第6章 望まれない客③
鑑定所を出ると、午後の日差しが眩しかった。
石畳の道に二人の影が伸びている。行きに通った時より、日が傾いている。鑑定所の中にいたのは、そう長い時間ではなかったはずだが、それ以上に長く感じた。
アルティは数歩歩いてから、大きく息を吐いた。
「——疲れた」
独り言のように呟いて、首の後ろを手で揉んだ。
「お疲れ様です」
リンが横に並んだ。穏やかな声だった。
二人は大通りの方へ向かって歩き始めた。鑑定所から離れるにつれて、人通りが戻ってくる。荷車の音、商人の呼び声、どこかの犬の吠える声。
「支部長が出て来たのは誤算だったけど……ねえ、リン。セドリックの話、どう思った?」
「そうですね、少し違和感が」
リンが首を傾げながら言った。
「どのあたり?」
「うーん……アルティさんはどう思いましたか?」
「持ち込んだのが断章であったとしたら、鑑定したらすぐわかったと思うんだよね。だから、持ち込んだのが断章ではないか、そうでなければ——」
「セドリックが嘘をついている」
「うん。でも——嘘をつく意味があるのかなって」
「いくつかあると思いますよ。価値がないと言って安く引き取る、協会は手に入れたいはずですし」
「協会は、断章は『回収』してるよ。もちろん『無償』で」
「ああ——そうなんですね」
リンが薄く笑った。要するに「取り上げている」だけであることを察したようだった。
「だとしたら、回収したから、嘘をついたのかな?」
「うーん……いや、でも12日前ですよね。そうすると、あのテディの店の『痕跡』が説明つかないんですよ」
「えっと……なんだっけ。古い魔法を使ったっぽい痕だっけ」
「はい、せいぜい数日の話で、12日前……ということはないですね。そんなに前であれば、おそらくもう痕跡は消えている」
「うーーーーーん」
行き詰まってしまい、アルティは唸り声を上げた。道の真ん中で立ち止まりかけて、後ろから来た荷車に舌打ちされた。慌てて道の端に寄る。
「あ、そうだ」
リンが、ぽん、と手を打った。
「小さい違和感なんですが、セドリックさんが『12日前にここでお会いした時』の話をしてましたよね」
「ああ、体調が悪かったっていう……」
「鑑定員と顧客の関係なのだから、わざわざ『ここで』って言う必要、ありますかね」
「あ」
「『ここ』以外でも会ってたんじゃないですかね。——もちろん、なんとなく言っただけかもしれませんけど、ちょっと、取ってつけたような言い方に聞こえたんですよね。ちょっと……うーん、言葉を選んでいるような間が……」
確かに言われてみれば「最後にお会いした時」くらいで十分なはずだ。
声を思い出す。
12日前に、ここでお会いした時には、お元気そうで——
確かに、ただ死を悼んでいたいただけかもしれないが、少し間があったようにも思える。
「まあ、気のせいかもしれませんので」
「でも、もしそうなら、ちょっといろいろ話が変わってくる……」
アルティは壁にもたれた。腕を組み、足元の石畳を見つめる。もし鑑定所の外で会っていたとすれば、セドリックとテディの関係は、鑑定士と客を超えている。個人的な繋がりがある。
もし個人的に会っていたとしたら——テディの店で使われていた古い魔法の痕跡。あれはセドリックが訪れた時のものかもしれない。
「いやでも、他に交流関係もあるかもしれないしなあ……」
点と点を線で繋げたくなったが、だがしかし、他にも点を見逃しているかもしれない。
「まあ、もう少し調べた方がいいと思いますね」
「じゃあ、もし、もしセドリックが嘘をついていたとして、一体なんのメリットがある?」
「断章を手にいれることができますよね。協会に渡せば立派な成果として認められるでしょうし、嘘をついて売り払えば大金になります」
「だけど、なんとなく悪い人には見えなかったんだよね」
「良い人でも、承認欲求とお金には抗えないこともありますよ。人間なんですから」
「出世欲とかなさそうじゃなかった?」
