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七賢者の涙  作者: 相川晴(HAL)
第二部 知恵の実は幸福をもたらすか
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第6章 卵が先か、鶏が先か②

 リンは表情を変えず、そのクレアを見ていた。だが、つと、エルディンに視線を向けた。


「……そちらについては、エルディン様に任せていいですか」

「わかった」

「話を続けさせてください。核晶の出処についてです。他の国から流れてきたのではない場合、新たに鉱脈が見つかった可能性があります。それが、グラニスの禁足地です」

「ごめん、話が飛びすぎてわからない。どうしてそこで禁足地が出てくるの?」


 アルティはもう一度手を挙げた。もうなりふり構ってはいられない。


「——ああ、すみません。説明を端折りすぎました。ええと、エルディン様は僕の言っている意味がわかりますか?」

「正直、わからん。ただ——過去に禁足地で核晶の鉱脈が見つかったという例は知っている」


 リンは頷いた。


「それを知っているなら話が早いです。説明していきましょう。禁足地は、過去に危険があるとわかって封印している土地になります。危ないから近寄るな、という場所なんですね。危ない理由は様々なんですが……多くは、危険な魔物が出現するから、という理由です。グラニスの禁足地はどうですか?」

「その通りだ。過去に危険な魔物が出て、封印された」


 エルディンが首肯した。


「さて、話を一旦変えましょう。核晶の話になります。核晶は、どこで採れるか知ってますか?」

「さっき、鉱脈があるって言ってたよね」

「そうです。ところがこの核晶の鉱脈、危険な魔物が居る、もしくは居た、とされる場所に見つかることが多いんです。なぜでしょう?」

「核晶を魔物が狙っているってこと?」

「そうですね、そう考えるのが自然でしょう。だからこそ、討伐隊を結成して鉱脈を確保して、その確保した鉱脈自体を王家が管理している。単純に貴重であるという理由以外に、危険を伴うから、ということで、この国ではそうしているんでしょう」

「うん……それはわかった。じゃあ、グラニスの禁足地に核晶の鉱脈があって、それで強い魔物が狙ってやってきて危険だったから、封印してるってこと?」

「いや、待て。グラニスの禁足地に核晶の鉱脈があるなんて情報はない。さすがに核晶が見つかっていれば、その話も伝承として残っているはずだろうし、それこそ鉱脈があるとわかっているなら、すでに王家が確保しているはずだ。封印してしまっては、核晶も採れなくなるから」


 リンは頷いた。


「そうですね。そこで、先ほどエルディン様がおっしゃっていた、『他の禁足地で見つかった核晶の鉱脈』の話になります。そこも、おそらく、元々は核晶があるとは思っておらず、後から見つかった鉱脈のはずです。違いますか?」

「……その通りだ」

「ごめん、やっぱり意味がわからない」


 リンが、膝の上で組んでいた手を広げてみせた。


「つまりですね——逆転の発想をしてほしいんです。核晶があるから強力な魔物が狙ってやってくるのではなく、《《強力な魔物がいるから、核晶ができる》》んです」


 四人の間に沈黙が降りた。暖炉の薪がぱちりと爆ぜ、小さな火の粉が闇に散った。その音が、妙に鮮明に聞こえた。


「それは……それは、核晶は魔物が生み出している、ということか?」

「生み出していると言うか、死骸に——いや、死骸に直接生えてくるという意味ではなく……禁足地として封印して、死骸もなにもかもなくなって、みんなが忘れ去るくらいの時間が過ぎた頃に、ようやく核晶に変化する、と言った方が近いでしょうか。つまり、今のグラニスの禁足地の状態ですね」


 リンが言葉を切った。

 全員が押し黙った。あまりにも、情報量が多すぎた。


「——そんな説は、聞いたことがない」


 エルディンが、リンを見た。鋭い目で。


「そうですか。僕は文献で見たことがありますが、あまり知られてないのかもしれませんね」

「なんの文献だ」

「なんでしたかね……もうかなり前に見たものなので、書名までは覚えてないですね」


 リンは飄々と言った。本当なのか、答える気がないのか、外からはわからなかった。


「つまり、ただの仮説ということだな」

「そうですね。まあ、別に信じてもらえなくても僕は困りませんが」


 エルディンは首を横に振った。


「……いや、喧嘩をしたいわけではない。俄かに信じがたい話だったので、知識の元を確認したかっただけだ。気分を害してしまったなら、申し訳ない」


 エルディンは静かに頭を下げた。


「頭を上げてください。僕は怒っていませんから」


 その言葉が本当かどうかはわからなかった。だが、仮にも王族に頭を下げさせておきながら、平然としているリンの姿。アルティの知らない人間のようで——いや、リンは元々、誰でもあんな態度か、と思い直した。


