第8章 その性質がわかったら②
木々が途切れると、岩壁が現れた。
山の斜面がそのまま切り立ったような岩肌で、その根元に、大きな口が開いている。洞窟の入り口だった。周囲の岩に比べて、そこだけ空気が違う。湿った土と、冷たい石の匂いが、じわりと漂ってきた。
入り口の両脇に、石柱が一本ずつ立っていた。表面に細かくなにか彫られているけれど、風雨に削られて、模様なのか文字なのかも判然としない。右側の石柱の根元が、土から半分浮き上がるように傾いていた。
「やあ、これは随分古い封印ですね」
リンの声が、少し弾んで聞こえた。そういえば、エルディンもこういうの好きだったなと、ふと思い出した。二人は、どこか本質的に似た部分があるような気がする。まあ魔法使いは誰もこんなものなのかもしれない。
「封印ってこんな感じなの? 何も見えないけど」
「いろいろ種類はあるんですけどね。ま、中入れたら、解けてますよ……という確かめ方もありますが、見えるようにしてみましょうか」
リンは杖を取り出し、詠唱を始めた。リンの詠唱は、耳心地が良くて、好きだ。
すると、耳鳴りのような音が響き、思わずアルティが耳を塞ぐと、目の前に光の網が広がった。
「わあ……」
いや、網ではない。何かの文字のようだった。それが、柱と柱の間を埋めるように、光っていた。
しかし。
「——解けてますね」
「そうなの?」
「二枚で一つの封印になるタイプのものなのですが、片方が機能してないですね」
アルティはもう一度光の文字を見たが、二つで一つになった状態というのがどういうものかわからなかった。
「なので……」
リンが光の文字に向かって手を伸ばした。
するり、と、手は光の向こうへ入った。
「こう、通り抜けれます。いつからでしょうかね……」
「これ、この柱を直したら元に戻るの?」
「いや、今の技術では難しいんじゃないですかね。一から封印し直した方が楽だと思います」
「そっか……」
「なので、エルディンさんに連絡入れたら、僕たちの仕事はおしまいですね。あとは任せましょう」
「えっ、おしまい?」
アルティの声に、リンは瞬きをした。
「です……よね?」
「でもさ、封印解けちゃってるってことは、やっぱり中から魔物が出てくるかもしれないってことじゃない?」
「まあ……それはそうですが——今日明日どうこうなるものじゃないと思いますよ」
「今日明日は大丈夫でも、封印をかけ直すまで無事かはわからなくない?」
「うーん……でも、なにもいない可能性もありますよ」
「それに、盗掘に入ってる人がいるかもしれないんでしよ。それもほっとくと危なくない?」
「さすがにそれを助けるために入る必要があるかは……」
「そもそも核晶があるかの確認はしといた方がよくない? クレアさんをあれだけ煽っておいて、確認しないの良くないと思う」
「だから、そこまで煽ったつもりはなかったんですってば」
リンが杖を振ると、光が消えた。
「でもまあ……折角ここまで来たなら、確認しておきましょうか。ついでに、核晶の鉱脈ができてるなら見てみたいですし」
「見たいの?」
「見たことないので」
「そうなの?」
「アルティさんは見たことあります?」
「……ないよ」
「でしょ。僕も同じです」
リンの言うことはその通りなのだが、なんとなくリンなら見たことがありそうだと思っていた自分に気がついた。
「まあ、危なくない範囲で帰りましょう」
「危なかったらほっとくのも心配だけどね……」
外の光の差し込まない洞窟の中は暗かった。
リンが小さく詠唱すると、杖の先に淡い光が灯った。蝋燭ほどの明るさだが、足元と数歩先の壁を照らすには十分だった。
最初のうちは、何の変哲もない洞窟だった。天井は手を伸ばせば届きそうな高さで、両側の岩壁は湿った苔に覆われている。床は緩やかな下り坂で、靴の底に小さな砂利が噛む音がした。風がない分、寒さは和らいでいた。しかし、奥へ進むほど、空気がわずかに重くなっていく気がした。
しばらく歩くと、道が左に折れた。曲がった先で、リンが足を止めた。
「アルティさん」
リンが杖の光を、壁の上方に向けた。
壁の岩肌に、淡い青みを帯びた光の点が、ぽつりと一つ、見えた。よく目を凝らすと、ごく小さな結晶が、岩の表面に埋もれるように顔を出している。
「これが核晶?」
「ええ。ありましたね。小さいですけどね」
「光ってるよ?」
「暗いところならそう見えますね。多分昨日見たものも、暗ければ光ると思いますよ」
「核晶があるってことは、やっぱり危ないかも?」
「それはわかりませんが……もう少し進みますか」
アルティは頷いて、弓に手をかけた。背中の矢筒の感触を確かめ、矢を一本、指の間に挟む。
道はさらに下っていた。曲がりくねりながら、ゆっくりと深く。
アルティが足を止めた。
「ねえ、これ」
杖の光を寄せると、岩肌の一部が、不自然に削れていた。岩を砕いた跡だ。
「核晶を採った跡かな?」
「……わかりませんが、何か掘ってますね」
リンが屈んで、窪みを確認した。床の苔に、薄く踏まれた跡がある。
「もう少し奥をみましょうか」
道を進むと、抉り跡は続いていた。
一つ進むごとに、また新しい採掘の跡が現れる。最初は小さかったそれが、徐々に大きくなっていく。岩壁の一面が、人の背丈の倍ほどの高さで、丸ごと削り取られているような箇所もあった。床の苔は踏みつぶされ、岩壁の脇には、木枠の角かなにかを引きずったような、まっすぐな溝の跡もあった。
盗掘という言葉から想像してた規模ではないように思う。
道沿いに、核晶そのものは見当たらなかった。ただ、抉り取られた跡だけが、延々と続いている。
「よくわかんないけど、根こそぎって感じだね」
「硬いから、岩盤ごと掘ってるんですかね」
「ああ……」
盗掘というより、採掘現場だった。少人数でこそこそ、というような規模ではなさそうだ。
しばらく歩いた後、アルティが足を止めた。
「リン、あれ」
指差したその先。
岩肌が、光を放っていた。
手付かずの核晶が、結晶のまま岩に埋もれていた。淡い青の光が、岩肌のあちこちから漏れている。大きなものは、握り拳ほどもある。
あれだけ続いていた採掘の跡が、ここで、ふつりと途絶えていた。
「ああ、核晶ですね。これはすごいな」
「ここからは、これから掘るつもりだったのかな」
「ここまでで止めたのか、それとも——」
「それとも?」
「ここから先に、入りたくない理由があったか」
「それはやだなあ……」
アルティは弓を握り直した。
道はまだ続いていた。削られた様子のない青白い石が、奥へ奥へと続いている。
二人は無言で、その先へ進んだ。




