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エヴァン 03

※エヴァンのパーティハンナさん視点。

いや、いやいやいやいやいやいやいや。

ちょっとまて。なんかヤバいのがいる。

しかも複数。

侵食危うくばれそうになって手を引いたけどさ。

思わずオズの袖ひいちゃったじゃん。

「どうしたの?」

って、王子様上目使いとか分かってるね!テラカワユス。

何か(・・)が、来ます』

表面上は何もないと首を振りつつ、念話を送る。

オズは突然の念話に驚いたようだが、動揺を表には見せなかった。偉いね。

俺?俺は内心の動揺なんざ、欠片も見せませんよ。

伊達に〇年も接客やってませんからね!

腹の中で糞ミソ言ってたって表情筋微笑みの形に固定したままにできますともさ。

やろうと思えば一切話を聞かずにいかにも聞いている風を装った“申し訳なさそうな表情”で相槌討ちつつ延々「申し訳ございません」とゴリ押し連呼できる。無駄な特技だね!

何か(・・)?』

べらべら口上をのべつ幕無し述べるおっさんのほうに視線を戻して平静を装うオズから念話が来る。

モチツケ俺。

今は“なんかヤバいの”だ。

どうしよう、なんかヤバいのがいるよ。

『わかりません。炎のような何か(・・)です』

魔力自体はオズよりだいぶ小さいけど、なんか怖い。

魔力の感じが暴力特化っていうか、刺々しい感じがする。

『炎…?穢れ(・・)ではないんだよね?』

『ええ。穢れてはおりません(・・・・・・・・・)

そうなんだよ。ドロッと嫌な感じがするモノじゃないが、天使より得体が知れない分怖い。

侵食できないから万が一の時対処できないし。

マジ勘弁。




◇◇◇





「…で、女の子らしいんだけど、どうしよう」

白銀の髪をシャンデリアの明かりにキラキラと輝かせた男がその瑠璃色の瞳に真剣な光を帯びて言う。

男―――リチャード・モンスは王太子でありながら、暴虐の限りを尽くした先代魔王を討伐せしめた英雄であった。第一位王位継承者であったが、その類稀なる魔剣士としての才を奈何なく発揮し、魔王の討伐隊に志願したのだ。当時すでに第一・第二王子という後継を得ていたこともあり、彼は討伐隊に加わり、先陣を切って待王城へと切り込み、見事先代魔王を打ち取った。

その栄誉をたたえ、即位の際には国中が、いや、世界中が彼を“英雄王”として喜んで迎えたと、市井では謳われている。

そのリチャードは今、往年からさらに貫録を増した体を煌びやかでありながら頑健な印象の椅子に深く腰を落ち着け、悩ましくその太く凛々しい眉をしかめる姿はさすが英雄王と言わざるを得ないほどだ。

ただし、その雄々しい雄たけびを上げるにふさわしい口から零れるその口に相応しくない(・・・・・・・・・・)言葉を考慮に入れなければ、という但し書きが付く。

「オズたん、お嫁に行っちゃうのかな?“今までお世話になりました、父上”とか言われたら、パパ泣いちゃう」

「言われるほど“お世話”してねぇだろ」

「相変わらず気持ちの悪い男ですね」

「自分で“パパ”とか、キモ」

「オズワルドは男ですのでお嫁には行きません。保護者の承諾なしに婚姻可能な年齢でもありませんし、第一、従獣を従えただけです。父上は悠然と構えて寿ぎ、労えばよろしいかと」

武骨な両手に顔をうずめたリチャードに対し、彼の家族が冷たい言葉を投げつける。

マナーなど無視した仕草で骨付き肉を噛み千切りながら第二王子(エヴァン)が辛辣に吐き捨てると、彼女の子供たちとよく似た真っ赤な髪を結い上げた第二王妃(スカルヴェニア)が新緑の瞳を汚物を見るかのように眇め、第二王子とそっくりの第一王女(ヴィクトリア)がこれ以上ないというくらいに顔をしかめて吐き捨てた。

