第12話 アラーム!
砂浜に座るハルは朝焼けに染まった海を見ていた。
そこにまるちゃんがとことことやってくる。
「にゃー」
まるちゃんはハルの膝の上にそのまま座った。
「まるちゃんご主人様はまだおねんね?」
ハルがなでながら訪ねると「にゃ」と目をつぶりながら応えた。
ハルはまるちゃんを抱きかかえ、愛住の家に戻りまるちゃんに餌を与えた。
潮風が家に吹きこむとハルのさらりとした髪をなでる。
餌を食べるまるちゃんを眺め、ハルは静かに立ち上がった。
愛住の寝顔へ歩み寄り、名残を惜しむようにその頬のすぐ近くへ手を伸ばす――が、触れずにそっと引く。
ハルがその手を空間の隙間に滑り込ませると、スパリと空間が切れた。
そのまま割けた空間に手を伸ばすとハルの姿が透明に透けはじめる。
「じゃあ……またね」
ハルがフッと完全に消え去ったその瞬間、部屋中に大音量のアラームが鳴り響く。
「なになになに!?」
愛住は顔だけ洗うと、慌てて指令室に向かった。
***
指令室に駆け込んだ愛住の目に飛び込んできたのは、ホログラムのスクリーンだった。そこにはコックピットのような場所に座る一条と田中の姿、そして激しい爆音が鳴り響いていた。
「……巨大ロボ!?」
状況が飲み込めず、目を丸くしてきょどる愛住。
ふと奥を見れば、頭から激しい閃光を放つスペルトンが、どろどろと溶解している『クロニクル・コア』を両手で掴んでいた。細かな状況はさっぱり分からないが、とにかく今は大ピンチなのだ。
愛住は慌てて、いつもスペルトンが座っているオペレーター席へと滑り込み、二人に通信を試みた。
「聞こえますか!? こちら愛住です。えーと……私、今、起きましたよ!?」
スピーカーから、一条の呆れ混じりの声が返ってくる。
「愛住か。……とりあえず現状のマップから強ポジを調べてくれ。田中は...アホになった」
言われてスクリーンを目を向けると、そこには何かを絶叫しながら激しくレバーを倒す田中の姿が映し出されていた。
「そこをどけぇー!いま助けるぞぉぉ!」
「田中落ち着け!タイミング合わせろ! 頼むから遮蔽物を使ってくれ!」
愛住は慌ててターミナルを叩き、周辺地図のデータを取得したが、画面に映し出されたマップの様子がいつもと様子がおかしい。赤い境界線が、ものすごい勢いで縮小しているのだ。
違和感を覚えた愛住は声を張り上げた。
「スペルトンさん! マップの外に行ったらどうなりますか!?」
スペルトンが頭からバチバチと火花を散らしながら、愛住の方へと振り返る。
その目は真っ白に光り輝いていた。
「#’($)#’)#’%#<*:!!」
「へ? ……なんて言ったの?」
解読不能な謎言語。
だが愛住は深く頷くと、覚悟を決めた顔で通信マイクを握りしめた。
「……わかりました」
そして、一気に言葉を吐き出す。
「こちら愛住です! 一条さん、NW27の方向に巨大な仏像がありますよね!? とりあえずそこに向かってください!」
愛住の指示が終わるか終わらないかのうちに、スクリーンに映し出される機体は激しい咆哮を上げた。
背中のスラスターが蒼い光を爆発させ、弾丸の雨へと突入する。
幾重もの遮蔽物を強引に踏み越え、光の粒子を散らしながら、『巨大な仏像』へと一気に加速していった。
ホログラムに映る巨大な仏像――その手に刻まれた「牛久大仏」の文字。
――ピンと、愛住の脳内でバラバラだったピースが一気に組み合わさった。
二人がエンダーオンしているのは、あの『古の呪いのリスト』にあったあの物語だ。
愛住はすかさずターミナルを操作し、該当する物語のデータを引き出す。
更新履歴自体に変化はない。……だが、明らかな違和感がそこにあった。
昨日まで存在しなかった『下書き』が、新たにひとつ登録されている。
タイトルは『終物語』。
その中身に目を通した瞬間、愛住の背中に冷や汗が伝った。
そこには、かつて一条が描いたはずのあの孤独な女神――ツアーゼルが、この作者の世界へと転生し、その物語すべてを終わらせるという展開が綴られていた。
「……嘘でしょ。これ、どうなっちゃうの……!?」
愛住は驚きながらも、マップに映し出された点滅に気づき、すぐさまマイクを掴む。
「一条さん、敵はあと8体です!あとマップの外には絶対に出ないでください。なんか『つまようじ』に変化するみたいです!そして、最終安置は仏像の手のひらみたいです!」
「8体だと!? そんなにいるのか? 俺らはこのロボ1体だけだぞ!」
「愛住! ツアーゼルはいったいどこなんだ!?」
「田中さんですか? えーと……おはようございます! ちょっと待ってください!」
愛住は部屋の隅で、ただの置物として寝転がっていたパンダロボに命じた。
「パンちゃん、お願い協力して!操作がわからないの。ホログラムの映像を分割して、一条さんたちが乗る機体以外の場所をログから映像化して!」
「……拒否する」
「パンちゃん!?」
「スペルトンの制約が解けた今、俺は猛烈な自己矛盾におちいっている。...なのですごく忙しい」
その言葉にスペルトンが反応した。
ホログラムにスペルトンの閃光が走ると、一斉にスクリーンの映像が切り替わる。
分割されたスクリーンに映し出されたのは、黒い機体の周りを7体のロボに固められた――『ツアーゼル』の姿だった。
かつて一条の物語では『清楚な女神』だったはずの彼女は、いまや妖艶な肌を露わにした漆黒のスーツを身に纏っていた。
そのツアーゼルが、なぜかスクリーンをじっと凝視する。
「誰か覗いている……わずらわしい」
ツアーゼルの一言とともに、ホログラム映像が暗転し、消滅した。
指令室の通信機もターミナルも完全に沈黙する。
映像も通信も途絶えた。スペルトンの閃光の揺らぎが指令室に響く。
愛住は静かに決意を固めると、黒光りする腕輪をその腕にゆっくりと装着した。
「……スペルトンさん、いまからわたし、エンダーオンします!」
スペルトンからの返事はない。だが、その全身からあふれていた光が先ほどから小さくなっていることに愛住は気づく。そして、スペルトンの胸元に刻まれた、スペルトンのマークがゆっくりと点滅し始めてた。
「では、いってきます!」
愛住は深く息を吸い込むと、力強く言葉を紡いだ。
「愛住、いきます! エンダーオン――!」
愛住の身体は、解き放たれた漆黒のゲートへと吸い込まれていく。




