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第5章 困ったときには②


 商業組合の事務所は、通りの突き当たりの角にあった。小さな建物だが、扉の脇に組合の紋章が掲げてある。

 中にいたのは、書類に埋もれた禿頭の男だった。アルティが入ってくると、すぐに顔を上げた。


「ええと、何の用でしょう」

「すみません。王家からの依頼で、エルクの店の件で来ました。彼が扱っていたもので調べたいものがあります」


 懐から身分を示す書状を出すと、男は蠟封の紋章を見て、姿勢を正した。


「王宮の……これは失礼しました。ええと、エルクの店と言いますが、彼は数日前に急死して……」


 男は明らかに狼狽していた。


「話は聞いています。死因と、店で取り扱っていたものを教えてもらえますか?」

「エルクの埋葬はもう終わっているので……」


と、男は困ったように言った。


「死因は、特になにもなさそうだと聞いてます。ただ、苦しんだ様子はなく、一瞬で……うーん、眠るように死んだんじゃないかと。病気なんですかね、いや、よくわからないです」

「誰かに切られたとか、そういうのは?」

「ああ、いやいや、別に殺人とかじゃないと思いますよ。綺麗な遺体だったという話で……まあ、綺麗ってのもおかしいんですが、本当に眠っているかのようだったと聞きました」

「あなたは直接見てない?」

「はい。うちの事務員が見たはずなんですが、今日は休んでるなあ」

「あの、花屋さんが言ってたんですけど……左手が生えていたって聞いたんですよね」

「ああ、あれですか。はは、見間違えか、なにか勘違いしたんじゃないですかね。事務員はよく覚えてないって言ってましたよ」

「そのご遺体、本当にご本人だったんですか?」

「えっ、いや、それは見間違えるもんじゃないですよ。流石に顔見知りです。花屋の店主も確認してましたし」


 誰が別の人間と取り違えでもしたのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。ただの見間違いなのか、それとも。

