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三国志天の記  作者: 沖家室
2章 天を壊す者【董卓伝】
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第39話 董卓、招聘さる

「大将軍。何をためらわれますか!この袁紹(えんしょう)に一言お命じくだされ。見事、宮中の宦官(かんがん)という宦官を根こそぎ退治してご覧にいれましょう。」


「・・・」


「宦官どもこそ、諸悪の根源ではありませんか。悪を討ち果たすのに何の遠慮がいりましょう。ご決断を!!」


「しかし、のう・・・」


 過激な言葉で詰め寄る袁紹に対し、大将軍の何進(かしん)の返答は煮えきらなかった。

 袁紹はチラッとガッカリした様子を見せたが、諦める様子はない。

 なおも言葉を尽くして説得を繰り返す。

 しかし、何進は一向に気乗りしないようであった。


 つい先日まではこのような言葉に賛同し、怪気炎をあげていた何進である。

 董皇太后(とうこうたいごう)派を一掃し、あとは張譲(ちょうじょう)趙忠(ちょうちゅう)ら宦官を排除すれば、外戚(がいせき)の何氏を脅かす勢力はいなくなる。

 そう固く信じて宦官排斥どころか、袁紹らが唱える宦官皆殺しに肩入れをしていたのだ。


 何進の態度がこうも露骨に変わったのは、身内の総反対にあったからであった。

 血のつながらない弟である車騎将軍の何苗の反対も痛いが、最も痛いのは異母妹の何皇太后から強硬な反対が出たことであった。


(あの妹は、一度言い出したらもう誰の言うことも聞かん。もし宮中に兵など入れたら、俺も殺されてしまうかもしれん・・・。)


 何進の心中には何皇太后への恐れがある。

 位人臣を極めた何進が唯一恐れるのが妹であった。


 何しろ、彼女の気の強さというのは尋常なものではない。

 時には陰湿な、時にはバチバチと火花が散るような激しい女の戦いが日常茶飯事である後宮を生き抜くだけでも大変なのだが、彼女はそこで戦い抜いて皇后にまで登りつめた。


 だが、彼女の真骨頂はそこからである。


 移り気な霊帝はやがて彼女に飽き、王美人(美人は宮女の役職名)という女性に心を移した。

 王美人に協という名の皇子まで生ませたことを知ると、激怒した何皇后は驚くべき手段に出た。

 何と、王美人に毒を盛り、殺してしまったのである。

 さすがに皇子の命までは取らなかったが、震え上がった霊帝は何皇后に頭が上がらなくなり、皇后の位を動かすことなど考えもしなくなった。

 つまり、何皇后は霊帝を尻に敷くことに成功したのだ。


 次いで、霊帝に大きな影響力を及ぼすもう一人の女性とも激しい戦いを繰り広げた。

 その女性とは董皇太后であり、寵姫は望むまま得られる霊帝にして唯一無二の存在である実母だ。

 霊帝にとっては唯一の母親と言え、後宮を独占したい何皇后にとって見れば邪魔な存在でしかない。


 この強烈な嫁姑問題が何氏と董氏という外戚同士の争いに発展したのは必然であった。

 それは何皇后が生んだ弁皇子と董皇太后が養育した協皇子の次期皇帝を巡る争いに結びつき、国の行く末に関わるような強烈な抗争である。

 大将軍の何進といえども、見ようによっては何皇后が起こしたこの抗争に巻き込まれた駒でしかないのだ。

 無気力な霊帝はまるでこの問題に気づかないかのように無関心を貫いたが、それは無力な霊帝なりの精一杯の抵抗であったのかもしれない。


 結局、嫁姑問題は何皇后の勝利に終わった。

 霊帝が死ぬと、何皇后は何進の軍事力を背景に弁皇子を帝位に就けた。

 さらに、ほんの数ヶ月で董皇太后を宮中から追放し、その与党をも壊滅させた。

 その処置は徹底したもので、故郷の河間国に移った董皇太后をそのままにせず、これを死に追いやった。


 明らかに何皇太后の政治力と決断力は何進のそれを上回っており、何進が現在占めている地位も、彼女の奮闘によって勝ち得たものである。

 何進が妹を恐れるのは無理もなかった。

 目障りな女どもを情け容赦なく葬り去ってきた何皇太后は、邪魔な存在とみなせば兄の何進であろうと命を奪う可能性はおおいにあったのだ。


「わかりました。では、こうされてはいかがでしょう。各地の将軍、刺史、太守などに使いを出し、兵を引き連れてこの洛陽へ参るよう命じるのです。さすれば数万に及ぶ兵がたちどころに大将軍の幕下に集います。それだけの数がいれば、破れぬ門や越えられぬ城壁などありはしませぬ。また、大軍を見れば、誰しもが大将軍の威令に服しましょうぞ。」


