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第十話

◇◇◇




謁見の間。

白大理石のような石造りの荘厳な部屋だ。彫刻などの飾りは豪華でバロック調ではあるが、金箔が貼ってあったり無駄に豪華な彩色されていたりはしていない。

中世ヨーロッパ的な価値観から見ても、質素な部類に入ると思うが、俺からすれば目にやさしくて清潔感があって好感が持てる。

王妃は最高司祭でもあるらしいから清貧っぽい方がふさわしいのだろう。

王妃様自体は、基調は白だけど普通の豪奢なドレス着てるから全然聖職者っぽくないけど。

ウェディング雑誌に載ってるモデルさんみたいだ。なんとなく。

そんな風に現実逃避していたら、ウェディング雑誌のモデルさんみたいな王妃様がため息をついた。

美人って肘ついてため息つくだけで様になるから得だよね。

現実逃避位させてほしい。

王妃様の座った玉座に続くレッドカーペットならぬグリーンカーペットの両脇には、顎髭の立派な執務長官やら甲冑着た厳つい警備長官やらがずらりと並んで威圧感たっぷりに見下ろしてくる。

列の中にはジュリアさんや女性の文官も武官もいるから、おっさんだらけじゃないところは多少の救いになるだろうか。

否ならねぇだろ、と即座に内心突っ込みを入れた。

冷たい目で見降ろしてくる中で、真正面には不機嫌そうに眉をしかめた美人さんがいて、たった一人吊し上げ位置にいる俺。

マジで泣きそう。

そういえば王子様もサボりが見つかって連れてこられたのって、ここだっけ。

謁見の間じゃなくてお仕置き部屋じゃね?

もうお仕置き部屋でいいよ。

帰っていい?

ちらりと見たジュリアさんにちょっと睨まれた。

ですよねー。

泣きたい。


「サクラ、あなたはオズワルドの召喚獣です」

王妃様が呆れたように、厳かに告げる。

「はい」

王妃様が一つため息をついた。

「報告は聞いています。オズワルドを害したと」

「申し訳、ありませんでした」

神妙な顔をして頭を下げる。

サクラさんみたいな愛くるしい幼女にここまでされたら怒るに怒れないよね、きっと!

……ごめんなさい。

俺だって、反省してないわけじゃないよ?

でも、こんな針も筵状態は精神的にきついです。

俺の目論見通りか、王妃様は一つため息をつく。

「本来召喚獣が主を害することはありませんが、万が一の場合は契約によって罰が与えられるはずですから、私から強くは言いません。もう十分思い知っていることでしょう」

え?そうなの?

そんな契約結んだかしら?


≪解:一般的な召喚獣との契約では通常、主を害するとペナルティが課されるように設定される。≫


ばい、オズペディア。

了解。ちなみに俺の場合はそんな契約を王子様が丸っと忘れてたから結んでないわけですか。

これは、言う必要ないよね。

別に俺、いくら美女でも怒られて喜ぶ特殊な性癖は持ち合わせてないし!

「ですが、オズワルドを守る事こそがあなたの役目であることを心に留めておいてください」

あ、れ?

“心に留めておいてください”って、依頼形なの?

命令形じゃなく?

オズペディアによると、王子様より王妃様の方が偉いんだから俺は王妃様より位階としては下ということになるはずだ。

命令形でもいいはずなのに、依頼の形をとるってことは?

一、本来俺のほうが王妃様より位が上である。(桜はカミサマらしいからありえなくない。)

二、たとえ位階が下の召喚獣でも他人の(王子様の)ものだから敬意を忘れないようにしている。(王妃様礼儀正しくていい人だね!)

って、ことか。

まあ、直属の上司(契約主)じゃないから直接命令する権利がないっていうのはあるんだろうけど、それを実践できるのはいい。

関係ない部署のくせに横から口出してくる奴なんて普通にいるからね!