第一王子(アルフォンス)だけが、父親によく似た白銀の髪をさらりと揺らしてフォローらしき言葉を口にする。

「アル…そうだな。私は、あの子の“父上”なのだからしっかりしないとな」

つれない家族の言葉に蒼褪めていたリチャードは、アルフォンスの言葉ににじんだ涙をぬぐってほほ笑む。

「わかってくださってよかった。これ以上駄々をこねるようなら、父上の謁見は中止にしないといけないところでした」

「そんな!パパだってかわいい息子に会いたい!」

「毎度父上の情けない態度のフォローをするこちらの身にもなってください。いい年した男の泣き顔など、虫唾が走ります」

「ああ、確かに」

「アルフォンスはシルヴィア(第一王妃)に似てしっかりしているから手助かるわ」

「アル兄様、いつもご苦労さまです」

「家族が…冷たいっ!!」


おいおい泣く英雄王の姿に、アンドリア、イーサン、ハンナの三名は遠い目をして薄く笑った。

彼らは、音に聞く英雄王の冒険譚を、人類の希望の物語を、リアルタイムで子供ながらに見聞きしていた世代だ。

当然、英雄王に対するあこがれもあったし、態々人には言わないがそれがもとで冒険者として身を立てていこうと志したという事実だってある。

その、憧れの英雄王(・・・・・・)の実態がこれ(・・)だなんて。

(((他のギルドの奴らには言えないな))ませんわね)

確かに晩餐自体は気さくで(気さくすぎるが)マナーなど気にしなくてよいが、そんなこと、気にならないくらいの衝撃を受けてしまった三人だった。

緊張とは違う意味で、きれいに盛り付けられた豪華な食事の味もわからない。

「どうしたんだ、三人とも?口に合わなかったのか?」

常にない三人の様子に訝るエヴァンを、三人は恨めしく思う。

こんな実態など、知らなければよかったと。

だが、三人がエヴァンに恨みがましい視線をくれてやる前に、アルフォンスから助け舟が来た。

「エヴァン。彼らは今、夢と現実の落差に戸惑っているんだ。もう少し心の整理をつける時間を差し上げろ」

「夢と、現実…?」

「アル兄様、どういう意味ですか?」

きょとんと眼を瞬く赤毛の兄妹に、その母親はなるほど、と声を上げた。

「市井の噂や吟遊詩人の歌では、そこのヘタレが英雄のように謳われている件でしょう」

スカルヴェニアの鼻で笑う様な辛辣な言葉に、ヴィクトリアは首を傾げ、エヴァンは声を上げて笑う。

「ああ!あれは笑った。なんだお前ら、あんなの(・・・・)を信じていたのか?」

「…我々平民が聞けるのはそれくらいだからな…」

何とも馬鹿にされた気分で苦々しく答えるイーサンに、エヴァンは己の態度の悪さに気付いて笑いを引っ込める。内心はらはらと見守っていたアルフォンスも、異母弟が態度を改めたことに息を吐いた。

「どういうことです?市井の噂や吟遊詩人の歌とは?」

ただ一人、事情の呑み込めないヴィクトリアが眉を吊り上げて癇癪気味に声を上げる。

「ああ…外では親父が“英雄王”とか呼ばれてて、他にもいろいろ…えっと、」

妹に説明しようとして噂の詳細を覚えていなかったのだろうエヴァンが、解説を求めてハンナをうかがう。この手の噂や吟遊詩人の語る英雄譚を彼らのパーティの中で一番よく知っているのが彼女だったからだ。

舌打ちしたい気分だったが、王族の前だったのでさすがにそれは躊躇われたハンナは、結局エヴァンの視線を無視することに決めた。あそこまで馬鹿にしたように笑われて、なぜ自分が態々説明してやらないといけないのか。

ハンナは数ある吟遊詩人の歌の中でも、“英雄王”の冒険譚が好きだった。それは過去の英雄ではなく、今現実に実在する英雄(・・・・・・)で、王都のパレードや式典で目にすることも叶うほど近くにある夢の偶像(・・・・)だからだ。

エヴァンが王族に連なるものだろうと推察できたのも、王族のパレードで垣間見た第一王女(ヴィクトリア)にそっくりだったからだ。まさか、華やかな舞台を嫌って出ないその兄だとは思いもしなかったが。

冒険者になるようなものは皆“英雄”に憧れるものだ。だからハンナも、その他人(ひと)よりほんのちょっと(・・・・・・・)強い憧れを隠すようなことはしなかったし、隠すことだとも思えなかった。彼女は英雄王の冒険譚を諳んじられるほど聞き、時には口遊み、時間さえ合えば王都のパレードや式典を見に行ったりもした。それはハンナがエヴァンのパーティに加わった後にも、だ。

“英雄王”の名を聞いて目を輝かせ、暇あらば歌を口遊み、浮かれてパレードを見に行くハンナを、英雄王の息子(エヴァン)はどんな目で見ていただろう。思い出せば思い出すほどに不快だった。

「ハンナ…」

懇願の響きを持った声に視線を送ってやれば、エヴァンの縋るような瑠璃色の瞳にぶつかった。

敵を見据える時には獰猛で冷徹な光を帯びる瞳が、捨てられた子犬のように頼りなげに揺れる様を、ハンナはずるいと思う。

素直に許すのは癪に障るので、ちらりと視線を泳がせれば、肩を竦めるイーサンとアンドリアが目に入った。彼らの目が、許してやれと言っている。

ハンナはもう一度舌打ちしたくなった。二人がこんなに寛大だから、この馬鹿がつけあがるのだ。

それでも、王族に声をかけられて無視できるほどの度胸はない。

後で思いっきり締め上げてやろうと、心に決めてハンナは口を開いた。



“…川は赤く染めあがり、大地は焦土と化し、街には怨嗟が木霊する。すべての民が絶望に涙したそのとき、王は立ち上がる。「民の憂いを断ち切るため、明日を我らの手に取り戻そう!」――ああ、なんと勇敢なるかな英雄王!”

