エヴァン 05
◇◇◇
「ですから、拝謁の許可はいただいているのです。通していただきたい」
「こちらといたしましても、第二王子殿下やその従者であるライリー殿はともかく…ねぇ?」
神殿に弟を訪ねて半刻は経っている。
エヴァンは苛立ちのまま怒鳴り散らしてしまいそうで、歯をくいしばった。
ぎしり、と鳴った音にライリーがエヴァンの限界を悟り、なおさら焦って言葉を重ねるが、神官たちはのらりくらりと要領を得ない言葉を紡いで一向に通してはくれない。
「何度も言うようですが、そのような下賤なクロや獣を神殿内に入れて汚されては困るのですよ」
「なっ…!こちらの方々はエヴァン様のお仲間です!」
神官の言葉にライリーが熱り立つが、大きく溜息を吐いてアンドリアが「あー、もう!」と割り込んでくる。
「いいじゃん。エヴァン、弟くんに会ってくれば。あたしらは別に、」
「ダメだ!」
アンドリアの言葉を遮るようにエヴァンが叫ぶ。
何よりライリーやエヴァンが怒るほど、侮辱された当人達は気にしていないらしいのが、エヴァンには口惜しくてたまらない。
言い返そうと口を開きかけた時、場違いな幼い声が聞こえた。
「神殿の前で、何を騒いでいらっしゃるのですか?」
金茶色の髪に幾分吊り上がった若草色の瞳の少年だった。すっきりとした飾り気のない白の神官服の右肩から、高位を示す銅色の飾紐が一筋流れている。
「ウィル!」
「エクエス司祭!」
エヴァンと神官たちが同時に声を上げたが、その声音は全く逆だった。
神官たちは顔色を悪くして即座に膝をつき、高位のものに対する礼をとる。
エヴァンは先ほどとは打って変わって、喜色を前面に手を広げた。
「久しぶり!大きくなったなぁ!もう俺と変わらないんじゃないのか?」
アンドリアは得体のしれない少年の登場に気づかれない程度目を細めた。
知り合いなのかエヴァンはすっかり歓迎ムードだが、神官なんて(ハンナ以外)どれも似たようなものだ。
彼が来たからと言って、何が変わるわけでもないだろうに。
アンドリアだけでなく、イーサンもきっと同じ感想を抱いているだろう。
彼らより神官たちの内情に詳しいハンナは、どうだかわからないが。
「オズに会いに行こうとしたんだが、通してくれないんだ!」
あきれたことにエヴァンは少年に言えば自身の主張が通ると思い込んでいるらしく、彼にそう訴えた。
しかも今知った。エヴァンの弟は、オズというらしい。
エヴァンの訴えに少年は若草色の目を二度瞬いて、神官たちを見て、エヴァンの後ろにいるアンドリアたちを見て一つ頷いた。
「…なるほど」
「まさかお前は、俺たちがその扉をくぐれないなんて言わないよな?」
にやりと笑うエヴァンに、少年は苦笑を返した。
「まさか。オズワルド殿下がお待ちです。どうぞお入りください。」
少年の言葉に慌てたのは、神官たちだった。
「お、お待ちください!神聖なる聖域にそのように汚らわしぃ…ひっ!」
冷え冷えと神官たちを睥睨する若草色の瞳に、息をのんだ。
「『生きとし生けるもの全てに天界の門は開かれる。』平等に、公平に。では、この扉が平等に開かれない理由は?」
最初の一文は聖典からの引用なのだろう。
教養として学んだことのあるエヴァンとハンナ、そして神官たちにしか理解できなかったが、言いたいことは明確だった。
「何より、殿下がそれを望まれた。貴方方に拒む権利が?」
神官たちは顔色を悪くして沈黙するしかなかった。
「いやぁ、助かった!来てくれてありがとうな!」
「どういたしまして。ですが、お連れ様がいらっしゃるのでしたら先に言っておいていただければこちらからお迎えに上がりましたものを」
「それじゃぁサプライズにならないだろ?」
「すまないな、ウィル。俺からも礼を言う」
「いいえ。お気になさらず。アルダーソン卿もお疲れ様です」
ライリーも少年の知り合いらしく、三人は和気藹々と神殿内をずんずん進んでいく。
通り過ぎる廊下の角や部屋から視線が突き刺さるのを、彼らはちっとも気に留めていないらしい。
大きな角を3つ程過ぎて、そろそろ人目も少なくなった頃にようやくハンナが口を開いた。
「…エヴァン、そちらの方はお知り合いですか?」
「うん?ああ、そうだな」
ハンナの言葉に頷くアンドリア達を見て、エヴァンが視線を少年に向ける。
「お前、何?」
「「「……はぁ!?」」」
3人は思わず呆れて声を上げた。アレだけ馴れ馴れしく親しげな会話をしていながら、エヴァンは少年を知らないらしい。
「その姿はオズワルド殿下の従者、ウィリアム・エクエスそのものですが、彼はもう少し可愛げがある。エヴァン殿下に諫言を申し上げるような弁えない行為を彼はしません」
先ほどまで同じように親しげに声をかけていたライリーも、視線だけ色をなくしている。
「何より、登場が唐突過ぎる。俺たちの誰にも気付かれずに神官の背後に立つってどんな超人だよ。扉も開いてないのに」
彼らの温度のない視線を浴びて、少年は不敵に笑った。
「なるほど。第二王子殿下はちょっと足りないと前評判だったが、なかなかどうして。その問いはとても正しい。慧眼でいらっしゃる」
なかなかどうして、慇懃無礼だった。
「敢えてこう言おう。私は怪しいモノだよ」
鼻白む一同に、少年は楽しげに笑う。
「さて、案内は終わりだ。その扉の向こうにあの子はいるよ」
そう言って、少年が指し示したのは神殿内でも立派な扉だった。
「本体はあの子の側にある。紹介が必要なら彼に頼むのだね。それから、従者くんの姿を借りたのはイヤガラセだと彼に伝えてくれ」
じゃあねーと軽く手を振って、少年の姿を借りた怪しいモノは消えた。
「…どう見ても怪しかったが、捕まえなくて良かったのか?」
呆然と見送ってしまってから、イーサンがつぶやく。
その言葉に、だってとアンドリアが唇を尖らす。
「エヴァンが動かないから」
「そうですね」
「え?俺のせい?」
「そうですね。一応貴方が責任者ですから。一応」
エヴァンは、思わずハンナを凝視して睨まれた。
「大丈夫です。神殿内に邪悪なモノは存在出来ませんから」
ライリーが笑ってフォローする。
「だって」
そう言って笑うエヴァンを、3人はねめつけた。




