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逆雷戦記  作者: 2626


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9/25

騒動

 モルガドリックには身重の夫人ルシアテがいた。

八年前に結婚したのに子供が出来ず、二人とも悩んでいたところにようやく子を授かったことが分かったばかりであった。


 【胡蝶宮】に行く道がてら、モルガは告げる。

「良いか、ムザブ。 私のルシアテと私の子に何かしたら殺す」

態度の豹変ぶりが単純でとても良い、とムザブは気に入ったので、大人しく頷くことにした。

「何かしなきゃ良いんだな。 分かったよ、気に入らないからって噛みつくのは止めておく」

「気に入らない程度で身重の女に噛みつくつもりだったのか。 ……全く。 【狂犬】のような弟だ」

「【狂犬(クレイジードッグ)】ってのは良いな、兄貴! 気に入ったぜ!」

楽しそうにムザブは笑ったが、モルガは気が気でなかった。

内心では【パペティアー】に呼びかけて、影ながらルシアテを守るように頼んでいる。


 当然、モルガ達はこの時、予想だにしていない。

この【狂犬】を飼い慣らし忠犬として扱い得るのが、愛するルシアテ本人となることを。




 ルシアテはこれと言って義理の弟を支配しようとか、調教しようとはしなかった。

規則正しい時間に栄養の取れた美味しい食事を出し、服と風呂を用意させて、なるべく声をかけて会話しようと努力しただけだった。

それだけでムザブはまるで柔らかな砂糖菓子が溶けて崩れるように懐いた。

元々が母性のある人間には、無性に恋しくなり甘えたくなってしまう少年である。

あまりにも懐いたので――。


 「ムザブ! この! 裏切り者!」

怒り狂ったモルガが喚く前で、椅子に腰掛けたルシアテの膝にムザブは駄犬のごとく甘えている。

よしよしとその頭を撫でながら、ルシアテは困ったような顔をして夫を見上げた。

「ごめんなさい、貴方。 その、思っていた以上に懐いてしまって……」

その瞬間、ムザブがルシアテからは見えない角度でモルガめがけて『ばぁー!』と舌を突き出して挑発した。

モルガは強硬手段に出た。

「【パペティアー】、やってしまえ!」

――ずぶり。

ムザブの体中を【瘴体】がまるで動く粘液のように覆って、見事にルシアテから引き離したのだった。

「あ、クソ! 放せ、放しやがれこの!」

喚き散らすムザブを放置して、モルガはルシアテの膝にこれ見よがしに甘えるのだった。

「この世に素晴らしい場所は数多あれど、どうしても君の膝の上には劣るものだな」

ルシアテは情けなくなって嘆息した。

「男の子が産まれたら三つ巴での奪い合いになりそうだわ……」




 一方。

士官学校に入った初日に、ムザブは問題を起こした。

複数の上級生相手に暴力沙汰を発生させたのである。


 リーセルブルユ一帯の悪たれ共を率いて徒党を組んでいた時、どうやって彼はその徒党を維持していたか。

腕っ節や度胸も勿論だが、何より彼は悪知恵と妙な勘が働いた。

金を子分にばらまくことも厭わなかった。


 「金が無いなら奪えばいい、『正しい方法』でな」

まず、子分達に命じて近隣の悪党、盗賊団、強盗一味や、その根城について調べさせる。

ある程度情報が集まって、これはやれそうだと彼が判断したら、その根城を好きなやり方で落とす。

焼き討ち、夜討ち、水攻め、生き埋め、罠、崖際に追い詰めて落としたこともある。

そして、生き残りを一網打尽に捕まえてはリーセルブルユの領主に突き出すのである。

「指名手配犯を捕まえたから賞金をくれよ」

領主は嫌々渋々ながらも仕方ないので金を支払う。

その金を巧く使って更に子分を増やし、また近隣の悪党共を調べさせる……。

とんでもない悪童がいるという噂を聞いて、リーセルブルユに悪党が近寄らなくなったら、少し離れた地に遠征じみたことまで幾度もやった。


 なので最初、ムザブは己と同じことを考えたヤツがいたのか、と残念に思った。

子分を従えようとして、喧嘩(※暴力)をしているのか。

俺の考えも使い古しになっていたのか。

つまんねえな。


 けれどもムザブは気前よく子分に金をくれてやったことはあっても、強引に金を奪ったことは無かったので、奇妙に思った。

そして、隠れていた木の上から声をかけたのだった。

「おーい」

「うわっ!?」

最初、上級生達は驚いた。

