第6章 望まれない客②
ノックはなかった。
入ってきたのは、五十がらみの男だった。灰色の髪を後ろに流し、仕立てのいい長衣を着ている。協会の紋章が胸元に大きく縫い取られていた。鑑定士のそれとは格が違う。明らかに「偉い人」に見えた。
その背後に、先ほどの受付の男がちらりと見えた。報告を上げたのだろう。王家の使いが来ていると。
男の目が、まずアルティを見た。それからリンを見た。最後にセドリックを見て、そこで初めて口を開いた。
「セドリック。客人の応対中かな」
「はい。王家からの依頼を受けて調査をしていると」
「王家」
男はその言葉を、味わうように繰り返した。
それからアルティに向き直った。笑みを浮かべていたが、目は笑っていなかった。
「これは失礼。協会レンスティア支部の責任者を務めております、支部長のヴェルナーと申します」
名乗りながら、値踏みするような視線がアルティの全身を舐めた。革鎧、弓、短剣。それから隣のリンへ。長身の魔法使い。だが協会の紋章はない。
「アルティと申します。鑑定士のセドリックさんに確認したいことがありまして」
「なるほど。しかし、協会の業務に関することでしたら、まずは支部の方へお話しいただくのが筋かと思いますが」
丁寧な言葉遣いだった。声も落ち着いている。だが、その丁寧さの裏に、明確な拒絶があった。
ここは協会の縄張だ。王家側の人間が勝手に振る舞うな。そう言っている。
「セドリック、もういいよ。あとは私が対応しよう。あちらでお客様がお待ちだ」
「は——はい」
セドリックが立ち上がり、小さく頭を下げて部屋を出た。
扉が閉まる直前、セドリックの目がこちらを見た。一瞬だけ。
その目にあったのは、「不安」だろうか。アルティには、そう、見えた。
「さて」
支部長が、セドリックの座っていた椅子にどっしりと腰を下ろした。椅子が軋んだ。セドリックとは体格が違う。
「王家の依頼とのことですが、具体的にはどのようなご用件で?」
「古物商のエルクが扱っていた品について確認をしていました」
「それは鑑定業務に関することですか?」
「——間接的には」
正直なところ、まだ断章が鑑定された中に入っているかはっきりしていない。間接的に、としか言えなかった。
「であれば、やはり正式な手続きを踏んでいただく必要があります。書面で支部宛にご依頼をいただければ、こちらで確認のうえ回答いたします」
書面。回答。何日かかるかわかったものではない。
この男は、わかった上で言っている。
そして、協会にとって不利益なことは、決して回答しないだろう。
しかも、これは七賢者の書に関することだ。
「それで、あなた方がいう『品』とは、一体どのようなものですかな?」
ヴェルナーの目が、暗く光った。
七賢者の書は、その所有権を王家と協会、どちらもが主張していて、現在お互いに取り合いをしている状態なのだ。元々王家にあったものであったとしても、万が一見つかれば協会のものにしてしまうだろう。どちらが多く手に入れるかの競争なのである。
ただ、王家も協会も、安易に研究をすることは明確に禁じており、市中で書が取引されることを良しとしていない。その点においては、協力ができる可能性があるのだが——
それを、ここで言うわけにはいかない。
アルティは一瞬だけ、何もかもぶちまけてやろうかという気持ちになった。だが、
「古い、ものです」
アルティは絞り出すように、それだけ答えた。
ヴェルナーは、鼻をならした。言う気がないなら、それまでだとでも言いたげに。
「わかりました。では、書面で改めて」
アルティは立ち上がった。
リンもそれに続いた。二人の間で、言葉は交わさなかった。
支部長は満足そうに笑顔で頷いた。
「ご理解いただきありがとうございます。協会としても、王家への協力は惜しみませんので、どうぞ」
明らかな社交辞令だった。目が、早く出ていけと言っていた。




