第38話 董卓、本気で反抗する
「将軍、またやって来ましたぜ。いいんですかい?朝廷の使者を何度も無視して。」
「かまうもんか。適当に追い返せ。わしはな、野盗どもを取り締まって・・・ええっと、その何だ。そうそう、治安の維持ってやつを頑張ってるんだ。朝廷や民のためにやってるってのに、何だって軍を解散しなきゃなんねぇんだ!!」
郭汜の問いかけを、董卓はうるさそうにあしらった。
酒が回った身体はいかにも気だるげである。
その言動は不敬極まりないうえに、だらしなく横たわった董卓の姿には朝廷への敬意などカケラも感じ取れない。
「けど、河東の民は将軍こそ野盗みたいなもんだとか言ってるらしいですぜ。」
「はっはっは、違えねぇ!確かに盗賊どもは寄りつかなくなったけど、并州へ行くはずの何千もの荒くれ者がいきなり居座りだしたもんだから、こちとら大盗賊みてぇなもんだぜ。」
「お前、うまいこと言うじゃねぇか!」
李傕が小耳にはさんできた噂話を、郭汜が笑い飛ばした。
その郭汜の例えが面白い、と李傕もゲラゲラ笑いだす。
彼らも酔いが回ってへべれけになっており、発言にいつも以上に遠慮がなかった。
「子は親に似る」といったものか、それとも「朱に交われば赤くなる」のか、彼ら董卓の子分たちも朝廷への崇敬の念などまったく持ち合わせていない様子だ。
「馬鹿者、誰が大盗賊だ。この前将軍の董卓さまが何で盗賊呼ばわりされなきゃなんねぇんだ!?せっかくわしが一肌脱いで民を守ってやってるんだから、感謝のひとつもしやがれってんだ!!」
「そうは言っても将軍、并州刺史が司隸の河東郡に居座ってデカイ顔してりゃ、誰もが文句のひとつも言いますぜ。おとなしく并州へ行った方がいいんじゃ?」
霊帝が崩御し、間もなく董皇太后派が朝廷の内外から一掃された結果、董太后派であった董卓にも圧力がかかることになった。
并州刺史に任ずるとの詔勅が届き、董卓が三輔で指揮する軍を同じく三輔に駐屯する皇甫嵩に譲って任地へ赴くようにとの命令が下ったのである。
この任命の意図は明確であり、董太后派である董卓から軍権を取り上げ、軍権を持たない刺史として并州に移そうというのだ。
洛陽からわずか十数日の距離のところに旧董太后派で何を考えているかわからない董卓が大軍を握っているのが問題なのであり、彼を軍から切り離してしまえば何の脅威にもならない。
皇甫嵩は名将ではあるが、これまでの行動を見るに朝廷に逆らおうなどという発想はまったくなく、中央政府から見れば彼ならば軍を握っていても安全であった。
董太后派が壊滅した以上、前回少府に任じられたときとは異なり、この詔勅を撤回させようと朝廷工作を行うことは難しい。
拒否すれば「朝敵」ということになり、さすがに董卓もすべて受け入れるだろうというのが大方の見方であった。
ところが、董卓は并州刺史の任官については受けたものの、軍を手放そうとはしなかった。
駐屯する右扶風を出て新たな任地である并州へ向かったと思いきや、その道中は軍を引き連れてのものであり、赴任というより行軍であった。
そのうえ并州の南隣となる司隸河東郡まで行くと、そのまま居座ってしまったのである。
これは明らかに勅命を無視する反逆行為であった。
「かまうことねぇって言ってんだろうが!今の朝廷にわしを討つ余裕なんてあるもんか。董皇太后らはやられちまったが、このまま朝廷が安定するわけがねぇ。何しろ、何進は名士どもにたきつけられて、次は宦官どもを大掃除しようとしてるらしいからな。俺のカンでは、近いうちにもうひと騒動あるぜ!そのときに都の近くで軍を握ってなきゃ、オイシイ目にもありつけんだろうが。」
董卓の鼻にはすでに後漢王朝の腐臭がプンプンと匂っている。
涼州や河北などの反乱も抑えられず、そのうえ中央でひっきりなしに権力闘争をやっているのだから、恐れることは何もない。
彼にとってみれば、いまや野心成就の好機であり、少なくとも涼州や三輔での勢力拡大及び将来の地方軍閥化は現実的な目標であった。
それにとどまらず、朝廷がさらに乱れるようならば朝廷そのものを牛耳ることだってできる可能性があるのだ。
董卓がそのように野心をさらにたくましくし、河東郡において不気味な沈黙を保っているころ、朝廷ではまたしても風雲急を告げようとしていた。
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「張常侍、さすがにこれ以上手をこまねいてはおれませぬな。」
「さよう。何進め、ますます力をつけよる。早く手を打たねば、わしらは皆殺しにされかねん。」
後宮内の一室で、宦官の最有力者である趙忠と張譲がいつになく深刻な面持ちで向かい合っていた。
ちょっとやそっとのことでは動じない彼らであったが、このところの状況の変化には焦りと不安を大いに感じていた。
後宮における表向きの主人は天子であるが、実際に動かしているのは有力宦官である。
霊帝の時代であれば、霊帝がわが父と呼んだ張譲、わが母と呼んだ趙忠、お気に入りの蹇碩などがそれにあたる。