早々に解放されそうなので、余計なことは一切言わず神妙な顔をして黙ってうつむいておく。

美少女だからきっとこれでとっても反省してる風に見えるはずだ。

美少女って得だよね☆


「お待ちください、王妃様」


軽く挙手をして王妃に近い知命くらいのおっさんというより立派な髭の爺様が待ったをかける。

確か執務長官さんだ。

王妃様は無表情に執務長官を見て先を促す。

執務長官は一歩前に出て恭しく一礼し、口を開いた。

「お言葉ですが。確かにこれは殿下の従獣であって、妃殿下に罰を下す権限がないのかもしれません。しかし、このままこの従獣に罰を与えないのでは他の者に示しがつきません」

ごもっとも。

軍務長官の厳ついおっさんたちも深く頷いて同意を示している。

同意を示さなかったのは戸惑うように眉尻を下げた王子様の教育係の神官だけだ。

俺は暗澹たる気分で下げた頭を上げることもできずに項垂れた。

やはり、契約主を傷つけておいて御咎めなしなんてないよね。

今この瞬間こそ、吊し上げの御咎め中だと俺は思うが。

「従獣に罰を与えるのはその契約者の権です」

「ですが、オズワルド殿下は陛下とアレクサンドラ王妃、あなたの御子息であらせられる。王族を害すれば法によって裁かれるべきでしょう」

並んだ重臣たちが同意の意を示して頷く。

王妃様が深くため息をついた。

なぜか、とても苦悩するようなしぐさで額に手を当てる王妃様に俺は内心首をかしげる。

王妃様が俺を罰する決定を下すのは仕方ない。

こうなってはこの人たちの気持ちを静めるためにもなにがしかの罰が必要なのだ。

俺は仕方ないで片づけてもらっては困るけど!

統治者の立場ならば、次期統治者を害すような輩に罰を下す判断は然るべきものだし、納得できる。

だが、王妃様が何をこんなに渋っているのかわからない。


『ダメだよ』


天使が降臨した。

いや、比喩でなく。

淡い光の雲が王妃の背後に湧き出てきて、その中に地球外生命体よろしく降臨なさった。

過剰演出乙。ラッパでも吹いてほしいのだろうか。

王妃様が苦虫口いっぱいかみつぶしたような表情で頭を抱えて舌打ちする。ご機嫌が駄々下がりだ。

もしかして王妃様、自分の契約した天使の事嫌いなのか?

それとも勝手に降臨しやがるKY天使が、とか思ってるとか?

後者は俺の感想だけどね。

唐突な天使の降臨にざわついたおっさんたちに、冷ややかな天使の声が降る。

「罰って、どんなものを求刑したいの?」

「…王族を害した場合には、死刑相当となっております」

口火を切ったのは、やはり言い出しっぺの執務長官だった。

彼らの信教の存在に対するためか、俺を見るときなんて比べ物にならないくらい緊張しているらしい。

血管の浮いた皺だらけの手が握りしめられた上に震えていて、かわいそうなくらいだ。

血圧上がって倒れないといいけど。

それから、何さらっと死刑求刑してんの?

え?

ちょっと王子様に痛い目合わせただけで殺されちゃうの?

血も出てないのに?

ジュリアさんの稽古のほうがずっと痛がってたし、白魚みたいなお手手が肉刺だらけになってたよ?

それなのに、俺だけ死刑求刑しちゃうの?

マジで?

「じゃあ、ダメだよ。絶対ダメ」

意外なところに味方がいた。

良かった。

頑張れ天使、超がんばれ。

今までいけ好かない奴だとか思ってて悪かった。

助けてくれるなら今度こそちゃんと感謝しよう。

ん、天使が俺の命綱?

あー、それで王妃様が苦悩してたわけか。

臣下は当然俺の処分を求めるだろうけど、仕える宗教の天使はそれを認めないから。

それは頭が痛い問題だね。

「…何故か、お伺いしても?」

「ヒト族が滅びるから」

……ん?

なんて言った?

執務長官たちだけじゃなくて王妃様も目を丸くして天使を見てる。

あえて某掲示板的な表現をさせてもらうなら(°Д°)ぽかーん、だ。

意味が解らない。

「そこの、ドリアードを処分するだけでどうしてそうなるのか、順序立てて説明なさい」

王妃様が眉を吊り上げて天使に詰問する。

そうだね。謎だね。説明されたからって処分されるのはごめんだけど。

天使は肩をすくめて笑った気がした。

「ドリアード?ああ、一応木の神霊だからか。どっちかっていうとオレアードとかアルセイドのほうが正しい気がするけど」

チョイ待ち、ヨシノさんヘルプ。

オレアードとかアルセイドって何よ。


≪オレアード;ニュンぺー(ニンフ)の一種。山精。住居とする場所によって種別されている。

 アルセイド;ニュンぺー(ニンフ)の一種。森精。住居とする場所によって種別されている。≫


あ、なるほど。

そう言われてみればそうだけど、ゲームとかで一般的に理解しやすいのはドリアードのほうだから、前ヨシノさんに聞いた時に出てきた俺の種族がそれだったのか。

第一、そのあたりの区別の仕方がわからん。

「言ったでしょう?カミサマの一種だから、それを殺しちゃったらそれの掌る場が崩壊するって。それが掌ってるのは“繁殖と繁栄”。母子の守護。子供が生まれなくなるんだよ」

マジで?

