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七賢者の涙  作者: 相川晴(HAL)
第一部
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18/52

第6章 望まれない客②

 ノックはなかった。

 入ってきたのは、五十がらみの男だった。灰色の髪を後ろに流し、仕立てのいい長衣を着ている。協会の紋章が胸元に大きく縫い取られていた。鑑定士のそれとは格が違う。明らかに「偉い人」に見えた。

 その背後に、先ほどの受付の男がちらりと見えた。報告を上げたのだろう。王家の使いが来ていると。


 男の目が、まずアルティを見た。それからリンを見た。最後にセドリックを見て、そこで初めて口を開いた。


「セドリック。客人の応対中かな」

「はい。王家からの依頼を受けて調査をしていると」

「王家」


 男はその言葉を、味わうように繰り返した。

 それからアルティに向き直った。笑みを浮かべていたが、目は笑っていなかった。


「これは失礼。協会レンスティア支部の責任者を務めております、支部長のヴェルナーと申します」


 名乗りながら、値踏みするような視線がアルティの全身を舐めた。革鎧、弓、短剣。それから隣のリンへ。長身の魔法使い。だが協会の紋章はない。


「アルティと申します。鑑定士のセドリックさんに確認したいことがありまして」

「なるほど。しかし、協会の業務に関することでしたら、まずは支部の方へお話しいただくのが筋かと思いますが」


 丁寧な言葉遣いだった。声も落ち着いている。だが、その丁寧さの裏に、明確な拒絶があった。

 ここは協会の縄張だ。王家側の人間が勝手に振る舞うな。そう言っている。


「セドリック、もういいよ。あとは私が対応しよう。あちらでお客様がお待ちだ」

「は——はい」


 セドリックが立ち上がり、小さく頭を下げて部屋を出た。

 扉が閉まる直前、セドリックの目がこちらを見た。一瞬だけ。

 その目にあったのは、「不安」だろうか。アルティには、そう、見えた。



「さて」


 支部長が、セドリックの座っていた椅子にどっしりと腰を下ろした。椅子が軋んだ。セドリックとは体格が違う。


「王家の依頼とのことですが、具体的にはどのようなご用件で?」

「古物商のエルクが扱っていた品について確認をしていました」

「それは鑑定業務に関することですか?」

「——間接的には」


 正直なところ、まだ断章が鑑定された中に入っているかはっきりしていない。間接的に、としか言えなかった。


「であれば、やはり正式な手続きを踏んでいただく必要があります。書面で支部宛にご依頼をいただければ、こちらで確認のうえ回答いたします」


 書面。回答。何日かかるかわかったものではない。

 この男は、わかった上で言っている。

 そして、協会にとって不利益なことは、決して回答しないだろう。

 しかも、これは七賢者の書に関することだ。


「それで、あなた方がいう『品』とは、一体どのようなものですかな?」


 ヴェルナーの目が、暗く光った。

 七賢者の書は、その所有権を王家と協会、どちらもが主張していて、現在お互いに取り合いをしている状態なのだ。元々王家にあったものであったとしても、万が一見つかれば協会のものにしてしまうだろう。どちらが多く手に入れるかの競争なのである。

 ただ、王家も協会も、安易に研究をすることは明確に禁じており、市中で書が取引されることを良しとしていない。その点においては、協力ができる可能性があるのだが——


 それを、ここで言うわけにはいかない。


 アルティは一瞬だけ、何もかもぶちまけてやろうかという気持ちになった。だが、


「古い、ものです」


 アルティは絞り出すように、それだけ答えた。

 ヴェルナーは、鼻をならした。言う気がないなら、それまでだとでも言いたげに。


「わかりました。では、書面で改めて」


 アルティは立ち上がった。

 リンもそれに続いた。二人の間で、言葉は交わさなかった。

 支部長は満足そうに笑顔で頷いた。


「ご理解いただきありがとうございます。協会としても、王家への協力は惜しみませんので、どうぞ」


 明らかな社交辞令だった。目が、早く出ていけと言っていた。

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