第7章 What are little girls made of?②
最初は真面目な話をしてたように思う。今日のこと、明日のこと。猫のこと、グラニスのこと。
話すことは尽きない。
何を話してもリンは話に乗ってくれるし、面白おかしく返してくれる。瓶の中身が減っていくのに比例して、話はあちらこちらへ飛ぶ。今日見た石鹸の作り方、葡萄酒に入っている香辛料の産地、次に猫を捕まえた時の対処法——
「——人と関わるのが嫌い?」
今日、グラニス邸からの帰り道での会話を思い出して、アルティが呟いた。
「なんですか、急に」
「こんなに面白いのに?」
「なんのことです?」
「リンのこと」
「僕? ……ああ、その話ですか」
「リン、面白いから、人と関わるの、嫌がらなくていいと思うんだよね」
「面白いと思うのはアルティさんくらいじゃないかと思いますが、そういうことではなく、その、苦手なものは苦手だから、無理して関わらなくていいなって考えるようになったんですよ。昔は無理してましたが」
「そういうもの?」
「そういうものです」
「リンがこんなに楽しい人って知ったら、みんなリンを好きになると思うのに」
リンは、ゆっくり二度ほど瞬きをした。
「——アルティさん、平気な顔してますが、実は結構酔ってません?」
「ううん、全然」
アルティはゆっくり首を横に振った。少しふわりとした感覚が気持ちいい。
「もしかしていつものより、アルコール強い……?」
リンは自分のカップを傾けた。確かに、この葡萄酒は温かいせいなのか、香辛料のせいなのか、どのくらいの強さかはっきりしなかった。
「本気で言ってるんだけどな」
「アルティさん」
リンはため息をついた。
「あのですね……多分、今少し弱ってて、いろいろ見失いそうになってるんじゃないかと思いますが、つけ込みそうになるから自重してもらえると助かります」
「——なんの話?」
アルティは訝しげにリンを見た。リンの顔は、薄暗い部屋の中でもわかるくらい真剣だった。
「いえ、ですから……その、エルディンさんのことで」
「エルディン? なんでエルディンが出てくるの?」
「ですから——え、聞いても大丈夫ですか?」
「だからなんの話?」
「だから、アルティさんがエルディンさんのことが好きで、その……多分、何某かの決着をつけたんじゃないかと」
リンが何を言ってるのか一瞬理解できず、アルティはきょとんと目を開いたあと……ぱたんとベッドの上で倒れた。顔に血が昇っているのがわかる。毛布がくしゃりと潰れた。
「ほら」
「——ちょっと違う」
「違う?」
「違うの……」
だめだ、笑うしかない。天井を見上げたまま、肩が揺れた。
リンがこちらを見ている。多分、困惑しているのだろう。わかっている、笑う内容ではない。でもまさか、リンがそんな風に受け止めていたなんて。
「あのね、逆」
「逆?」
「エルディンが私を好きなの。好きだったの」
アルティはなんとかベッドの上で半身を起こした。
「誤解されてるのも困るから言っちゃうけど、昔ね、エルディンから好きだって言われてるし、結婚も申し込まれたけど、断ってるの」
「??」
リンの目が、理解できないというように泳いだ。椅子に座ったまま、カップを片手に、明らかに処理が追いついていない顔をしていた。それが、おかしかった。
「いや、ん? でも、アルティさんもエルディンさんのことが好きですよね」
「好きだよ」
素直に答えた。それは否定するところじゃなかったから。
「好きだけど、結婚なんてできるわけないじゃん。相手は王族だよ? 王子様と結婚できないでしょ?」
「じゃあ身分差が原因で身を引いたんですか?」
「あー……いや、そこもちょっと違って……もちろん、それもないわけじゃないんだけど、私の好きと、エルディンの好きが、違うんだと思ったの」
「違う?」
「エルディンのことは本当に好きだし、今でも好きなんだけど、ええと、なんて言えば良いんだろう、キスしたくなるような好きじゃないというか」
「……人間として好きだけど、ということですか?」
「ああ、そう! それ!」
リンの分類があまりに的を射ていて、アルティがぱっと笑顔になった。
「じゃあ、あの——グラニスに来る途中の宿で、二人とも様子がおかしかったのは……?」
「エルディンに確認されただけだよ。気持ちは変わらないかって」
「……それで、アルティさんは?」
アルティは無言で、首を横に振った。
なんと答えたかは言えなかった。言葉にできるものでもなかった。
「あの……本当はあまり言いたくはないんですけど」
リンは一度目を手元のカップに落とし、それからもう一度アルティを見た。
「無理してるんじゃないんですか。その、相手のことを思って、恋愛感情とは違うって自分に言い聞かせているだけのように、見えます」
「いや、うーん……その境目は私もよくわからないんだけどさ、でもね、キスされてもどうにもしっくりこなくて」
「ちょっと待ってください、それはいつの話です?」
「ええ……いつだっけ、三年くらい前……?」
少し冷たい空気の、そう、秋だったことは覚えているのだが、それが何年前だったかはよく思い出せない。アルティは口元を手で覆って首を捻った。
「じゃあ、今したら、また違うかもしれないじゃないですか」
「そう? じゃあ、ちょっとしてこようか……」
「いや、そうは言ってないです。いや言いましたけど、そうじゃないです」
リンが少し早口で言い、アルティは少し笑った。
「どうかなあ。わかんない。わかんないけど、もう決めたし……それに、クレアさんと一緒のところ見ても、辛くなかったんだよね。もうちょっと悲しいとかなにか思うかなと思ったけど、そうでもなくて。エルディンに、エルディンの合う人と一緒に、幸せになってくれたらいいなって思った」
「なるほど……」
リンは、机のカップに手を伸ばした。
「ひとまず、飲みましょうか」
「え、なに、どうしたの」
「いや、ちょっと思ってたのと違ったので、ひとまず飲みましょう。僕は飲みます」
リンがカップを煽った。一気に飲む姿を見たのは初めてだった。




