第8章 その性質がわかったら④
「こっわ……」
声に出してみると、思ったより落ち着いている自分に気づいた。
「……ごめんなさい」
リンの声は、いつもよりずっと低かった。
「うん」
アルティはなんと返していいのかわからずに、そう答えた。
「いや、本当にごめんなさい。核晶が魔法では加工できない、ということは知ってたんですが、まさか跳ね返るとは——」
リンの目が、四方の壁の核晶を見回した。それから、アルティの手の中のペンダントに留まった。
「大丈夫。こういうのは、結構慣れてるから」
「慣れてる?」
「魔法使いと戦うために、訓練受けてるからね……」
アルティはペンダントを握り直した。鎖はちぎれていなかった。短く息を吐いてから、ペンダントを首にかけ直し、石を肌に当てた。
胸の奥で、いつもの感覚がした。何かが閉じるような、絞られるような。
深呼吸を一つ。心臓は、まだ少し速かった。
「ねえ、あれ、魔法を反射するってこと?」
「——です」
リンは、近くの壁の核晶に手を伸ばした。指先で軽く触れる。アルティも試しに触ってみると、表面は冷たく、滑らかだ。ただの石、としかわからない。
「下手に魔法はうてないですね……」
「じゃあ、リンは後ろに下がっててもらうしかないなあ……」
「ちょっと質問なんですが」
「なに?」
「乱反射させること前提で、アルティさんのペンダント外しっぱなしにすることとかできるんですか?」
「あー……でもそしたら、そもそもリンの魔法が使えなくなるよ?」
アルティは少し首を傾けて笑った。多分、魔法自体発動できない。だからこそ、魔法使い相手の切り札として、審問官をやっているわけだ。
「なるほど。では、一体どのくらいの範囲の魔法を消せるものなんですか?」
「私の手が届く範囲は少なくとも消えるんだけど、多分もうちょっと広く消えてそうなんだよね。あと、ペンダント外した瞬間は結構広範囲に消えてそう」
「——もしかして、自分で自分の能力の範囲を知らない?」
リンの眉が、わずかに上がった。
「いろいろエルディンが調べてくれたんだけど、調べようにも魔法が消えちゃうから、調べにくくて……」
ペンダントを手に入れる前も、手に入れてからも、それなりに調べようとはしたのだが……エルディン以外の誰も協力してくれなかったから、もうお手上げだった。
それに、あまり長時間外すことをエルディンが許さなかったから、時間をかけて調べることもできなかった。まあ、ペンダントを手に入れるまでは、気絶しているか起きているかみたいな生活だったので、エルディンが心配するのも仕方ないのだが。
「なるほど。……でもちょっと、それだといざという時困りますよね。今度実験しましょうよ。せめてどの範囲まで消えるかわかるだけでも」
「——リンは、私が不気味じゃないの?」
言ってから、少しだけ後悔した。聞かなくてもよかったのに。
ペンダントを手に入れるまで、エルディンの離宮では、腫れ物のように扱われていた。
アルティは、目に見えない疫病のようだった。便利な魔法を全てなくしてしまう、正体のわからない存在。エルディンしか、自分を一人の人間として扱ってくれなかった。
わからないものは怖い。不気味だ。人間なら誰でもそうだろう。自分だって、逆の立場だったらどうしていていたかわかない。
今は、ペンダントのおかげで「制御できる体質」として周囲の人に受け入れてもらっているが、それでも、多分……本音は、気持ち悪いだろう。
「不気味? なにが?」
「この体質」
「不思議とは思ってますけれども、不気味というよりは、不便じゃないかなと」
「……そう?」
「……そうじゃないですか?」
リンは眉を顰めて首を傾げた。
そうか、確かに、不便だ。なにかわからない不気味さはよりも、一番は、不便に違いなかった。
「……うん、確かに」
そんな風に言われたのは初めてで、少しだけ、笑った。
「でも、わかんないことって、不気味じゃない?」
「ああ……でも、それが理由なら、わかるように努力すればいいだけじゃないですか」
「簡単に言うね」
「そうやって人類は文明を発達させてきたわけですから。過去に不気味だったものも、調べて調べてそれがなんなのかわかって、今は普通の現象になってることがいろいろありますよ、きっとね。ほら、あの岩蟲だって、性質がわかればそんなに不気味には思わないかも」
「いや、ちょっと待ってよ、私と岩蟲を一緒にしないでくれる?」
「……おかしいなあ、きれいにまとめたつもりだったんですが……」
リンの言葉に、思わず二人で笑った。
でも、そうか——わかってしまえば、怖くないことも、不気味じゃないことも、たくさんあるかもしれない。私も、岩蟲も。
いや、岩蟲は別か。
アルティは、大きく息を吐いた。
「——うん、わかった。今度実験に付き合って」
「任せてください」
「でもひとまずは……この先だよね。リンは下がっててもらうしかないか。どうしよう」
アルティは前方の道を見やった。倒れた岩蟲の向こう、青白く光る核晶の壁が、奥へと続いている。
矢はあと十本。果たしてそれでここから先に進めるだろうか。いざとなれば短剣もあるのだが、短剣を使うと言うことは……想像をしたら、全身に鳥肌がたった。
「補佐しますよ」
「補佐?」
「思いついたことがあるので」
リンは小さく頷いた。それから、倒れた岩蟲の方に目を向けた。何かを考えている——何かはわからないが。
「先に進みますか」
「うん」
アルティは弓を構え直した。掌の汗を、軽く服で拭ってから。