 何進の心中を、袁紹はわからない。

 急に何進が心変わりをしたのはわかっても、その原因を別のところに求めた。

 すなわち、大将軍府で掌握する兵力の少なさに原因があるととらえたのだ。

 宦官たちが兵をかき集め、宮城に立てこもれば数千の兵をたちどころに動かせる何進と言えども攻めあぐねることがあるかもしれない。

 何進はその辺りに不安を感じ、実行をためらっているのだろうと袁紹は当たりをつけたのだった。


「・・・ううむ。たしかに一理ある。」


 何進としても、打開策がほしい。

 手元の兵力が大幅に強化されれば、あるいは何皇太后も何進の実力を恐れて考えを改めるかもしれない。

 活路が見えない何進には焦りが生じており、その余裕のない思考には袁紹の提案がいくらか魅力的なものに聞こえていた。


「さようで!?では、早速大将軍の御名前で各地に檄文を出しましょう。よろしいですな!?」


「う、うむ・・・。」


 何進は熟考する間もなく、袁紹に押し切られた感じだった。

 何進の言質をとった袁紹はもう用はないとばかりに何進のもとを辞去し、いずこかへ去った。

 おそらく、大将軍府の文官たちのところへ行き、早速各地へ送る檄文を書かせるのだろう。


 袁紹がこれほど前のめりに宦官との対決を急ぐのにはわけがある。

 誰もが納得するような大手柄を立て、天下に名声をとどろかせ、名門袁家の次期総帥の地位を掴みたいという思惑があるのだ。

 現在の総帥である叔父の袁隗にはまだまだ引退する気配はないものの、今のうちに後継者として評価を固めておきたいのだった。


 彼には同年代の強力なライバルがいた。

 従兄弟の袁基(えんき)袁術(えんじゅつ)である。


 実は、現状の袁紹は分が悪い。

 袁紹の父である袁成(えんせい)は若くして死に、一応は叔父の袁逢(えんほう)袁隗(えんかい)が後ろ盾となってくれて出世は早いが、従兄弟に比べて決して早いわけではない。

 現在は何進の側近というべき地位にまで昇っているが、強くアピールできる実績がない。


 従兄弟たちは袁家総帥であった袁逢の嫡子であり、兄の袁基に至ってはすでに袁逢の跡を継いで九卿のひとつである太僕(たいぼく)の地位にある。

 袁術も何進の属官となっており、現在は袁紹が中軍校尉となる前に就いていた虎賁(こほん)中郎将(ちゅうろうしょう)(宮中の護衛兵を指揮する部隊長)の地位にあった。


 だからこそ、袁紹は実績がほしかった。

「清流」と呼ばれる名士の本流の人々にとって、最大の敵は「党錮の禁」を引き起こした宦官である。

 その宦官の殲滅を主導すれば、袁紹の名声は揺るぎないものとなるはずなのだ。


 結局、袁紹が突っ走るかたちで各地へ檄文が次々と送られ、何進もこれを追認した。

 何進は袁紹を司隷校尉(しれいこうい)(首都の軍事長官)に任じ、都にいる武官の取りまとめを行わせることにした。

 また、虎賁中郎将の袁術に命じて宮中のあらゆる兵を何進側に引き込むよう工作させた。


 だが、この動きを何進のそばにいる誰もが歓迎したわけではなかった。

 なかには愚策と断じる者もいた。

 公然と袁紹の策を批判したのは曹操(そうそう)であった。


「宦官など、いつの時代にも存在した者たちだ。だからといって彼らがすべて悪を成したわけでもなく、そもそも彼らには本来力などない。宦官そのものに問題はなく、天子が彼らを頼りにして権力を握らせるのが問題なのだ。もし彼らを処分しようというなら、何も全員を処刑する必要はなく、悪の張本人のみを処刑すればいい。それならば外から大軍を呼んでくる必要はないし、ただ刑吏がいれば足りる。だいたい、外から兵を集めて宦官を皆殺しになどしようとすれば、そのような計画などすぐ外に洩れてしまう。そうなれば、相手も馬鹿ではないのだから計画は失敗に終わることだろう。」


 曹操の言葉は理路整然としており、内心なるほどと頷く者も少なくなかった。

 しかし、すでに矢は放たれてしまっている。

 今さらどうしようもないことだった。


 何進の名で発せられた檄文は、都から数日の距離の河東郡にも届けられた。

 送り先となっていたのは、董卓(とうたく)である。


「面白い。これよ、これをわしは待っていたんだ!」


 何進の檄文を読んだ董卓は、吠えるように叫ぶと、すぐさま洛陽へ向けて進軍することを命じた。

 それは董卓にとって栄光への道程であり、後漢王朝にとっては破滅へ至る道のりであった。

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