彼らは霊帝をほぼ意のままに操り、己の物欲や権勢欲を満たしてきた。
ところが、霊帝死後はその状況が変わりつつあるのだ。
蹇碩は董皇太后派とともに抹殺されたし、蹇碩を見捨てて生き残った張譲と趙忠も新たに即位した霊帝の子の少帝とは霊帝ほど密接な関係を築けていない。
少帝にとっての「祖父母」にはなり得ていないのである。
張譲と趙忠は少帝がまだ13歳の少年であって何の政治的実力もないことを正しく理解し、その母である何皇太后に積極的に取り入ることで影響力を再び強めようとしていた。
何しろ後宮で生きる彼らにとって、後宮内部での影響力を失うことはそのまま自分の命の終わりを意味するのである。
しかし、それは諸刃の剣というべき不安要素があった。
長年の敵であった姑の董皇太后を排除してからというもの、現在の何皇太后はまさに権勢の絶頂にあり、宮廷の内外に敵はいない。
彼女の権勢を支える車の両輪というべき存在は、趙忠や張譲ら有力宦官と兄である大将軍何進である。
その何進が問題なのだった。
何進は「党錮の禁」が解除されて朝廷に戻ってきた名士たちを自分の大将軍府に呼び集めることで味方につけ、その要望に応えるかたちで宦官に対する強硬姿勢を強めつつあった。
その主張は過激さを増し、宮中の宦官という宦官をすべて殺してしまえという声が高まっており、そうなるともちろん趙忠や張譲は真っ先に命をねらわれることになるのだ。
「やはり・・・皇太后さまにおすがりするほかなかろう・・・。わしはかつて皇太后さまの入宮を後押しした身。皇太后さまは気の強いお方ではあられるが、情も深いお方じゃ。これまで通り恭しくお仕えすれば、決してわしらを悪いようにはなさるまいて。」
張譲の考えは、ひたすら何皇太后頼みである。
何しろ、彼が何皇太后の後宮入りを後押しし、陰に陽に盛り立てなければ現在の何皇太后の地位はなかったのだ。
彼女の庇護を受け、少しずつ少帝にも自分の影響力を強めていきたいというのが張譲の考えであった。
「もちろん、それは必要でございましょう。ですが、それだけでは不安が残ります。わたしは・・・何氏の和を乱すのが良いと思いまするが・・・。」
「何と?それはどういうことでござろうか?」
それに対し、趙忠は思いもよらぬことを言いだした。
いつもながら、その悪知恵の鋭さには張譲とてついていけない。
「狙うべきは車騎将軍でございます。」
「・・・ああ、なるほど。そういうことか。」
趙忠が発したキーワードに、張譲もはたと気がついた。
彼とて長年この恐ろしい後宮を生き抜いてきた者である。
血の巡りは悪くない。
車騎将軍、とは何皇太后の異父兄にあたる何苗のことである。
彼の本姓は元々「朱」といい、「朱苗」が生まれたときの名であった。
何皇太后の母である舞陽君は一度朱家に嫁いで何苗を産み、その後何進の父である何真と再婚して何皇太后やその妹を産んだ。
つまり何苗は連れ子であり、養子となって何氏一族に加わったものの、何氏の血は引いていない。
血のつながらない兄弟である何進と何苗の仲はさぞかし悪いかと思いきや、意外にも両者の仲は良い。
目立ちたがり屋で野心家の一面がある何進に対し、何苗はおとなしいうえに現状に満足しきっていた。
何しろ、車騎将軍と言えばナンバースリーの将軍職である。
かつては豚の屠殺なども生業としていた河南の一豪族の次男坊でしかなかった何苗にとって、異父妹の栄達によって得た現在の境遇は信じがたい幸運であり、これ以上望むものはないという心境なのだった。
そんな何苗は何進にとって対抗馬になり得ない安全な存在であり、対立が生じる原因がないのだ。
だからこそ張譲は思いもよらなかったのだが、趙忠はこの何苗に目をつけ、何皇太后とともに自分たちの味方に引っ張り込もうと言うのである。
(なるほど、皇太后さまとともに車騎将軍がわしらを擁護する立場に回れば、何進は何氏のなかで孤立する。そうなれば容易に動けぬ、という狙いだな。)
何皇太后の妹は張譲の養子・張奉の妻であるため、すでに宦官寄りの人物である。
何皇太后と何苗をも何進が目論む宦官抑圧政策に反対させることができれば、何進は何氏のなかで孤立するというわけだった。
「車騎将軍は手荒なことを好まれぬお方。情を尽くしてお願いいたせば、わかってくださるでしょう。」
「それは妙案。事は急を要する。早速、かかるといたそう。」
こうして練り上げられた2人の策は実行に移され、狙い通り何皇太后と何苗を味方につけることに成功した。
宦官の存在は後漢王朝の伝統である、という趙忠らの主張に何皇太后と何苗は完全同意し、何進を諫めにかかったのである。
しかし、何進はすんなりとこれを受け入れることができなかった。
今や何進の勢力基盤となった名士たちの意向を無視できなくなっていたのだ。
追い詰められた何進がとったのはさらなる強硬手段であり、皮肉なことに朝廷を無視して非合法の軍閥の親玉になりつつあった董卓が表舞台に躍り出るきっかけをつくってしまうのであった。




