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七賢者の涙  作者: 相川晴(HAL)
第二部 知恵の実は幸福をもたらすか
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第7章 What are little girls made of?④

 二度目のキスは、さっきより少しだけ長かった。

リンの手が髪に触れた。耳の後ろを、指先がゆっくりと撫でる。ぞくりと肌が粟立ったが、嫌な感覚ではなかった。

 息が近い。吐息が唇にかかる。葡萄酒の匂いが混ざっている。

 唇が離れた時、アルティが「甘い」と囁くように言って笑った。葡萄酒の蜂蜜の味だった。

 リンが、一瞬、止まった。

 アルティを見下ろす目の色が、わずかに変わった気がした。


 リンの手が、アルティの頬に添えられた。親指が、ゆっくりと頬の輪郭をなぞる。さっきよりも、少しだけ、触れ方が違っていた。

 もう一度、唇が重なった。

 今度は深かった。

 唇を割る、柔らかくて温かい感触に、頭が白くなって、置き場のなくなった手で、リンの長衣の胸元を、掴んだ。

 唇が触れたまま、リンの手が、頬から首筋に滑った。指先が、耳の後ろから髪の中に入り込んで、後頭部を支えるように添えられた。

 寝台が、わずかに軋んだ。

 リンの手が背に回されて、抱きしめられた。長衣越しのリンの体は、少しだけ、熱い。

 手をリンの頬に伸ばすと、リンが唇を離した。わずかに。


「首に」

「首?」


 リンは、ふっと笑うと、アルティの手首を持って自分のうなじに回した。

 やっと意味がわかって、両手をリンの首に回す。

 もう一度唇が重なる。何回目か、もうわからなかった。

 背中が、ゆっくりと寝台に傾いていく。布団の上に着くまで、たっぷり数秒かかった。

 毛布が膝から滑り落ちて、床に音もなく崩れた。


 リンが上から覆いかぶさるように、顔を寄せた。長い金の髪が、頬に降りた。

 唇が、また触れた。

 今度は前よりさらに深かった。

 リンの手が、布の上から、肩の形をなぞり、鎖骨の縁を、指の腹で辿った。

 リンの唇が、頬に触れた。それから、顎の下に。首筋に。

 唇の柔らかさに、思わずぎゅっと目を閉じた。

 息が浅くなっていた。苦しいわけでもないのに。

 リンの指が、ゆっくりと、鎖骨の下に降りた。短衣の襟元の縁を、指先がそっと辿る。

 布の縁、紐の結び目。

 指先が、結び目にかかった。


 その瞬間、手が、無意識に、リンの手首を掴んでいた。


「——待って」


 声は小さかった。掠れていた。

 リンの動きが止まった。

 掴んだ手の力は弱かったが、リンはそれ以上指を動かさなかった。

 顔を上げて、アルティを見た。近い距離で。二人とも息が乱れていた。


「あれ……私、待ってって言った?」

「言いましたね」

「ごめん」

「いや——ちょっと自分でも止まらなかったので、止めてもらってよかったです」


 リンが、アルティの肩に額をつけ、長い長い息を吐いた。金の髪がアルティの首筋に触れた。くすぐったかった。


「そんなことあるんだ」

「ね、驚きますよね。僕も驚いてます。空気に飲まれかけました」


 まだ少し息づかいは荒かったけれど、いつものリンの穏やかな声だったので、アルティはつい笑った。肩の上のリンの額が、笑うたびに少し揺れる。


「大丈夫ですか?」

「なにが?」

「嫌なことをしてしまったのなら」

「ううん。それは、全然」

「それなら良かったんですが」

「眠いの」

「……そう言ったらお開きって言いましたっけね」

「だから、また今度ね」

「いや、そういう煽る言葉はよくないです。次を期待してしまうので」

「え、次はないの?」

「——やっぱりアルティさんは、お酒を飲むべきではないと思います」


 リンが唸るように言った。

 アルティは笑って、目を閉じた。

 よかった。言葉を失っていた時、もうこんな風に喋れなくなったらどうしようかと、それが怖かった。

 自分も、リンも、別人みたいで。

 だから、戻ってこれたことに、ほっとしていた。

 なかったことにしたいという意味じゃなくて、ただ、この関係を、リンを手放したくないと思った。思って、少しだけ、驚いた。


 リンの重さはほとんど感じなかった。肩に額をつけたまま、それでも離れようとしないリンの息が、首元に当たっている。温かかった。

 抱きしめたい気持ちになったけれど、今はやめておいた方がいいと思った。

 本当に、眠くなっていた。

 さっきまでの熱が穏やかにおさまって、緊張が解けて、瞼が重くなる。

 あたたかい。

 今なら、気持ちよく寝られそうだった。

 リンの声が遠くに感じた。何か言っていたが、もう聞き取れなかった。「おやすみなさい」だったのか、それとも。


 最後に感じたのは、温もりが遠ざかる感覚だった。

 そのまま、眠りに落ちた。

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