「ありがとう。おそらく、わたしよりもあなたの方が知識が多い。今、あなたが考えていることを、まとめてもらえないか」


 頭を上げたエルディンを見、リンは一度深呼吸をしてから、三人に向かって話し出した。


「いいでしょう。過去に危険があって封印されたグラニスの禁足地ですが、今は核晶ができているかもしれません。しかも、それをすでに誰かが盗掘している可能性があります。しかもそれには、領主家が関わっている可能性がある。そして一番問題なのは」

「ちょっと待て、まだあるのか」


 エルディンの言葉に、アルティは思わず力強く頷いた。まだあるのか。


「もちろんです。これを伝えたくて今日ここに来たんですから。さあ、核晶の鉱脈がある場所は、どうでしたか。強力な魔物が居た、もしくは——?」

「……強力な魔物が、居る」


 アルティの言葉に、リンは満足そうに頷いた。


「——ということです。しかも、盗掘できているということは、封印が不完全であり、誰でも入ることができる状況。つまり、入ることができるということは、当然——出ることもできるということです」


 クレアの顔から血の気が引いていた。街を預かる人間として、「出ることもできる」が何を意味するか——アルティにだって想像がつく。

 リンは、長い説明を一気に終え、長い吐息を吐いた。


「要するに、危険が予想されます。街から禁足地が離れているのは幸いですが、早めに封印を張り直す準備をした方がいいでしょう」

「いや、待て。封印を張り直すのは一朝一夕にできるもんじゃない。準備がいる。そもそも……」

「封印の確認が必要でしょう? それは僕たちが確認に行きます。エルディン様には、もしもの時に動けるよう準備しておいていただきたい、という話ですね」


 リンはそこまで言って、息をついた。


「——そこまで焦る必要はないと思いますよ。危険があるかは正直わかりませんし、今はただの核晶の鉱脈になっているだけかもしれません。もしくは、全部僕の妄想で、なにもかも杞憂に終わるかもしれませんしね。そもそも、ただの謀反の準備であれば、話は簡単ですし」

「リン」

「——失言でした。すみません」

「この場で、そのような準備をしていないことを明言しておきます。すくなくとも、私はしていません。グラニス家としても、しているはずはありません。けれども、私の方で調べさせてください」


 クレアの顔は幾分か青ざめていたが、もう先ほどのような瞳はしていなかった。怒りや悲しみ以上に、自分のやるべきことを考えていたからかもしれない。強い人だな、と思った。


「わかりました。なんにしろ、今日この時間から動くのは難しいでしょうから、明日にでも。工房にあった結晶の量を考えると、おそらく数日でどうこうできる量ではありませんでしたから」


 リンの言葉に、クレアは頷いた。リンの口元にはいつもの穏やかな笑みが戻っていた。そうか、もしかすると、リンも緊張していたのかもしれない。


「僕たちも、明日には禁足地を確認に行きます。封印の確認をして——そこから先はエルディン様の仕事になるでしょうから、準備をお願いいたします」


 エルディンは頷くと、カップを持ち上げて、中身の香草茶を一気に飲み干した。カップをおろし、おもむろに言った。


「一つだけ、聞かせてほしい」

「なんでしょうか」


 エルディンは、リンを見た。真っ直ぐに。


「あなたは——ただの魔法使いではない。見る限り、協会にも所属していない。どうやってその知識を?」


 リンは膝の上で指を組み直し、首をわずかに傾げる。


「世界は広いですからね。この国だけに魔法があるわけではありません。たとえば、他の国なら常識であることが、この国では誰も知らないこともあれば、その逆もあります。おそらく、僕が知らないことを、エルディン様は知っていると思いますよ。そういうものです」

「……」

「ただの、えーと、なんでしたっけ。ああ、そうそう、何も悪いことをしていない、いい魔法使いですよ、僕は。ご安心ください」


 アルティは頭を抱えた。出発前に自分が言った言葉を、ここで聞くことになるとは。

 エルディンはリンの言葉を聞き、そしてアルティが頭を抱えたのを見て、みるみる渋い顔になったが、


「……そういうことにしておこう」


と言ったきり、それ以上何も言わなかった。顔を上げるとエルディンと目が合ったが、その渋い視線に耐えられず顔を逸らした。これは後からいろいろ言われるやつだ。


「さて、僕たちは帰りましょうか」


 リンが立ち上がった。テーブルの上に残されたリンのカップは、一口も飲まれないまま、そこに佇んでいた。

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