“…かくして慈悲深き聖女と英明なる魔導師とともに、邪悪なる魔王を倒さんと英雄王は旅立った。賢く強き、ドラゴンの翼に乗って・・・”

“…「この娘の命が惜しくはないのか!」「おのれ!魔王、卑怯なり!」「私にかまわず、とどめを!」邪悪なる魔王の卑怯な毒牙にかかり囚われとなった聖女。愛しき女の命を盾に、もはやこれまでかと思われたその時、聖なる光が彼らを包んだ。「ぎぃゃあ!」聖なる光の降臨に、邪悪なる魔王はただれた顔を覆い、聖女を突き飛ばした。「今だ!」英雄王の聖剣が閃き、魔王の醜い頭を切り離した。すると、邪悪なる魔王の瘴気はたちどころに消え失せ、聖なる光が世界に満ち、世界に平和が訪れたのだ”



「…そんな、大冒険が…」

淡々と事実のみを語っていたはずの口は、いつの間にか叙情詩そのものを力説していたらしい。呆然とした呟きに、はっと我に返ってハンナは周囲を見渡した。

ハンナの暴走癖(冒険譚への愛)を知っているパーティメンバーは生暖かい目で、何を考えているか分からないアルフォンスは淡々と、英雄王(本人)とスカルヴェニアは苦笑気味に、ヴィクトリアは目を丸くして、皆ハンナに注目していた。

ハンナは羞恥のあまり顔か赤くなり、唇を噛んでうつむいた。

「…まあ、先代魔王の討伐についていったのも、とどめを刺したのも、嘘じゃぁないからねぇ」

「実際は戦いを恐れて引き籠っていたところを“聖女”と“魔導師”に引きずられていっただけですからね」

「ああ、覚えていますよ。あの断末魔の叫び」

「うん?覚えているのかい?アルはまだ小さかったろうに」

「十二年ほど前、戦時下なのにいきなり帰ってきたかと思ったら、数日後に引きずられていったでしょう」

「「…ああ…」」

リチャードとスカルヴェニアの暴露にハンナだけでなく、アンドリアやイーサンも落胆する。

そういえば、ヴィクトリアは今年十二歳じゃなかったかと思いだしてハンナは嘆息した。

本当に、出来れば知りたくなかった、そんなこと。

「そんなつまらない真実(・・・・・・・)はどうでもいいのです!」

ぴしゃりと、冷水を討つように少女の声が彼らの俯いていた顔を討った。

「何でそんな、面白いことを私に隠していたのです!?」

燃えるような真っ赤な髪のヴィクトリアが、瑠璃色の瞳にキラキラと好奇心を輝かせてハンナを見た。

「他には?他にはどんな面白い物語があるのですか?教えてください、お姉さま!」

「へ?…ぇ、あ…はい。では、“創世記―ライアンの書”から…」

押されるままに口を開いたハンナに、他の面々も顔を見合わせて微笑んだ。

ヴィクトリアに請われるまま、知っている英雄譚を各自が自慢げに話して夜は更けていった。


ハンナさんは英雄王のファンが高じて、ロイヤルファミリーのおっかけをしています。追っかけの最中にパーティメンバーに会ったことはありませんが、ギルドの職員や他の冒険者の姿はよく見かけるので、自分は普通だと思っています。

ちなみに、そっくりなエヴァンとヴィクトリアが兄妹だと気付かなかったのは、追っかけとはいえ、厳重警備の向こうの王族の顔だちをはっきりくっきり見れるほど接近できるわけがないからです。

「エヴァンって第一王女に似てるけど、さすがに第二王子が冒険者になって虫に食われながら野宿はしないだろ」とか思っていました。

本文で触れるつもりのない設定ですが、スカルヴェニア第二王妃さんは元公爵令嬢で、国内貴族の大半と血縁関係にあることにも起因しています。(兄弟そろって母親似)貴族は赤毛とか赤みがかった金髪が多く、リチャード王やアルフォンスのような銀髪は珍しいです。エヴァンが銀髪だったら一発で王族だと身バレしていたのにね☆

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