第4章 追伸②
中に入ると、薄暗い店内が目に入った。数カ所にともされた魔法の光が、かろうじて商品が見える程度の明るさを与えている。物によっては光で劣化するものもあるので、仕方がないことだ。
小さな机や棚には、愛想のない値札のついたものが並んでいる。淡く光を放つ石、よくわからない淀んだ液体の入った瓶、一見ただの時計にしか見えないもの——尤も、この世界であまり時計自体が一般的でないが——、何が書かれているかわからないが羊皮紙の巻物、あまり装飾的ではない首飾り、逆に派手な石のはめ込まれた指輪、中身が空っぽの鳥籠……
しかし、見る限り、杖のようなものは置かれていない。
「なにか探し物かい」
声をかけられて振り向くと、いつの間にそこにいたのか、暗いローブ姿の人間がそこにいた。声は老婆のようにしわがれていたが、見た目は壮年の男性だ。姿を変えているのかもしれない。魔法使いの年齢ほどわかりにくいものはない。
「杖が欲しいんです」
「杖? 壊したのかね」
「ええ、まあ。ワンドが欲しいんですが、ありますか」
「あるさね。あんたのような美丈夫に合うようなものは、ないかもしれんがね」
後ろを向いて、棚の引き出しを引く。引き出しの中には、引き出し一杯の前腕の長さもない細く短い杖が、無造作にしまわれていた。その中に店主は手を突っ込むと、一掴みできるだけの杖をつかみあげると、棚の銀の盆にざらりと載せ、カウンターに戻った。
「あんたにお似合いなのは、こんなとこだろ」
「まあ……ここまでごついのばかり選んでくれなくてもいいんですがね」
十本ほどの杖を、長く細い人差し指で、一本一本転がし、選り分ける。
「白銀のとかもあるがね」
「いや、木の方が好きですので……これは、山査子?」
一本の杖をつまみ上げる。小指ほどの太さの木に、緩やかな螺旋状の装飾が彫り込まれている。
「ああ、ちょっと癖はあるがね」
「前に使ってたのも山査子でして……もう少し、華奢なのはないですか、山査子で」
店主はまた、引き出しに近づくと、むんずと杖を数本、これまた無造作としか思えない動きで掴み、カウンターの銀の盆に並べる。
「この辺りしかないよ。これ以上は、職人に頼まないと」
「ああ……そうですね。このあたりかな」
先ほどのとあまり変わったようには見えない——持ち手の部分の彫刻が少し派手である以外は——杖を取ると、親指と人差し指で持ち手を握って重心を確かめ、それから軽く振る。
「うん、いいですね。これにします」
「言っとくが、それは随分扱い辛いよ」
「ええ、でも、これがいいです」
「そうかい。金貨三十だ」
「三十? それは高いですね、これ、売れ残りじゃないですか」
店主は、老婆の声で、かかかと笑った。
「売れ残りじゃないさ。欲しい人間に売るためにしまっていたんだよ。やめとくかい、それでも構わないよ。そうしたら、また欲しがる人間が来るまで、その子は待つだけさ」
「やれやれ……仕方ない。ちょっと待ってくださいね」
リンは、自分のマントを持ち上げた。裾の端を持ち、小指を小さな穴に差し込むと、プチプチと糸が切れる音がした。
ばさりとマントが戻された時には、小さな布袋がその手に握られていた。口を閉じていた紐を解き、カウンターに置く。
店主はそれを傾ける。ざらり、と小さな色とりどりの石が溢れる。
「随分細かいね」
ぶつぶつ言いながら、指先で宝石を選り分ける。
「それは取り過ぎじゃないですか?」
「宝石分の手数料さね。金貨じゃなくて売ってあげてるんだから」
脇に出来た小さな宝石の山を両手で掬い上げると、黒いビロードの布の上に積み上げ、布の四隅をつまみあげてねじると、ローブの内側にしまった。
強欲な、と聞こえるように毒づいて、しかしそれ以上抗議はせずに残りの宝石を布袋にしまいなおすと、きゅ、と口をしめてこちらも懐に戻す。
「じゃあ、どうも」
杖を持ち、踵を返して外界への扉へ向かう。その背中に、青年の姿をした店主は老婆の声で語りかけた。
「あんたの噂を聞いた事があるよ」
「噂?」
立ち止まり、首だけで振り返った。
「協会の連中が、躍起になって探してるって話さ。気をつけな」
「人違いですよ」
「そうかい」
店主はしわがれた声で笑った。信じた様子はなかった。
「まあ、協会はまだいいさ。あいつらは身内に甘い。捕まったところで、せいぜい除名されるくらいのもんだ。命までは取らないよ」
リンは戸に手をかけたまま、動かなかった。
「まだいい、とは?」
「——近頃この辺りで、禁呪に手を出した馬鹿がいてねえ……消えたよ。協会に捕まったって話は聞かない。衛兵に突き出されたって話もない。ある日を境に、ぱったりと姿を見なくなった」
「夜逃げでもしたのでは?」
店主は、くつくつと笑った。
「おまえさん、なにか知ってるんじゃないかね」
リンは首を小さく傾げた。
「さあ。——僕はただの流れの魔法使いですよ」
「流れねえ」
信じていない様子の店主は、ふっと声を落とした。
「『あいつら』がうろついてるって言ってんのさ。
……気をつけな」
「ご忠告、ありがとうございます」
戸に手をかける。傾いた太陽の光が一瞬店内に色濃い影を落とし、そして、消えた。
眩しさに目を細めた店主は、もういない客の姿を思い出し、嘆息し、そして、暗い店の奥に消えていった。
*
リンが店を出た時、路地にはまだ少なくない人通りがあった。そこにあるべき姿を見出そうと、リンは左右を見渡した。
だが、見える範囲にアルティの姿は、ない。
「お兄さんお兄さん」
幼い声に視線を落とすと、十歳ほどの少年がなにやらの羊皮紙を差し出して立っていた。
「これを渡せって頼まれたの」
「僕に? 誰が?」
「かっこいいお姉ちゃん。お小遣いくれたよ」
四つ折りにされた固い紙を受け取ると、それに目を走らせ、慌てて改めて周囲を見渡す。
「これを渡した人は、どこへ行きましたか?」
「あっち。でも、随分前だよ」
「そうですか……ありがとう」
くしゃりと少年の頭を一撫ですると、少年は顔をほころばせた。
『用ができたので私は行きます。道中気をつけて。おつりがあれば、旅費の足しにしてください。アルティ』
紙を畳み掛けたところで、端に書かれた一文に気づく。
『楽しかったよ』
リンは紙を懐に丁寧にしまい、そして、雑踏に紛れていった。




