第6章 卵が先か、鶏が先か③
館の門を出ると、空気が変わった。冷たい風が頬を叩き、館の中の乾いた温もりが嘘のように遠い。日はだいぶ傾いていて、長い影が石畳を斜めに横切っていた。
長い時間話し込んでいたと思ったのに、まだ日が落ちていなかったことに少し驚いた。
「リン……猫探しながら、あんなにいろんなこと考えてたの?」
「そこまで考えていたわけじゃないですよ。いくつか気になることが繋がっただけで」
「へこむなあ……」
アルティは首の巻布の中に顎を埋めた。猫を追いかけて汗をかいただけの自分が、とてつもなく小さく感じた。
「そもそも、あの工房に辿り着かなければなにもわからなかったんですよね。流石に核晶があったので、いろいろ繋がっただけで。猫探しもやってみるもんだなと思いましたよ。僕一人だったら、工房には行ってないでしょうからね。今回の依頼なら、直接禁足地の調査に行ったでしょうから」
「行ったらそこで気づかない?」
「どうですかね……少なくとも、禁足地で面食らうことになったでしょう」
「そうかなあ。リンなら、それでも一人でなんとかしちゃいそうな気もするんだよね」
リンは首を傾げた。
「適材適所……役割分担、じゃないですかね。少なくとも僕は、鍵開けはできませんし、猫を追いかけて塀を登ることもできません。大蝙蝠の個別撃破も苦手ですね」
「大蝙蝠に関しては反省してくれてもいいよ」
「はい……」
「でもそのくらいじゃない?」
「いえ。僕は初対面の人と話すのも苦手ですし、そもそもあまり人と関わるのが好きではありません」
「そうなの?」
「そうですよ。知りませんでした?」
言われてみれば、そうだった。聞き込みの時、先に声をかけるのはいつもアルティだ。グラニスに来てからだけを思い返しても、鍛冶屋でも、市場でも、工房でも。リンは少し後ろにいて、聞き役に回っている。それをアルティは「人見知り」だとは思っていなかった。この男の笑顔とよく喋る様子を思い出すと、人見知りと言われても、にわかには信じがたい。
「——あれ? でも私と初対面の時、結構……めちゃくちゃな無茶振りしてきたじゃん」
「ああ、それはまあ……なんでですかね。アルティさんは、最初から初対面の気がしてないんですよね」
リンが顎を指でなぞりながら首をひねった。
「実は昔どこかで会ってるのかもよ、小さい頃に」
「そうだったら面白いですけどね」
アルティは、幼い自分とリンが出会って、野原かどこかを駆け回っているところを想像して、少しだけ笑った。
「そもそも、僕ができることをアルティさんが全部できたとしたら、僕とパーティ組んでる意味がないじゃないですか。逆もそうですけど」
「……そう?」
「と、僕は思いますよ。一人じゃできないことができて、少なくとも僕は大変毎日楽しいです」
「猫探しとか?」
「えーと、そうですね。まあ僕一人だったら、受けないですよね」
「それで楽しいの?」
「——はい、楽しいです。本当に、毎日」
冗談で返してくると思っていた。そうはしなかった。声は穏やかで、静かで、でも口元は笑っていた。
坂の下から、夕方の鐘が鳴った。低く、長く、石造りの街の中を這うように広がって、やがて山の方へ吸い込まれるように消えていく。もうすぐ、グラニスの街の門が閉ざされる時間だ。
「なら、いっか」
これだけ一緒にいても、リンのことがわからない。何を考え、何を目的にして自分といるのかも。
わからないけれど、そうか。楽しいと言うのなら、悪いことではないのだろう。
「お腹すいたね」
「明日のためにもしっかり食べましょう」
二人は顔を見合わせて、少し笑って、坂道をゆっくりと歩き出した。