「そんな!」

「まさか?!」

おっさんらが騒然とする。

俺はむしろ茫然とする。

マジか。

というか、母子の神様でサクラって、あの姫神の事だよな?

燃える小屋で子供産んだ美女。

母子の神様で、火の神様で、酒造りの神様で、稲作の神様でもあるあの。

木の神霊って、違うじゃん。ただ名前が木の花って当て字なだけ…。

まあ、外国の人にとっては同じなのかもしれない。山神だと声を大にして主張したいところだ。

名前がサクラに似てるから神木がソレなだけで。

「静粛に!」

ジュリアさんの一喝に、一瞬でざわついていた場が静まる。

王妃様がそそけだった顔色でジュリアさんを一瞥して、呼気を整え、天使に向き直った。

「…どういうこと?」

「私に聞かれても。神霊だから一時的なものだろうけれど。ヒトに限らず、百年繁殖できないだけで絶滅するような種族なんていっぱいいるでしょう」

まあ、百年も子供できなかったら普通に絶滅するだろうな。

天使の視線が俺に向けられる。目隠しをしているから顔ごとこちらに向けていなければわからなかっただろうけど。

「…まだほんの小枝で根もあまり張ってないからもっとかかるかもしれない…」

天使の目に俺がどんなふうに映っているのか分からないが、その言い方だと挿し木されたばかりの枝っぽいみたいだ。あの姫神を大元とすると、俺…というか桜はあの姫神の分家的な扱いなのだろう。

百年以上かかるのなら、生き物ほとんど全滅じゃないのか?

「私はヒトの信仰から成る神の使徒だからね。君たちがヒトを絶滅させる可能性がある方法をとるくらいなら元凶を絶つよ」

元凶?