「さあ、見た目がそうでも中身はどうでしょう」
リンの言うことは確かにそうだとは思うし、反論する材料も特にないため、アルティは話題を変えることにした。
「じゃあ、嘘をついてるとしたら、断章はもう協会に取られてしまった後ということ?」
「どうでしょうね。それならあの狸が、あんな露骨な探りを入れてこない気がするんですよね」
「あの狸」
「ああ、なんでしたっけ。あの——」
「支部長、ヴェルナーね」
「うん、それです。王家の印章が入った断章を手に入れたなんてことがあれば、もっとこう、してやったりみたいな態度をしてきそうじゃないですか。もう手に入れてるぞと匂わせてきそうな気がします。あの感じだと、少なくともあの狸の」
「支部長の」
「——手元には、いってないんじゃないかな。わかりませんけど」
「じゃあ、だとしたら……セドリックが持ってる?」
「かも、しれない」
リンの声は静かだった。断定はしない。だが、可能性を一つずつ潰していくと、そこに行き着く。
「もし持ってるとしたら、どこかに隠しておく必要があるよね」
「持ち歩いてる可能性もあるのでなんとも言えませんが……」
「魔法を使ったらわかる?」
「わかりますけど、魔法使い相手にそれをやると、なにしてるかおそらくバレますね。まあ知られていいならやりますが」
「それは流石に最後の手段にした方がいいよね。なかった時がまずい」
どんな種類であれ、魔法を相手に使うというのは、同意がなければ犯罪に近い。嫌がる相手の持ち物を探るなんて魔法は——アウトだろう。
「じゃあ……アルティさん」
「ん?」
「鍵開け、お上手でしたよね」
アルティはリンを見上げた。
リンは前を向いたまま、涼しい顔をしていた。午後の光が金の髪を透かしている。この男はどうしてこう、とんでもないことを穏やかな顔で言うのだろう。
アルティは目に見えて嫌そうな顔をした。
「——まあ、苦手、ではないかな……」
「普通の民家の鍵くらいなら、お手のものでは?」
「——何が言いたいの?」
「ものを隠すなら、通常は自分の縄張でしょうから」
「セドリックの家に忍び込むってこと?」
「ま、なにもなければなにもないで」
「私たちがコソ泥になれば済むだけ、って?」
「見つからなければ、『なにもなかった』で済みますよ」
リンは微笑んだ。いい笑顔だった。いい笑顔であるがゆえに、たちが悪かった。
アルティは少しの間、黙った。
人に魔法を使うのもアウトだが、人のうちに忍び込むのも、明らかに犯罪だろう。
ただ、見つかればの話だ。見つからなければ……犯罪にはならない……
いや、しかし……
アルティは犯罪にならない方法がないか考えた。手段はないわけではないのだが——できるだけ避けたい方法しか思いつかない。
アルティはしゃがみこんで大きくため息をついた。
仕方ない。
「……問題は、家の場所と、留守の時間ね。家で鉢合わせになるわけにいかないから、留守の時間がわからないと」
「家の場所は——尾行しますか」
「……もしわからなければ、情報屋に聞けると思う」
ルッツが魔法使いの情報にどれだけ詳しいかはわからないけれど、なにかヒントくらいは手に入るだろう。
「留守の時間も、一旦張ってみようか……仕事が終わった後、どこに行って、いつ帰るのか。休みの日——それでだめなら、仕事がある日を狙うしかないけど、次の勤務日は三日後だったんだよね」
「あまり、時間は空けたくないですね」
「うん。今日接触しちゃったから、もしセドリックが持ってるなら、どこかに隠してしまうかもしれないしね……」
「じゃあ、これから尾行ですか」
「そう。仕事はもうすぐ終わる時間だと思うから、鑑定所の近くで待とう」
二人は顔を見合わせた。
やることは決まった。
アルティは壁から背中を離し、来た道を振り返った。鑑定所の建物が、通りの向こうに見えていた。
「——行こっか」
「はい」
二人は、夕暮れに近づく街を歩き始めた。




