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第1章 杖のない魔法使い②

 洞窟を出ると、木々の間から午後の光が差し込んでいた。

 湿った岩の匂いから、土と草の匂いに変わる。

 アルティは目を細めて周囲を確認した。人の気配は——


 あった。


 街道へ続く獣道の向こう、木立の陰に人影が動いている。複数。


「——来た」


 アルティは短く言うと、リンを後ろに庇うように半歩前に出た。

 木々の間から、男たちが現れた。六人。革鎧に粗末な剣。リンを捕まえた二人と、その仲間なのだろう。

 古びた荷車から離れるところだった。道が悪いのだろう。何か荷を運んでいたのか、リンを連れていくために持ってきたのか——男たちは、身軽な足取りで、まっすぐこちらに向かってくる。


 先頭の大柄な男が、アルティとリンを見て足を止めた。


「——おい。何だ、あの女」

「牢の男が出てるぞ!」


 口々に叫びながら、剣に手をかける。

 六対二。しかもこちらは丸腰の魔法使いがいる。戦力にならない。正面からやり合うのはあまりに分が悪い。

 逃げるか、とも思ったが、後ろにはリンがいる。自分だけならなんとかなりそうだが、リンがあの盗賊たちを撒けるほど走れるようには到底見えなかった。流石に見捨てるには寝覚が悪い。


 仕方がない。腰の袋から、丸めた書状を引っ張り出した。蠟封の紋章を、わざと見せるように翳した。


「王家の使いよ。あなたたちに確認したいことがある」


 盗賊たちの動きが、一瞬、止まった。細かい部分はよくわからなくとも、蠟封に描かれている羽を広げた鳥の紋章は、田舎の盗賊ですらあまりにも見慣れた図案であった。


「……嘘つけ。こんな小娘が」


 大柄な男が唾を吐いた。


「仮に本物だとしても、たかが使い走り一人——」


 背後で、息を呑む声がした。

 振り返ると、リンが口元に手を当てて大きく目を見開いていた。顔から血の気が引き、元から白い顔が一層蒼ざめていた。


「まさか——」


 リンの声が震えていた。


「あなたが、魔術審問官……?」


 アルティの思考が、一瞬止まった。


「——は?」

「魔法使いすら圧倒する力を持ち、魔法の罪を裁くという、あの——」


 リンが半歩後ずさった。怯えに引きつった表情で、アルティと盗賊たちの間に視線を往復させている。


「遭遇した魔法使いは、全て殺されたと噂には聞いていましたが、まさか本物にこんなところで——」


 ——演技か。

 この男、怯えた目をしているが、手で隠した口元が、ギリギリ笑い出すのをこらえている。一体何を考えて……


 漸く理解が追いついたところで正面に目を向けると、盗賊たちの顔色が変わっていた。

 「魔術審問官」という言葉を知らなくても、目の前の魔法使いが、なぜか本気で怯えている。魔法使いが恐れる人間。それが、目の前の小娘だというのだ。


「……魔術審問官、だと?」


 大柄な男の声から威勢が消えていた。人間、未知のものには、多かれ少なかれ警戒するものだ。

 しかし、まだ、測りかねていた。目の前の小娘の実力を。

 アルティは鷹揚に身分証を仕舞った。こうなったら乗るしかない。


「名乗るつもりはなかったんだけど」


 静かに言った。声色はあくまでも静かに、大きな声で。


「おしゃべりな人がいるんじゃ、仕方ないわね」


 アルティが、すっと視線を後ろに移した。リンがびくりと肩を竦めた。怯えた目でアルティを見ている。

 あまりに自然で、一瞬だけ本当に怯えているのかと疑うほどだった。鼻がひくついているのを見なければ、だが。


「ほ、本物かよ……」

「確かめたい?」


 アルティは短剣の柄に手を置いた。


「訊きたいことがあるから殺したくないんだけど……まあ、一人生きてれば十分よね」


 沈黙が落ちた。

 大柄な男の喉が上下した。ごくり、と唾を飲む音がここまで聞こえてきそうなほどに。

 盗賊の間で視線が交錯する。大柄な男が仲間を振り返ると、別の一人が首を横に振った。


「……何の用だ」


 大柄な男がぼそりと言って、剣を鞘に戻した。


「あら、素直」


 アルティはわずかに口の端を上げた。


「ここにあった盗品——焼印が押された木箱があったでしょ。あの中身がどこにやったか教えて欲しいの」

「もう売ったよ」

「どこへ?」

「……レンスティアの故買商だ」

「レンスティアか……」


 アルティは顎に指を当て、頭の中で位置を確かめた。ここから西、馬車でも一日かかる距離だ。


「その先は知らねえよ」

「故買商の名前は?」

「…………」

「素直に言った方がいいと思うけど——」


 アルティは短剣の柄を、とん、と指で叩いた。それだけで男の喉が一度上下した。


「——わかったよ、テディだ」

「偽名っぽいわね」

「だと思うぜ。俺たちもそれ以外は知らん」

「木箱の中身全部、その人に売ったの?」

「丸ごとだ」

「そいつの特徴は?」

「男で、背が低い。あと、左手がない」

「それなら見つかるかな……」


 アルティは頬に手を当てて少し考えてから、盗賊たちを一瞥した。戸惑っている。だが、後ろの三人が、こそこそと何かを喋っている様子が見えた。

 もう少し情報を引っ張り出したいが、そろそろ限界だ。


「いいわ、喋ってくれてありがとう。……十秒待ってあげる。死にたくなかったら、逃げてね」


 アルティは、にこっと笑顔を見せた。その目の光の暗さに、盗賊は一歩引いた。


「いち」


 アルティの無邪気な声が響く。


「にい」


 限界だった。


「さん」


 一人、また一人と背を向ける。


「よん」


 最後の一人が未練がましくこちらを睨んだが、仲間に腕を引かれた。

 盗賊たちは、足早に、木立の向こうに消えていった。


 足音が遠ざかり、森が静かになった。


「じゅう」


 最後を数え終わる頃には、もうそこには二人の気配しかなかった。

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