第9章 制御①
道はさらに続いていた。下りの傾斜が、徐々に緩やかになっていく。代わりに、通路そのものが、少しずつ広がっていた。最初は二人並んで歩くのがやっとだった幅が、今は四人五人と並べる広さになっている。天井も、いつの間にか高くなっていた。
数の増えた核晶の光で、もう全身を青白く染めるほどだった。リンの杖の光が、必要なくなってきた。
道の先が、明るく、開けていた。
「出口……?」
「いや、地形的に外ということはないはずですが」
二人は、無言で歩いた。足元の核晶に躓かないように。
通路の出口に立った時、アルティは、足を止めた。
「これは……」
目の前に、広い空洞が口を開けていた。すり鉢……いや、もっと歪な、片側が崩れた巨大な窪地とでも言えばいいだろうか。
空洞に入って数歩分の足場はあったが、その先は急な坂道——崖のように不規則に落ち込んでいた。
広い。広くて、深い。ここを降りていくには装備が必要だろう。
問題はそこではない。辺りじゅう、核晶で覆われていた。核晶の青白い光は決して明るくなかったが、これだけの量があるとまぶしくすら感じられた。綺麗と言うより、怖さの方が優った。
岩肌が見えるところもある。——もしかして岩蟲の体液で溶けたあとだろうか。
そして底に、黒い影が幾つも蠢いていた。直視したくないが、岩蟲の群れだ。先ほど倒したものと同じ姿が、十、いや、数えるのを諦めるくらいの数で、底を這い回っている。見たくない。見たくないのだが——
「なにあれ」
その中央に、一匹だけ、明らかに違うものが伏せていた。
胴の太さが、おそらく人の背丈ほどある。
窪地の底を占拠するように、その巨体がとぐろを巻いていた。鈍く脈打つように、ゆっくりと体を蠢かせている。先端の口は、人を丸ごと一人飲み込んでも、まだ余裕があるだろう。赤黒く湿った皮膚に、節のような筋が一定間隔で走っている。その節が、波打つたびに、わずかに広がったり閉じたりしていた。
「あ」
それが、足元を這い回る小さな岩蟲を、とらえた。小さな個体は音も立てず、巨体の中に呑み込まれて、消えた。
喉が、ひゅっと鳴った。
「アルティさん」
「見えてるよ。見たくないけど」
「そうじゃなくて、あれ」
リンが指差す先は、あの巨体ではなかった。
その遥か頭上。
広い空間の空中に。
なにかが、滞留していた。
闇……に見えた。黒、ではなく、闇。周りの光を全て吸い込んだような闇が、空気そのものを歪ませて、ぼうとそこに浮かんでいる。輪郭はない。ただ、その範囲だけ、光がなかった。
その淀みの底が歪んで、ぼと、と何かが落ちた。
目を凝らすと、それは小さな岩蟲だった。生まれたばかりのように、まだ動きが鈍い。落ちた地点で身を捩り、すぐに這い始める。
「……え?」
「魔力溜まり、ですね」
リンが、低く言った。
「……なんて?」
「ああ、ええと……ちょっと待ってください。なんて言ったかな。別の単語があったんですが……」
「——岩蟲、あそこから生まれてるみたいに見えたんだけど」
「正解です」
アルティの背筋が、冷たくなった。
その時、音に気づいた。
そうだ、水音だ。なにか、ざああというような……
ふと、アルティは視線をずっと左奥にやった。
空洞は広い。向かって左側の奥の岩壁の高い位置から——
「リン、あれ、滝?」
奥の岩壁の高いところ、二人のいる縁よりもさらに上の位置から、白い水の筋が流れ落ちていた。結構な流量だ。
核晶の青白い光に照らされて、水の筋は淡く光って見えた。
しずかな、けれど絶え間ない、低い水音が、空洞の奥に響いている。
「滝……ですね」
リンも気づいて、目を細めた。
水が落ちる先は、岩盤がくぼんで、滝壺になっていた。落ちた水が、白く泡立っている。
しばらく、その滝壺を、二人は黙って眺めた。
水は、絶え間なく流れ込んでいた。
なのに——
「……溢れてこないんだね」
アルティが、呟いた。
滝壺の水位は、低い。よほど滝壺が深いとしても、水の行末が見えなかった。
「——下、があるんですかね」
リンが言った。
「下?」
「滝壺の底から、もっと下ですね。下にもまだ空間があって、そこにまた滝みたいに流れて落ちているのかもしれません。水脈というか」
アルティはもう一度、すり鉢の底を見下ろした。
滝壺のこちら側に流れてきている水も、あまり広がっていない。底全体が、ゆっくりと水を下に通しているようにも見えた。
「ここの底のとこ、岩盤薄いのかな」
「岩蟲の体液で薄くなってるかもしれませんね」
「うえ……」
しばらく、二人とも黙っていた。
滝の音だけが、空洞の奥に、ずっと響いていた。




