第6章 卵が先か、鶏が先か①
館の門を叩くと、すぐに使用人の男が現れた。話は通っているらしく、名乗る前に中へ促された。
廊下は薄暗かった。窓が小さいせいで、昼間でも壁の燭台が灯っている。石の壁は厚く、外の風の音が嘘のように遠い。装飾は少ないが、床の石は磨かれていて、足音が静かに響いた。
通されたのは二階の小さな部屋だった。暖炉に火が入っていて、扉を開けた途端に温かい空気が頬に触れた。ほっとしてマントの前を緩めた。
革張りの椅子が四脚、低いテーブルを囲んでいる。応接室だろうか。
「お待たせしました」
少しして、クレアが入ってきた。盆の上に湯気の立つカップが四つ載っている。使用人に任せず自分で持ってくるあたりが、なんとなくこの人らしい。単純に使用人をここの空間に入れたくなかっただけかもしれないが。
「エルディン様はすぐにいらっしゃいます。先にどうぞ」
カップを一つずつテーブルに置いた。香草の匂いがふわり漂った。手に取ると、指先から温もりが広がった。
リンは椅子に座り、カップを両手で包んだが、口はつけなかった。穏やかな顔をしているが、目だけが少し違う。なにかを考えている時の目だ。
足音が近づいて、扉が開いた。エルディンが入ってくる。外套は脱いでいて、黒い衣の上に薄い上着を羽織っただけだった。
「すまない。待たせたな」
空いた椅子に腰を下ろし、クレアからカップを受け取った。一口飲んで、テーブルに置く。
アルティとリンを見た。
「——さて、聞こうか」
クレアは、エルディンの隣に座った。それを、リンは黙って見ていた。
それから、クレアではなくエルディンの方に目を向けた。
「——すみません。クレアさんに聞かせても構わないのですか?」
「私がエルディン様にお願いしました。禁足地のことでしたら、うちの領地にも関わる問題です。お話を聞かせてください」
クレアは背筋を伸ばし、まっすぐにリンを見た。為政者としての責任感からなのだろうが、年若い女性が、リンの穏やかながら小さな拒絶に、真っ向から向き合っていた。
リンはもう一度エルディンを見たが、エルディンが頷いたので、膝の上で指を組んで話し始めた。三人に向かって。
「では早速。禁足地ですが、そこは封印されてますか? 魔法で?」
「そのはずだ」
「前回の調査の時の様子は?」
「特に封印の変化はなかったはずだが」
「中まで入ってます?」
エルディンは、リンの問いに、わずかに眉を顰めた。
「……いや、封印の外までだ。中まで入るとなると、封印を解いて、またやり直す必要があるだろう。流石にそこまでの人員は割けない」
「なるほど。わかりました。ここからは僕の予想になりますけども……多分、封印が解けてます」
一瞬、沈黙が落ちた。暖炉の薪のはぜる音がする。
「——なんだと?」
「状況はわかりませんが、少なくとも人が入っているんじゃないかと思います」
「なぜそう思った?」
「核晶の原石が、ありました。未加工の」
「核晶の原石? どこにだ」
「グラニスの研磨工房にありました」
「ごめん、本当に申し訳ないんだけど、話が全然見えないから解説してくれない?」
アルティが手を挙げた。ものすごく真面目な話をしていることは理解しているのだが、あまりに話がわからなかった。
「ああ、すみません。……えーと、どこから話しましょうか。研磨工房で、きれいな石を削っていたでしょう。あれが、核晶です。ええと、核晶は——」
「魔道具に使われてる石、だよね」
「そうです。使われていると言うか、あれがないと魔道具が作れません。あまり採れないものなので、貴重です」
リンの言葉に、エルディンが続いた。
「だから核晶の鉱脈は、王家が全て管理しているし、加工も専用の施設で行っている。グラニスには鉱脈もないし、未加工の核晶なんかがあるはずもないが……他の国から流れてきている可能性はあるんじゃないか」
リンが視線をクレアに向けた。クレアは口を挟まず、静かに耳を傾けていた。
「ないとは言いませんが——そうであろうとなかろうと、そんな量の核晶を密かに何に使うつもりだったのか、という問題が出てきます。その気になれば、戦争でも起こせるような量の」
「そんな量、あった?」
「工房の奥に積まれていました」
「でも、あそこの工房、領主家の依頼だって……」
アルティは口に出してから、ああ、そうか、リンが最初にクレアさんが同席することの確認をしたのは、聞かせていい内容なのかわからなかったからだ、とようやくそこで気づいた。
「——グラニス家の?」
口に出したのはクレアだ。声の温度が、はっきりと下がっていた。
「そんなはずはありません。そんなものは頼んだことがありません」
「クレアさん以外の誰かが、ということはありませんか」
「私以外の誰か……グラニス家の名前を出して頼むようなものは、ほとんど私を通していると思います。調べないとわかりませんが……」
「そうですね。調べていただくしかありません」
「うちにも魔法使いがおります。今はあいにく外出して居ませんが、帰り次第調査をさせます」
「そういえば街でも聞きましたね、雇われの魔法使いがいると」
「はい。彼女は魔道具にも詳しいので、私には見分けがつきませんが、核晶のこともわかるかもしれません」
「その方は、信頼ができる人ですか?」
「——私はそう思いますが……」
「クレアさん。あなたが証拠を握り潰してしまう可能性もある。その魔法使いだけでなく、あなたが潔白である確証が僕にはありません」
リンはあくまでも穏やかにそう言った。しかし、部屋の空気が張り詰めるのがわかる。
「——見張りをつけていただいて結構です。私自身、疑われていることが大変——大変、不本意です」
クレアは背筋を伸ばしたまま、リンを睨め付けるように見た。膝の上の手が、白く、握りしめられていて、ただそこでだけ、彼女の怒りを消費しているように見えた。