 街中で一人の人が死んだからと言って、その原因をわざわざ探るような人もいない。少なくとも死に至るような外傷はなかったようだ。


「ひとまず、その、取り扱っていたものを見る事ができますか?」

「遺品は組合で管理しておりまして、店はそのまま封をしてあります」

「中を見せてもらえる?」

「それは——ええと、まあ、王宮のご用命とあれば。鍵をお持ちしますので、少しお待ちを」


 男が奥の棚から鍵の束を探している間に、アルティは事務所の窓から外を見た。


 赤い扉の前に、人が立っていた。


 長身。金の髪。見間違えるはずもなかった。


「——なんで」


 思わず声が漏れた。


 隠れようか。逃げようか。


 一瞬そんな考えも浮かんだが、それよりもここに彼が辿り着いたことへの疑問を解消するのが先だ。

 もしかすると、尾行されていたのかもしれない。

 元より、正体も目的もなにもかもわからない男だった。

 知らないところで魔法使いから恨みをかっている可能性は——哀しいけれど、山ほどある。


「すみません、ちょっと外に出てます」


 男に声をかけて慌てて事務所を出る。

 朝の光の中に佇むその姿は、優美という他なかった。

 こんな普通の朝の風景に、あの容姿は浮きすぎている。

 閉まった扉を眺めていたその顔が、こちらを向いた。


「——アルティさん?」


 驚いていた。本当に驚いていた。口を半開きにして、まばたきを二回。

 芝居には見えなかった。


「なんでここにいるの?」

「それは——それは、こちらの台詞なんですが」

「私が先に聞いてるの」

「ええと……」


 リンは少し目を泳がせた。


「あの盗賊が言っていたでしょう。レンスティアの故買屋だと。それで——」

「それで、どうやって調べたの?」

「まあ、いろいろと」


 リンは肩をすくめた。この男はどうにもつかみどころがない。


「それで、わざわざ追いかけてきたの?」


 アルティの声に、少し硬いものが混じった。

 アルティの言葉に、リンの表情が変わった。いや、こちらの緊張に気づいたのか。

 慌てるでもなく、しかし言葉を選ぶように、一拍置いた。


「追いかけた、というか……まだもしかすると売られてないかもと思いまして」

「ん?」

「僕の荷物です」

「——ああ」


 その一言で、アルティの中の警戒心が、すっとほどけた。

 そうだった。リンは盗賊に荷物を奪われている。盗品の流れ先を辿るのは、自分の持ち物を取り戻すためなら当然の行動だろう。自分が彼の立場でもそうした、そう思う。


「取り返せそうなら取り返そうと思って来たんです」


 過剰に疑った自分が恥ずかしくなった。もちろん、この男の素性が知れないことは、また別の話だが。


「——そりゃそうだよね。ごめん。なんか、すごく嫌な言い方して……」


 アルティは素直に謝った。


「いえいえ。まあ、もしかするとどこかで会えるかもとは思ってましたが、まさかこんなに早くとは」

「それはね、うん——まあ、本当にね」


 あんな置き手紙を置いて去っておきながら、昨日の今日で会うのは少々、いや、大変ばつが悪い。盗品を探しに来る可能性を全く考えていなかった自分が、あまりに迂闊だった。


「ところで——この店、閉まってますね」

「うん。それなんだけど——店主のテディ……じゃなくて、エルクさんは、数日前に亡くなったんだって」


 リンの表情から、笑みが消えた。


「亡くなった?」

「外傷はなし。眠るように死んだんじゃないか、って話。遺品は商業組合が管理してて、今、中を見せてもらう許可をとったところ」

「……そうですか」


 リンは赤い扉を見つめた。その目がわずかに細くなったのを、アルティは少しだけ不審に思った。

 考え込んでいる。盗賊に奪われた荷物を探しに来ただけなら、店主が死んだと聞けば「困ったな」が先に来るのではなかろうか。

 まあ、この男の考えているところは、元々よくわからないのだが。

 そうだ、彼の左手のことを話そうか、と一瞬考えたが、やめた。盗まれた品を回収するのに、遺体の状況は関係ないだろう。


「リンも一緒に来る? 荷物があるかもしれないし、自分で確認した方が早いでしょ」

「いいんですか?」

「私が許可をもらってるから、一緒に来る分には問題ないと思う。ただし、店主は『テディ』じゃなくて『エルク』で、『故買屋』じゃなくて、『古物商』ね。あと勝手に持ち出さないでね。組合の手前もあるから」


 かなり省略した説明だったが、リンは


「わかりました」


と即答した。気づいていたが、この男はかなり頭の回転が早い。

 組合の男が鍵を持って出てきた。

 リンを見て一瞬眉を上げたが、アルティが「連れです」と言うとそれ以上は聞かなかった。



「こちらです」


 男は二人を赤い扉の前まで案内すると、鍵を差し込んだ。錠前が渋い音を立てて回る。


「少し時間がかかるかもしれません。それと、場合によっては、こちらで引き取るものが出てくるかもしれないんですが」


 アルティが言うと、男は少し困った顔をした。


「……正直なところを申しますとね」


 男は声を落とした。


「テディの商売は、まあ、その——組合としては、あまりよく、知らなくてですね」

「ええ、まあ、そうでしょうね」


 アルティはさらりと流した。

 組合が故買屋の後始末に関わりたくないのは当然だった。組合には「古物商」とでも登録していたのだろうが、商品の出所を知っていたにせよ知らなかったにせよ、掘り返されればどちらにしても面倒なことになる。

 だから「よく知らない」で通したい組合の気持ちは、痛いほどわかった。

 アルティの言葉に、男の肩から、目に見えて力が抜けた。


「ですので——鍵はお預けしますので、調査が終わりましたら返していただければ。必要なものがありましたら、どうぞお持ちください」

「書類はいらないんですか?」

「それが、まだものが多くて手をつけられていないんですよ。遺族もいませんので、いずれ組合の管理物になるとは思うんですが、目録もまだでして……」


 男は一度言葉を切り、それからアルティの目を見た。


「今でしたら、特に誰も文句を言う者はおりません。そっと回収していただけるのであれば、こちらとしては——大変、助かります」


 要するに、面倒事があるなら引き取ってくれ、ということだった。

 テディの商売の裏側を王宮に掘り返されるよりは、損になったとしても、必要なものだけ持っていってもらう方がずっといい。


「ご協力、感謝します」


 アルティは鍵を受け取った。にっこりと形作った笑顔で。


「いえいえ。ごゆっくりどうぞ。——ああ、終わりましたら、鍵は事務所の戸口に掛けておいてくだされば」


 男は引き攣った笑いを浮かべ、足早に去っていった。


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