第8章 その性質がわかったら⑤
岩蟲が消えた岩陰の先、道はゆるく右へ曲がっていた。
杖の光に照らされた壁面は、もう核晶で覆い尽くされている。岩よりも結晶の面積が多い。青白い光が四方から滲んで、二人の顔を下から照らしていた。リンの金髪が、光を吸って淡い緑がかって見えた。
足元の苔は途切れ、代わりに濡れた岩肌が剥き出しになっていた。靴底が、ぴた、ぴた、と湿った音を立てる。
アルティは弓を構えたまま、左右を見回した。
「ねえ」
「なんでしょう」
「なんで岩蟲ばっかなんだろ」
声は努めて平静を装ったが、語尾が少しだけ尖った。いや、仕方ないだろう。
「まあ、洞窟には多いですよね、岩蟲」
「もうちょっと、こう……獣っぽいのとか、そういうのがいいな……もう帰りたい」
その時、また、ずる、と音がした。
「もうやだ」
矢を弦につがえた。
「援護します」
「何する気?」
「アルティさんが外さなければ大丈夫です」
「どういうこと?」
「当てた上で、貫通させないでもらえると」
「注文多い!」
ぐち、と岩陰の奥で湿った音がした。アルティは口の中で短く悪態をつき、弦を引いた。
岩蟲が一体、そこにいた。
狙いは胴の前方、節の境目。貫通させない深さで止めるなら、あそこがよさそうだ。
背後から詠唱が聞こえる。短い、いつものリンの詠唱。振り向く余裕はない。
息を止める。
放つ。
矢が放たれた瞬間、矢尻が一瞬明るく強く光った。空気を切って飛んでいく矢の先端に、小さな炎が纏わりついていた。
炎ごと、岩蟲の胴に深々と突き刺さる。岩蟲の体が一瞬だけ膨らみ、それから動かなくなった。矢は背中まで抜けていなかった。
「おお。お見事」
「今の何?」
アルティは弓を下ろさずに振り返った。
「矢尻に小さい炎を纏わせて、火矢にしてみたんですよね。威力があがるかなと」
「外したらどうなるの?」
「矢は止まると思うんですけど、炎はどうかな……」
「ええ……それなら、炎の魔法を貫通しない程度に加減して、リンが直接狙ったらよくない?」
「アルティさんの方が狙いが確実じゃないですか」
「私、あの虫、狙いたくないんだよね!」
「まあお気持ちは重々。ところであの岩蟲」
「なに?」
「あれ」
リンが、先ほど倒したばかりの岩蟲を指差した。アルティは嫌々、その死体を見る。
「見えます?」
「見えるけど」
「周りの核晶、溶けてません?」
言われて、岩蟲の周囲を見る。確かに、硬いと聞いた核晶が、岩蟲の下でどろりと変形していた。形を失った結晶の縁からは、青白い光は失われている。
「え……あれ、なに」
「体液か消化液か……わかりませんけども。触ると火傷じゃすまないかもしれませんね」
よく見ると、岩蟲が通ってきた部分もぬるりと光っている。岩蟲自体の粘液かなにかと思っていたが、もしかして、土や岩肌をも溶かしているのかもしれなかった。
「嫌いな理由がもう一個増えたよ。ありがとう」
「触らないようにしましょうね。さて、どうしますか」
「どうって?」
「帰りませんか? 少なくとも、人はいなさそうです。岩蟲ももちろん嫌ですけど、脅威と言うほどではない。核晶もあることが確認できました。あとはエルディンさんに任せてよくありませんか?」
「うーん……」
アルティは奥の道を見やった。青白い光は、どこまで続いているのかわからない。確かに、これ以上進む理由は、もうあまりなかった。
「確かに。どこまで続いてるかもわからないし、このあたりで引き返しても」
アルティが言いかけたその時。
ずずずずず……と、低く、鈍い音が洞窟を揺らした。
足の裏から伝わってくる。岩そのものが、わずかに振動していた。
「……なに」
アルティは思わず弓を構え直していた。
「奥……からに聞こえましたね」
リンも、奥の闇に目を向けた。
「岩蟲、ってサイズの音ではなかったよね」
「岩蟲だとしたら、ものすごい数かも」
「やめてやめてやめてやめて想像させないで!」
アルティが弓ごと身を縮めた。リンは、苦笑し、それからもう一度、奥の道を見た。
「まあ……ここまで来ましたし、もう少し奥を確認だけして帰りますか」
アルティは耳を澄ました。もうあの音は聞こえないが、なにか——別の音がする。
「なんか……水の音がする」
「水?」
「聞こえる?」
「——わからないですが、水源かなにかあるんですかね。行ってみましょうか」