彼らからすれば小柄な少年がいきなり木の上から姿を見せたと同時に、

「なあ、俺の子分にならないか?」

そんな馬鹿げたことを持ちかけてきたのだから。

「誰だよテメエ!」

ムザブはいけしゃあしゃあと答える。

「ただの【狂犬】さ。 それより子分にならないか? 指名手配のクソ悪党を捕まえてぼろ儲けしようぜ!」

「……」

暴力を振るわれていた少年は今年入ったばかりの新入生で、いかにも貴族の子弟のような上品で大人しい雰囲気をまとっていたが、彼だけはムザブを警戒の視線で睨んでいた。

上級生達は怒った。

「誰がテメエなんかの! おい、コイツもやっちまえ!」

形勢不利と見たムザブは少年に叫んだ。

「おい! 木を盾に土を投げつけろ! 目だ、目を狙え! 俺は上からやる!」

刹那の沈黙の後。

小さく頷いて、すぐさま少年は這いつくばりながらぐるりと木を回った。

同時にこの少年は土塊を掴み、上級生の中でも親玉めがけて投げつけている。

小さな悲鳴が上がった瞬間には、ムザブは旅路の護身用に用意してあった『痒み玉』(※ムザブのみ知る毒虫や薬草などを乾かして潰して独自の手法で混ぜ合わせた小さな玉薬で、投げつけると破裂・飛散し全身に猛烈な痒み、おまけに酷いくしゃみ・せきと滂沱の涙を引き起こす刺激物!)を見事に親玉の顔面に命中せしめている。

親玉は悲鳴を上げて全身を掻きむしり、のたうち回った。

「こ、この野郎―っ!」

「別れて叩くぞ!」

上級生達は二手に分かれてムザブと少年を追いかけたが、ムザブは見事に木に登ってくる者を蹴落としながら少年を追いかける上級生に連続で『痒み玉』を命中させている。

少年を追いかける上級生が全滅したところで、少年は今度は木をよじ登ってムザブを襲う上級生めがけて土塊を投げつけて妨害する。

「うわーっ!?」

上級生がムザブ、少年のどちらに先に対処すべきか迷ったわずかな隙に、少年は木の枝を拾って木に登りつつある上級生の尻を狙って突き刺す。

この時も木の上からはムザブの『痒み玉』が襲っている。

瞬く間に上級生は全滅し、木の周りで泣き叫びながらのたうち回る羽目に陥ったのだった。




 ムザブが上級生の全滅を確認して木から下りてくると、少年はニヤリと笑った。

ムザブも無言でニンマリと笑って返した時だった。

「何をしている!」

ようやくこの大騒動に教官達が気付いて、走ってきたのだった。


 結局、士官学校の校長や責任者達が帝国城から駆けつける大騒動になった。

彼らはムザブと少年に声が嗄れるまで説教をしたのだが、ムザブは途中からほぼ寝ていたし、怒鳴られて面倒そうに起きたと思ったらこう言ってのけた。

「なあ。 俺達、どうして怒られているんだ?」

流石に教官や責任者達が絶句した瞬間、

「校則で私闘は禁じられているんだ」

彼の隣にいる先ほどの少年が、呆れた顔をして呟いた。

「あ? 先に喧嘩売ってきたのはあっちだろ?」

「規則は規則だからね」

「だけどよ、俺達は上級武官になるんだろ? 上級武官の仕事は戦ったり戦いを指揮したりすることだろ? 要は戦って勝つことだろ? 何で勝った俺達が怒られて、負けたアイツらが慰められなきゃならないんだ? 勝ったとしてもだ、負けるより損害の出る戦い方をしたら、そりゃ責められるのも分かるけどさ。 俺達は二人だけであっちを全滅させたんだぜ? 結果、俺に至っては無傷なのに。

なあ、教官さん達よ、どうしてだ?」

教官達が答えられなくて黙った瞬間だった。


 長い【七義帝】の時代、総じて平和な時が多かった。

それが彼らのような教本通りで体面だけの武官を数多く生み出していた。


 「成る程、君の思考は悪くない。 悪くは無いけれど自由すぎて、この士官学校では息苦しそうだね」

少年は楽しそうに笑い出したが、ムザブはウンザリした顔をする。

彼は退屈な座学の授業を早速に抜け出して、木の上で隠れていたのだから。

「やっぱりか? 俺、そんなのは嫌だぞ」

「でも、君は恐らく何も知らないんじゃないかな。 古代の高名な軍人達がどのような軍略を使ってどう戦ったかについては。 基本を学ぶことで応用が生まれる。 学ぶことも待つことも戦いに活かせる」


 ここで我に返った校長が大声で告げた。

「とにかく! 君達には士官学校の風紀を乱した処断を下さねばならない! 禁固一日! 以上だ!」


 ムザブは逃げようとしたが教官達に捕まえられ、そのまま士官学校の仮営倉に放り込まれたのだった。

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