表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七賢者の涙  作者: 相川晴(HAL)
第一部
PR
27/52

第9章 俺で試せ①

 朝から街は忙しい。馬車や人の行き交う道を、アルティは重い足取りで歩いた。

 通ったことのある道だ。朝の空気は冷たく澄んでいた。アルティがマントの前をかき合わせる。

 すぐ斜め後ろにはリンがいた。ほんの少しだけ遅れて歩くのが、この男の癖のようだった。この道を一人で歩かずに済んで良かった。もし一人だったら、足を出すのをやめてしまったかもしれないから。


 随分早い時間だったからだろう。着いた時にはまだ治療院の門は閉じられていた。

 アルティは石の壁に体をもたれかけたが、その冷たさに小さく悲鳴をあげた。リンがくすりと笑った。


「目は覚めましたか」

「かなりね」

「寒くなってきましたね」

「少しね」


 まだそんな季節ではないと思っていたが、そろそろ装備を見直す時期かもしれない。そうだ、この仕事が終わったら、買い物に行こう。それから——

 関係のないことを考えていると、少し気が紛れた。ただ待つだけでは、苦しかった。



 門が開いた。まだセドリックの姿は見えない。

 二人は門をくぐり、受付にいる若い女性に声をかけた。


「すみません。入院されている患者さんのお見舞いに来ている方を待ちたいんです——セドリックさんという方なのですが……」


 女性は少し困った顔をした。


「セドリックさんは、今朝早くにいらっしゃいましたよ。弟さんを連れて帰られました」

「連れて帰った?」

「ええ。ご自宅で過ごされたいとかで。先生の許可も出ていましたから」


 アルティは、横のリンを見た。

 リンの表情が変わっていた。いつもの穏やかさが消えている。


「いつ頃ですか」

「ええと、いつだったかしら。まだ夜勤の者が残ってる時間だったから、本当に朝早くに——」


 アルティの首筋が、スッと冷えた。


 地下の研究室。

 何年分もの失敗の記録。

 走り書き。

 そして、死体に生えていた左手。

 弟を連れて帰った——


 関係のない断片が集まって、一つの形を作ろうとしていた。


「行こう」


 女性に短く礼を言うと、アルティはリンの腕を掴んだ。

 走り出したい衝動を抑えて、朝の通りに溢れている人の間を縫うように足早に歩く。


「どう思いますか」


 リンの声は低く、硬い。すぐ斜め後ろのリンを振り返る余裕はなかった。


「嫌な予感がする」

「僕もです」

「多分同じこと考えてる」

「ですね」


 二人の考えは同じだった。言葉にしなくてもわかった。

 セドリックは弟に魔法を使うつもりだ。あの地下室で何年もかけて研究してきた、あの魔法を。テディを殺した、あの魔法を。

 しかし、アルティにはわからなかった。

 テディで失敗しているのだ。

 そんな不完全なものを弟に使うことがありえるだろうか?

 あれだけ何年も何年も動物で実験を重ねてきたような男が?


「リン——もし、もしもだけど」


 アルティは前を向いたまま言った。


「もしも、セドリックの魔法が、この数日で本当に完成していたとしたら。弟さんが目を覚ます可能性があるんじゃないの?」

「ありません」


 間髪入れずにリンが答えた。その声は静かだった。


「なんで言い切れるの?」


 アルティの声は、苛立ちを隠せていなかった。


「——セドリックさんの研究は、そもそも完成には程遠かった。そして、そこに持ってきた理論が七賢者の書のものであるとすれば……」


 リンの息が少し上がっていた。


「うまくいかないでしょう」


「創始七賢者だよ? 伝説の人たちでしょ? その不完全さを補うだけの知識も力量もあったかもしれないじゃない」

「伝説であったとしても、所詮ただの人間でしょう。こと、人の命に関してどれだけのことがわかっていたか、わかったもんじゃない」

「それは——」


 息が上がっているからか、吐き捨てるように言ったリンの言葉に反論しかけたが、うまく言葉が見つからなかった。


「でも、もし、完成してたら?」

「僕の予想が当たっていたとしたら、ですが、完成していたとして、弟さんは死にます」

「え?」


 突然止まったアルティに、リンがぶつかった。よろけたアルティをリンが腕で支える。


「そして、完成していなかったとしても、無事には済まないでしょう」

「自信があるの?」

「はい」


 アルティはリンに押されるようにして、また歩き出した。リンの横顔を見上げる。リンもアルティを見た。一瞬だけ視線を絡めた。

 冗談でもない。嘘でもない。ハッタリでも、多分、ない。

 アルティにはリンが何を知っていて、何を考えているのかわからなかった。

 魔法の知識がない自分が悔しかった。そしたら、それは間違ってると言えたかもしれないのに。


「もし、もう魔法を使おうとしていたら——アルティさんは絶対に近づかないでください」


 アルティは足を止めかけたが、リンに背中を押されて、慌てて歩を戻した。


「なんで?」

「どこまでの範囲に広げているかわかりませんが、近づくだけで術に巻き込まれる可能性があります」

「巻き込まれたら?」


 リンは、息継ぎしてから、言った。


「最悪、死にます」

「——再生の魔法じゃないの?」

「再生の魔法ですよ。ただ、再生をするには、犠牲が必要、ということです」

「犠牲……」


 聞き返そうとしたその時、セドリックの家がもう見えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