第7章 What are little girls made of?①
「久しぶりに飲みたいなあ」
とアルティが言い出した時、リンは数回瞬きをした。
「昨日も食べながら飲んでましたよね?」
「違うの、ちゃんと酔うまで飲みたい……グラニスの温かい葡萄酒を心ゆくまで飲みたい……」
リンは羊肉のトマト煮込みの最後の一口を匙ですくいながら、大きくため息をついた。煮込みの皿はほとんど空だ。この男は見た目に反して、よく食べる。
「さっきの話し合いが疲れたから、気晴らししたいんだよね」
「それは……それは、すみませんでしたとは思いますけども、アルティさん、自分が
どのくらいまで飲んだら大丈夫なのか、わかってないじゃないですか」
「そんなことないよ、前はエルディンにひたすら止められてたから、たまに飲んだ時に失敗してたけど、リンといるとリンが止めてくれるから失敗しなくなったよ」
「それは、自分でわかってるとは言いませんよね」
「だから、リンが見てたらいいんじゃないの?」
リンは目をつぶるとこめかみを押さえた。
「また部屋で、ですか?」
「うん」
「二人で飲まない方がいいと思うんですよねえ……」
「でもここじゃ酔えないし」
アルティは周りをちらりと見渡した。銀嶺亭の食堂はまだ賑わっている。隣のテーブルでは坑夫らしき男たちが声を上げて笑っていたし、カウンターにも人がいる。
アルティは決してアルコールに弱いというわけではない。強いわけでもないが、食事の時に少量飲む程度ではほとんど酔わない。ただ、人目があると酔えない感じがする。
「僕も疲れてますし、やめときませんか?」
「飲んで寝たら良くない?」
「じゃあ、眠いって言ったらお開きにしてくれます?」
「それはまた別問題かなあ」
「ほら」
「だって一人残されたら寂しいし」
「そういうところがですね、よくないと思うんですよ」
リンの言葉に、アルティは口を尖らせた。何が良くないのかわからない。いや、もちろんわかっている。そういう絡み方は嫌がられることくらい。
「ねえ、リン、まだ話したいことあるしさあ。お願い。眠いって言ったら、ちゃんとお開きにするから」
リンは、長い長いため息をついた。諦めのため息を。
銀嶺亭の酒場のカウンターで温かい葡萄酒を瓶ごと買い、カップを二つ借りた。グラニスの葡萄酒は、香辛料と蜂蜜で味をつけて温めたもので、レンスティアではあまり見ない飲み方だった。瓶を手に持つと、陶器越しにじんわりと熱が伝わってくる。
「行きますか」
「うん」
銀嶺亭は、一階に酒場兼食堂があり、二階、三階が宿屋になっている。階段を上がる足音が、食堂の喧噪から遠ざかるにつれて、建物の中が静かになっていく。アルティの部屋は二階の奥だった。隣はリンの部屋だ。鍵を開けて中に入る。
小さな部屋だった。寝台と、壁際の小さな机と、椅子が一脚。窓は一つ。こぎれいで、冒険者の宿としては広めの一人部屋だと思う。それでも二人で過ごすには少し狭い。窓の外は暗い。
リンが燭台にあかりを灯した。魔法だ。魔法使いの生き方は普通の人とちょっと違うだろうな、と思った。
「ちょっと鎧脱ぐから、リン、座ってて」
アルティは武器を下ろすと、鎧を脱ぎ始めた。革と金属でできた鎧は、アルティの体ぴったりに作ってもらったものだが、脱ぐのにとにかく時間がかかる。肩当ての留め具を外し、胸当てのバックルに手をかける。
リンがマントを脱いで、椅子の背にかけているのが見えた。あちらは身軽で羨ましい。
鎧を脱いで短衣一枚になると、アルティは、迷わず寝台に腰を下ろし、靴を脱いで足を上げた。あぐらをかいて、膝の上に毛布を引き寄せる。これでやっとくつろげる。
「リン、椅子使って」
「はい」
リンは椅子を寝台の方に引き寄せて座った。机の上に瓶とカップを二つ並べ、葡萄酒を注いだ。湯気が細く立ち上る。香辛料の匂いが、狭い部屋にふわりと広がった。小さな窓と閉じた扉のおかげで、匂いの逃げ場がない。部屋ごと、甘い香りに浸された。
「ん、これこれ。いい匂い」
アルティがカップを受け取り、両手で包み込んだ。一口含むと、甘くて温かい液体が喉を滑り落ちた。蜂蜜の甘さと、香辛料の少しだけ刺すような温かさ。
「おいし」
「甘いんですね、これ」
「どう?」
「結構好きかもしれません」
「あったかいのがいいよね」
「この時期には嬉しいですね」
いつもはあまりお酒を好まないのに、珍しくリンに好評だったので、少し嬉しくなった。
「飲んで飲んで」
アルティがリンのカップに温葡萄酒を注ぎ足した。
「いや、アルティさんが飲みたかったんじゃないんですか?」
「飲むのも好きだけど、楽しく飲んでる人見るのも好きなの」
「なるほど」
「なるほど?」
「まあ、それは僕もわかるなと」
「じゃあ乾杯」
「もう飲みはじめてますけどね」
カップが軽くぶつかって、陶器の乾いた音がした。