俺だけでなく、ほぼ全員が天使の言葉に首をかしげる中、王妃様だけが顔色を変えた。

「だから、オズを…」

王妃様の言葉に首を傾げていた俺たちもぎょっとする。

天使が口元だけで笑った。

「全か一かなら、一を切り捨てるべきだろう?」

天使の言葉に王妃様だけでなく、居並んだこの街の首脳陣が顔色悪く唸る。

千と百なら百を。百と十なら十を切り捨てる覚悟を持たなければ、為政者としては失格だ。

この場合全と一。考えるまでもなく、為政者の立場として全を切るような判断は下せないだろう。

なるほど、王妃様がこの吊し上げが始まった時からずっと憂欝そうにしている理由はそれか。

理屈としては理解できるが、いけ好かない考えだ。

しかも、あんな小さくて優しくて可愛い子を。

ついさっき泣かしてしまって滅茶苦茶へこんだばかりなのに、これで俺が殺せないってだけの理由で明らかに俺の失態で死なせてしまったら…。

背筋に冷たいものが走って、腹の奥に冷たくて淀んだ不快感が降る。


「…そんな事はさせない…」


気が付いたら、そんなことを口走っていた。

小さな呟きだったはずなのに、全員の視線が俺に集まった。

「そんなことは、させません。ジュリアさん、次に私が殿下に害をなすと判断した場合には遠慮なく私の首を刎ねてください」

ジュリアさんの肩が震える。若草色の瞳が判断を仰ぐように王妃様のほうへ流れた。

ジュリアさんは王子様の事を大切にしているように見えたが、「全か一か」そんな話を聞かされた後では、判断を仰ぐくらいしかできなかったのだろう。

困惑していたのは王妃様も一緒だった。

息子の命は自分の命と引き換えにしてでも惜しいだろう。だが、その天秤に載っているのは自分の命ではないのだ。

為政者の一人としても、最高司祭としても一を選んでほしいと口に出せるものではない。

顔色を失くしたまま唇をかみしめて爪が食い込むほど握りしめられた拳と、爛々と狂おしいほどの感情が渦巻く深い緑色の瞳、そのすべてが答えだ。

俺は王妃様の様子に内心安堵して微笑み、返事も待たずに頭を下げた。

「以後重々気を付けます。失礼しました」

答えられない面々を後ろに踵を返すと、天使があわてた様子で引きとめてくる。

「ちょっと待って、それじゃあ困るんだって。聞いてた?」

「私が殿下に害を成さなければよいのでしょう?」

正直顔も見たくなかったので背を向けたまま、返事だけ返す。

「それはそうだけど!君を殺されるくらいなら私はあの子を殺すからね!」

天使が頬を膨らませて「私まで巻き込まれて消滅なんてしたくないんだから」とぼやく。

その言葉を聞いた瞬間、何かが切れた。



なんて、身勝手。


あんなに小さい王子様…オズワルドは、己にかけられた重苦しいほどの期待に押しつぶされそうになっても逃げずに努力して、十歳にもならないのに引き籠りになったのに。

引きこもるきっかけになった不用意な噂話をした使用人のことだって、誰にも言わずに人知れず庇う事の出来る強さを持った子なのに。

ようやくできるようになった魔法を披露して、心配してくれたウィルやアマンダさんやジュリアさんを労えるくらい周囲に気を配る子なのに。

自分も痛かったはずなのに、俺の痛みを思って血相を変えて駆けつけてくれるほどやさしい子なのに。

そんな子を、殺す?

それも、他の大勢の罪もない人たちが子供を作れないのが憐れだからではなく、自分が巻き込まれて消滅したくないから?


天使のくせに?



………………………………何だ、それ。




感情のまま振り返って、天使を見下げた。

「な、に?その目」

身勝手な神の使いっ走り如きに答えてやる必要も感じないので無視。


ヨシノさん、俺…というかサクラが死んだら天使が言ったような影響がある?


≪…不確定≫


ちょっとレスに間があったけど、既知の中に答えが見つからなくても応えが返ってくるようになった。良い傾向だ。


じゃあ、この体がダメになったからって桜に決定的なダメージが行かないようにして。


≪了解。

 サクラから神樹桜へバックアップデータの送信。…完了しました。

 サクラのダメージを神樹桜から切り離し…成功しました。

 神樹桜への干渉減退に伴い、サクラの物質世界への干渉度が減少しました。≫


具体的には?


≪サクラを物質体から半精神体へ置換。神樹桜を本体とし、サクラを物質世界における義体から分体へと干渉権限が縮小しました≫


なるほど。サクラさんが本当にアバターになったわけね。

しかもバックアップもとっている半精神体だから、サクラさんがダメになってもサクラさん二号になれると。

それって死んだことになるのかな?


≪複製時、バックアップの任意による取捨選択が可能です≫


例えば、体は無傷で記憶というか記録は死んだその瞬間もばっちり覚えていられるってこと?


≪肯定。精神的束縛や状態異常の解除も可能です≫


…精神的束縛や状態異常って、王子様との契約と天使に無理やり入れられたOSの俺だよね。

………まあいいか。任意ってことは俺残留にもできるってことだし。

本体消滅の危険性がなく王子様との契約の解除もできるのなら、重畳だ。


ここまで考えるのに、天使の言葉にキレてからあまりの急激な血圧の上昇に貧血を起こしてしまわないようにゆっくり振り返って天使を見下げてと、五秒ほど費やした。

俺の視線の先には狼狽えた様子の天使と、かわいそうなほど真っ白な顔色の王妃様がいる。

王妃様を安心させてあげるため、口を開いた。

「私を斬っても神樹としての機能に問題はなくしました。先ほどの天使の懸念が実現する可能性は極めて低くなりました。問題ありません」

王妃様が俺の言葉を理解して絶望の暗い色が濃い緑の瞳を訝りながらも若干明るくするより早く、天使がその姦しい口を開いた。

「はあ?!なにそれ?…って、ぅわ!本気で何やってるの?!ただでさえ小さな神気がさらに小さく薄くなってる!信じられない!!それじゃあ、何にもできないじゃない!」

本当にうるさい。

見た目女性体だからってこんなに姦しくならなくていいと思う。てゆうか、黙れ。テメェには話しかけてねぇ。

さっき感謝しようと思った記憶ごと洟を噛んでごみ箱に捨ててやる。

「何の罪科もない幼子を犠牲にするよりよほど良いでしょう」

皮肉を込めて答えてやったら、こめられた当てこすりに気付かぬ様子で天使は首を傾げた。

「はぁ?キミ今、僕みたいな下っ端の天使にも劣る力しか行使できないの解ってるの?まあいいけどさ。その義体が壊れても本体には影響ないみたいだし、それなら私に関係ないか」

屑っぷりを遺憾なく発揮する天使を見下げ果てて、ため息をついた俺は今度こそ踵を返した。

やっぱりこの天使、気に食わない。

誤字脱字等在りましたらご連絡ください。

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