表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/13

第4章 追伸③

 そのアルティはというと、路地——もう大通りからも離れた、路地の先の路地だ——を足音もなく進んでいた。


 少し関わりすぎたかな、そう思いながら。


 この稼業、親しい人は作らないに限る。

 問題は、まだレンスティアに用事があることだ。大きな街だから出会うこともないだろうが、まだやらなくてはいけないことが残っている。


 できるなら、とアルティはため息をついた。できるなら、旅に必要な消耗品を買い足したら、夜になる前に街を出てしまいたかった。あまり長居をしては、どこでリンに会ってしまうかわかったものではない。

 心に少しだけ引っかかるものがある。だけど、多分この引っかかる気持ちは、考えすぎてはいけないやつだ、とも思う。

 なんとなく、なんとなくだけど、この心の苦しい気持ちを否定も肯定もしてはいけない、アルティはそう思った。そうでなきゃ、私は自由に動けなくなってしまう。


 比較的高い建物の間を、人一人やっと通れるぐらいに細く伸びる路地は、まだ日も沈んでいないというのに薄暗かった。大通りの人ごみも、ここには関係ない。すれ違う人すらいない。

 そもそも、人の通り道ではないのだろう。するりと、向かいの通りから白い猫が入り込んできた。汚れ一つない、光り輝くような白猫だ。猫は迷いなくまっすぐにアルティに向かって走ってくると、足下でにゃあと一声鳴いた。


「ここはお前の縄張り? ごめんね、通してね」


 声をかけて横を抜けようとすると、その足にするりと体をすりつけてきた。


「悪いけど、食べ物はあげないよ……ん?」


 奇妙な気配を感じて、見上げてくる猫をまじまじと見る。いや、違う。奇妙な気配を感じたのではなく、気配を感じずに奇妙に思ったのだ。


「ご無沙汰じゃないか、アルティ」


 猫は、低い男の声を出した。アルティは目に見えて顔を引きつらせる。


「げ」

「げ、じゃない。調査はどうなってるんだ」

「エルディン、気楽に言うけどね、こっちに来るだけで五日かかったんだからね。人間の足には遠いの」

「転送装置を嫌がったのはお前じゃないか」


 白猫が呆れたような声を出した。


「あれ、酔うから嫌いなんだよね……」


 アルティはため息をついた。そうそう一般人が使えるような代物ではない転送装置だが、いかんせん、乗り心地が最悪なのだ。馬車の方が百倍マシだ。


「随分探したんだぞ」

「調査もしていたし暇がなかったんだよ。私の連絡を待てばいいのに」

「よくよく連絡を忘れるやつの連絡を待ってられるか」

「はいはい、すみませんね」


 アルティがしゃがみ込むと、その膝に白猫がひょいと飛び乗った。確かになにか乗った圧はあるのだが、全く重みを感じない。


「それで、どうなった?」

「まだ見つかってないです」

「なにがあったんだ」

「情報があった商人の積荷を追ってたんだけど、近く——レントの近くを根城にしてた盗賊に奪われたそうで。昨日そこに行ったんだけど、もう売り払われた後だったんだよね」

「盗賊? その後の情報は?」

「戻ってきた盗賊から聞き出したところ、レンスティアの故買屋に売ったってとこまではわかった」

「まだ故買屋と接触してないのか?」

「昨日の今日だよ。今やっとレンスティアに辿り着いたところ——もうね、大変だったんだから!」


 今日の飛竜との戦いを思い出して、アルティは思わず声を荒げた。


「それはご苦労だったな」

「聞く気ないでしょ?!」

「聞いていると魔法が保たない」

「——わかった」


 アルティはため息を一つついた。


「故買屋との接触はまだだし、見つかるかどうかわからない。このまま調査を続ける? 他の人に引き継ぐ?」

「もう少し調査を続けてくれ。できれば回収まで」

「ちょっと待ってよ、後から誰か送ってくれるって話だったじゃない」


 アルティは白猫を抱き上げた。可愛がるためではない、睨むためだ。


「こら、雑に扱うなよ。事情があって、そっちに避ける人員がないんだ」

「一人でやる仕事じゃあないと思うんだよ……」

「それは理解している。だが、ミュウはしばらく現場復帰が難しそうだし、今動かせる他のやつはお前と相性が悪すぎるし……」

「わかってる。けど、私一人じゃ七賢者の書かどうかの見分けがつかないんだよ?」

「それも理解している。だが、今回の断章にはうちの蔵書だって印章がついてる。見ればわかるだろ」

「偽物かどうか見分けられる自信がないんだけど?」

「……偽物でも放っておけるものじゃないから回収してくれ。回収だけでいい。今回はそれで十分だ」

「わかった……」


 アルティは渋々、本当に渋々頷いて、白猫を膝に下ろした。


「そうだ。実はあちこちで、七賢者の書を燃やしてまわってる賊がいるらしい」

「燃やす?」

「うん。まあ、昔からこの手の賊はいて、結構な数が燃やされてるんじゃないかと考えられている。ただ、最近この国でも出没していると情報があった」

「燃やすより売ればお金になるんじゃないの? 燃やしてどうするの?」

「愉快犯の考えることはわからんよ。どこの誰かもわからんし、目的もさっぱりわからん。協会も血眼で追いかけてるようだが——」


 そこで、白猫の顔がサッと上がった。

 耳が二度、ぴくりと動く。路地の先——大きな通りに繋がる方角を見ている。


「人が来る。手短に済ませよう」


 白猫の声から、軽口の色が消えていた。


「故買屋はわからんが、情報屋にルッツという男がいる。左目に傷があるから見ればわかるだろう。『赤鳶亭』で、主人に探し物があるから別室で話をさせろと言えば、繋げてくれるはずだ。わたしの名前は出すな」

「王宮の使いってことは?」

「それは使っていい」

「わかった」


 路地の向こうから、足音が近づいてくる。

 白猫はアルティの膝から飛び降りた。


「次の連絡は三日後だ。遅れるなよ」

「はいはい」

「『はい』は一回だ」


 白猫は路地の闇の中へ、音もなく溶けていった。

 後には、猫一匹分の温もりすら残っていなかった。

 足音の主は、酔っ払いのようだった。千鳥足でアルティの横をすり抜けると、反対側へ消えていく。

 アルティは立ち上がり、膝の土を払った。


「赤鳶亭か……」


 赤鳶亭に直接向かうか一瞬思案したが、もう、流石に今日はへとへとだった。アルティは大きく伸びをすると、通りに向かって歩いて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