっと短いですが。
「お待ちしておりました。エヴァン殿下」
扉を開いてすぐ頭を下げていたのは、つい今しがた取り逃がした怪しいモノそのものの少年だった。
ぎくりとアンドリアたちの体が、つい強張る。
さすがのエヴァンも、笑顔が引きつっている。
「ウィル…だよな?」
エヴァンの確認に、少年は若草色の瞳をきょとんと瞬く。
「?はい。ウィリアム・エクエスですが…」
「うん。そうだよな…悪い。大きくなったな」
エヴァンが取り繕うようにガシガシと少年の頭をなでると、少年はうれしげに頬を染めて笑う。
それだけの反応で、納得した。
これはあれとは違う。
「殿下も…オズワルド様も大層成長されています」
そう言い、促すウィルに従う形で扉の敷居を一行がまたぐ。
その瞬間、彼らは室内の異様さを感じて眉を顰めた。
ハンナは、薄暗い室内から日の照りつける屋外へ出た様な目眩のする眩しさとして。
アンドリアは、清廉でありながら蒸せ返るような濃密な何かの芳香として。
イーサンは、肌を刺す様な威圧に似た圧倒的な何者かの気配として。
エヴァンとライリーは、ソレの正体を知っていたが、肌に纏わり付く不快感の様に受け止めた。
「エヴァン…?」
「兄様!」
仲間が違和感について問い質そうと小声でエヴァンに語り掛けると同時に、声代わり前の少年の声が遮る。
声のした方に目を向けてみれば、驚く事に、目の前には階段状の舞台があり、その一番上に設置された白亜の椅子から少年が駆け下りてくるところだった。
扉からその舞台はちょうど真正面にあり、扉を開いた時点でそれらに気付いて居なければ可笑しいのに。
少年の声が聞こえるまで、認識してすらいなかった。
「エヴァン…!」
ゾッと総毛立って悲鳴じみた声音で、エヴァンを呼べば、彼は苦笑した。
「危険は無い。結界を越えたからだよ」
結界。
その言葉で、3人は先程の違和感の正体を知る。
認識阻害を兼ねた結界だったのだろう。
そうとなれば、本当の意味での神殿は、この先という事か。
シャラシャラと最高位を示す虹色に輝く金の飾りを鳴らして駆け寄る少年が、酷く浮世離れして見えた。
「久しぶり。オズワルド」
「はい。お久しゅうございます。遠くより兄様の高名な武勇はお伺いしております。つい先頃には、飛竜を討伐なされたとか。お怪我もなくご健勝そうでなによりです」
薔薇色の大理石のような頬を高揚に染めて、まるで憧れの騎士を見上げる姫君のような美少女然とした少年に、初対面の3人は悟った。
あ、コレはエヴァンが彼女作らないのも無理無いわ。と。
城下で御忍びとして活動しているエヴァンが、モテない訳がない。
身分を隠しているとはいえ、顔面偏差値は抜きん出ているし、腕っぷしも強い。
貴族教育の賜物か、女性にも優しくて、気風も良い。
かく言うハンナだって(今では人生での汚点としか思っていないが)、残念週漂う中身を知る前は一度ならず胸を高鳴らせた経験がある。
だが何故か、エヴァンは特定の人を作った事がなかった。
王城に連れてこられて身分を知っ時は、下手な女性に手を出してはいけないのだろうと思っていたが、どうやらこれは違うらしいと、目配せをして頷きあった。
未だ少年の柔らかさの面影のある精悍なエヴァンの顔が、デレデレである。
エヴァンにソックリとはいえ妹君に会った時にはキリッとしていたのに、弟に、美少女を前にしてどう見ても脂下がっている。
舌打ちでもしたい気分だ。
「…殿下」
か細い少女の声がして周囲を見渡すと、舞台の上で美幼女が半泣きだった。
純白のシフォンドレスを纏った、夢のように美しい幼女だった。薄紅色の長い髪が床について渦を巻いている。
精巧なビスクドールのように愛くるしい顔が悲しげに歪んでいるのが胸にいたい。
極上の緑柱石の如く輝く大きな瞳はうるんで、今にもしずくがこぼれそうだった。
「あ、サクラ!」
オズワルドが声を上げる。
「おいていかないでくださいまし。サクラはひとりでおりられません」
涼しげな耳障りの良い声音で、幼女が訴える。
「ごめんね?…おいで、サクラ」
オズワルドが片手を差し出して舞台下から呼ぶと、幼女の姿が一瞬掻き消えて、オズワルドの手を取って現れた。
「ご紹介しますね。僕の従樹で“サクラ”と言います」
にっこり微笑む二人を見て、ハンナたちは目を丸くし、先日から通して思っていた一つのことを確信した。
王城というのは、常識の通じないところなんだと。




